第96回

サイパンロケから戻った2日後の11月30日、朝日新聞の朝刊にこんな見出しが載っていた。
「米の高速道で邦人学生死ぬ 車が横転4人重軽傷」
 さして興味もなかったが、一応記事を読んでみると死亡した邦人学生の名は、
"志賀真理子"
 だった!!
 青天の霹靂、新聞を読んでいてこれほど驚いたことはない。仕事で遭うアイドル達は皆、年下なので、自分より先に死ぬヤツなんていないだろうと勝手に思い込んでいたのだ。想定外の事態に何をしていいのか判らないくらい混乱した。事務所に連絡すればいいと気付くまで、ずいぶん時間がかかった。
 電話口に出たのは、女性マネージャーのTさんだった。
「あの~、なんといいますか、このたびは...」
 電話をしたのはいいが、言葉が見つからない。Tさんもそれを察してか、告別式がその日の13時まで、渋谷の教会で行われていることを教えてくれた。電話を切ると編集長にその事を伝えた。
 その日のオレの服装は、シャツこそ派手だったが黒のコートだったので、会場でコートを脱がなければいいやと、編集長と一緒にタクシーで渋谷に向かった。教会で行われていたのは、キリスト教式の献花だった。列に並び、オレの番が回ってきた。洋風の棺の中の志賀真理子は、事故死だというのに安らかな顔をしていた。
(まだ若いのに...、いろいろやりたいこともあったろうに...)
 オレは、会場に入った時に渡された白い花を棺に入れて手を合わせた。死に顔まで拝んだのにかかわらず、オレは未だに志賀真理子が死んでしまったことが信じられないでいる。

 12月の上旬は、「マガジン・マガジン」と2月号の撮影・取材・打ち合せとごった煮で進めながら、なんとか2月号分の入稿を済ませた。そして、12月10日から12日まで沖縄に飛ぶのだが、気がかりなことが一つあった。前田先生の原稿が全く進んでいなかったのだ。最初の約束では、11月中にアップするはずが、前の仕事が押してるとかでズルズルと伸びていた。
(ロケから戻ったら、催促かけまくらなければ!!)
 ところが、鬼の決心を固めて、ロケから戻ったオレに不意打ちの苦難がのしかかる。
「1Cページが、2ページ空いちゃったんでなんとかしてくれ」
 堀川編集長から突然の命令。編集長が担当している及川先生のマンガのページ数を間違えて2ページ多く台割りを切ってしまったらしい。実は、「あぶないマガジン」の時も同じことがあり、急場で「世界風俗ビクワクめぐり 香港編」という企画を立て、原稿はオレ自身が書いてなんとか間に合わせたのだ。その企画は、「マガジン・マガジン」でも続いており、穴埋めには使えない。
「またですか!? そういわれても困っちゃいますよ」
 少しあきれたように編集長に言葉を返すと、
「そうだよなあ、ギャグ漫画の2次使用でもするか?」
「それなら、『劇画悦楽号』の吉田戦車にしましょう」
 あれこれと悩んでいる暇はない。すぐに「劇画悦楽号」の編集部に向かい、吉田戦車の原稿を借りてきた。使用許可は、ありがたいことに編集部の方で聞いてくれるという。30分後、2次使用OKの内線をもらう頃には、レイアウトも入稿も済ませ、この一件に終止符を打っていた。