第93回:佐藤友哉さん

作家の読書道 第93回:佐藤友哉さん

19歳の時に書いた作品でメフィスト賞を受賞、ミステリーの気鋭としてデビューし、その後文芸誌でも作品を発表、『1000の小説とバックベアード』で三島由紀夫賞を受賞した佐藤友哉さん。もうすぐ作家生活10周年を迎える佐藤さんの、「ミジンコライフ」時代とは? 小説家を志したきっかけ、作家生活の中で考え続けていること、その中で読んできた本たちについて、ユーモアたっぷりに語ってくださいました。

その2「小説なるものの面白さを知る」 (2/6)

文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)
『文庫版 魍魎の匣 (講談社文庫)』
京極 夏彦
講談社
1,210円(税込)
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――「エヴァンゲリオン」やホラーが好きということは、世界観が作りこまれたものが好きだったといいますか。

佐藤 : 一種の、エンターテインメントですよね。ビデオもCDもない僕は、それまでエンターテインメントを味わったことがなかったんです。日曜にテレビでやっている映画をたまに家族と観るくらいで、近所に映画館もありませんでしたから。そんな僕も中学生の時に、「エヴァンゲリオン」や『パラサイト・イヴ』や『リング』でようやくエンタメの洗礼をに受けて、どれもが今なお話題になるくらいの傑作ばかりだったというのがよかったと思います。『リング』以降は、角川ホラー文庫ばかり読んでいました。吉村達也さんなどを好んで読みましたが、角川ホラー文庫もそんなに作品数が多いわけでもなかったので、あらかた興味あるものを読みつくしてしまって、でも次のステップが見つけられず、「エヴァンゲリオン」のテレビ放送も終わりに差しかかっていて、さてどうしたものかと困っていまして。ところで、NHKの教育テレビで、『ソリトン 金の斧銀の斧』という番組があったんですが...。

――うわー。そんな番組がありましたね。確か本の紹介などもしていて...。

佐藤 : それも、ヘンな風に紹介するんです。カフカの『変身』を、普通にドラマ仕立てでやればいいのに虫視点という構成でやったせいで、リンゴを投げられても、虫視点なのでよく分からないという(笑)。その後番組の『土曜ソリトン SIDE-B』では現代の作家を紹介していたりして、たまたま新聞のテレビ欄を見ていたら、ゲストに鈴木光司とあったんです。「これは!」と思いました。作家というものはそれまで著者近影か国語の教科書でしか知らなくて、動く姿、喋る姿というのは見たことがない。当時の僕は小説誌の存在を知らず、ナントカ先生が今何を書いているという情報の入手の仕方も知らなかったので、これはぜひ観なくちゃ、と思ったんです。時間になってテレビをつけて楽しみに待っていたんですが、一向に鈴木光司さんが出てこない。それどころか「ゲストは京極夏彦さんです!」と。実はゲストは京極夏彦さんで、鈴木光司さんは単に映像出演しただけだったんです。確かその時は、京極さんが『鉄鼠の檻』を書かれた直後だったと思います。でも僕は京極さんを知らなかったので、怖い字面の人が、オールバックで、妙な手袋をして、全身黒ずくめで出ていて、しかも手前には分厚い本が並んでいて、正直「いいから鈴木光司を出してくれ!」と思っていました(笑)。そうしたらパーソナリティの一人である緒川たまきさんが『魍魎の匣』の作中作である「匣の中の娘」を朗読したんです。セピア色の風景が流れる映像の中で、あのすばらしい冒頭が読まれたんですよ。その瞬間、テキメンにやられました。バキバキバキーッと。この感覚がうまく説明つかなくてずっと困っていたんですけれど、以前、高橋源一郎さんと対談した時にこの話をしたら、「気持ちはよく分かる、自分も中学二年生くらいの時に、友達が『異数の世界へおりてゆく』という吉本隆明の詩を朗読した瞬間に雷鳴が響いたよ」と、おっしゃって下さいまして、やっぱりこういうことはあるんだと知りました。緒川たまきさんの朗読にやられた僕は、じゃあ、黒ずくめの人の本をとりあえず読んでみよう! と『魍魎の匣』を購入しました。角川書店から講談社へ、ようやく違う会社に行くことができました(笑)。

――そして分厚い本に取りくんで。

佐藤 : 京極さんの小説は読みやすくはあるのですが、漢字も多く言い回しも古風なので、『パラサイト・イヴ』と『リング』と他の数冊しか読んだことのない僕にとってはもう大変で。それでも読み通しましたが、何が書かれていたのか理解できていませんでしたね。『魍魎の匣』は段落の移り変わりも技巧的で、小説のお約束を知っていないと、いつ場面転換したのかも分からないんですよ。少女の一人称のはずが、いつのまにかオッサンになっているとか。このように物語の全貌は読み取れなかったんですけれど、そんなことは全然関係なく、ものすごくやられてしまいました。その瞬間に、エンタメの面白さ以外のものを知ったんだと思います。小説そのものの面白さですね。それで、京極さんのシリーズを全部読もう、と思い、出ていたものを読破しました。ムリな筋トレばっかりしている人みたいですね(笑)。

――ウォーミングアップもせずに(笑)。

佐藤 : いきなりトライアスロンやるみたいなものです。高校の始まりくらいには刊行されている妖怪シリーズを読み終えて、講談社ノベルスに移行しました。京極さんの本はとっても面白いから、このレーベルは傑作ぞろいなんだろうという、非常に迷惑な誤解をしまして(笑)。きっかけが京極さんだったので、講談社ノベルスがいわゆる新本格ミステリや伝奇ものが多いということを一切知らないまま読んでいました。角川ホラー文庫ならホラーだと分かるんですけれど、講談社ノベルスはジャンルというよりもブランドのイメージで読んでいたんです。ちょうどその頃、新本格ミステリがブームになっていて、メフィスト賞も始まっていて、第1回メフィスト賞を受賞された森博嗣さんが3か月おきくらいに新刊を出されていて。西澤保彦さんのSFのシリーズもすごい勢いで書かれていましたから、読むものを探す必要がないくらいでした。わっさわっさと読んで、その途中で、あ、これ推理小説なんだと気づきました。それまでは、犯人とかがよく出てくるなー、って思っていたんですね。

――そういうものだと分からずに読んでいたんですね(笑)。

佐藤 : ミステリが推理小説のことなんだとようやく気づいたわけです。それまではホラーとミステリとサスペンスの区別もついていませんでした。妖怪シリーズも推理小説と思って読まなければ、全然違うものとして読めますから、ああいうシリーズだと思って読んでいたんです。講談社ノベルスを読んでいた頃は、なんだか奇妙な切実さがずっと心に残っていました。小説でも音楽でも同じだと思うんですが、今の自分に必要なものを求める時期があると思うんです。言ってもらいたい言葉や、ベタな表現で言うと「これはオレのことが書かれている」と思えるものを探している。それこそ太宰治さんを読むような感じで、各作家の小説に何かしらいちいち感じたり、妙にひっかったりするものがあって、そのあたりを起点として読みまくっていました。

――太宰さんにはいかなかったのですね。

佐藤 : アンテナがありませんでしたから。『人間失格』を書いた人、みたいな小2レベルの知識しかなくて、ひと文字も読んだことがなかったんです。

――本の話は、友達としたりしませんでしたか。

佐藤 : 貧しい友人関係だったんです。あと、貧しい町だったので。実は密かに京極夏彦を読んでいた子もいただろうし、あるいは太宰治を読んでいた子もいたかもしれないですが、まわりに教室で本を読んでいる同級生はいなかったので、情報の交換ができなかったんですね。そこでもし、ものを知っている友達や先輩が一人でもいてくれたら、その後の人生が変わっていたかもしれません。結局一人で手探りでやっていくしかありませんでした。

――学校が終わると家に帰って本を読む、という毎日ですか。

佐藤 : そうですね、貧しい青春でした。本かゲームしかやることがありませんでした。あと高校生時代は、AM、FMとわずラジオを聴くようになっていました。音楽とラジオは相性がいいですから、そこでようやく音楽を聴くようになりましたね。当時は小室哲哉の全盛期だったんですが、まったく楽しめなくて、globeや安室奈美恵に感情移入できないよ、と思っていたので、ラジオでようやく、オリコンに入っていない音楽もあるということを知りました。そこから自分の好きなものというか、若者にとってこれはいいものだ、これは青春だ、と感じるものを探していきました。

――具体的には、どんなアーティストを聴いていたのですか。

佐藤 : 結局『ROCKIN'ON JAPAN』に出ていればいい、ぐらいなベタなところに落ち着いたんですけれど(笑)。スーパーカーやミッシェル・ガン・エレファントを、ラジオを聴くまで知らなかったよ! という感じでしたので。

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