第115回:高野和明さん

作家の読書道 第115回:高野和明さん

膨大な知識と情報と現実問題を織り込んだ壮大な一気読みエンターテインメント『ジェノサイド』が話題となっている高野和明さん。幼稚園児の頃に小説を書き始め、小学生の頃に映画監督となることを決意。そんな高野さんに衝撃を与えた作品とは? 小説の話、映画の話、盛りだくさんでお届けします。

その2「『エクソシスト』の衝撃」 (2/6)

エクソシスト (創元推理文庫)
『エクソシスト (創元推理文庫)』
ウィリアム・ピーター ブラッティ
東京創元社
1,296円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
まぼろしのペンフレンド (講談社青い鳥文庫fシリーズ)
『まぼろしのペンフレンド (講談社青い鳥文庫fシリーズ)』
眉村 卓,緒方 剛志
講談社
626円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)
『時をかける少女 〈新装版〉 (角川文庫)』
筒井 康隆
角川書店
473円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
ジェノサイド
『ジェノサイド』
高野 和明
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,944円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
ふたりのロッテ (岩波少年文庫)
『ふたりのロッテ (岩波少年文庫)』
エーリヒ ケストナー
岩波書店
691円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
ジャッカルの日 (角川文庫)
『ジャッカルの日 (角川文庫)』
フレデリック・フォーサイス
角川書店
885円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

――小学生の頃の読書で忘れがたい本は何ですか。

高野:いちばん大きな出来事は、小4の夏休みに『エクソシスト』の原作本を読んだことです。1000円だったんですが、ちょうど貯めていたお小遣いが同じ額で、でも全財産を投げ出すことになるので、母に「買っていい?」と訊いたら「大きくなってからにしなさい」と言われたんです。それでなんとかしたくて、寝る前に自分の身長の高さに印をつけて寝て、朝起きてまた計ってみたら大きくなっていたんですよ。大人になってから知ったのですが、子供は寝ている間に背骨の間隔が伸びるので、夜と朝では身長が違うらしいですね。でもまあ、身長が伸びた、つまり大きくなったということで、本屋さんに行って買いました(笑)。一応分かるところだけ拾い読みして、4日間かかって全部読みきりました。映画化されたものはもう観ていたんですが、小説とは最後が違うなあと思ったりして。

――中学校に入ってからは読書生活、映画生活、執筆生活はどうなりましたか。

高野:小説を書いていたのは中学1年までです。あとは脚本オンリー。観る映画はスピルバーグなどのエンターテインメントばかり。読書は眉村卓さんの『まぼろしのペンフレンド』といったジュブナイルを読みはじめて、その流れで筒井康隆さんの『時をかける少女』なども読みました。あとは中1の時に『エクソシスト』が今度は文庫本で出たので買って読んだんです。小4から3年たつと、読解力があがっていて、あらためてこんな面白い小説だったのかとびっくりしました。これはもう、人生でいちばんの本です。

――おお。 そこまで思う理由は。

高野:物語というものの性能を最大限に引き出しているように思います。例えば名作とされる文学作品を読んだって、たいていの場合、筋立ての面白さはない。一編の小説に、物語の面白さをすべて詰め込んであるわけではないんです。『エクソシスト』にはそれが全部あるような気がします。ストーリーの面白さ、キャラクターの魅力、扱っている問題の壮大さ、そして高い技術。さらにあの作品を評価する上で忘れられているのは、アイデアが卓抜していたこと。悪魔憑きという現象は以前から知られていたと思いますが、それをフィクションの世界でリアリティを持って描いたのはあれがはじめてだと思います。小学生の時から今に至るまで、何年かおきに読み返すんですけれど、ああ、こういう読み方もできるのか、という発見が毎回あります。『ジェノサイド』を書いていた頃にも読み返したので影響を受けていますね。『エクソシスト』が親子の話でもあるなと気づいた途端、自分が書いている作品も父と子の話であると分かったので、後半の展開が少し変わりました。あと、舞台となっているワシントンDCにも行ったことがあるんですが、原作本通りの地理になっていて感激したんです。『ジェノサイド』でもワシントンDCのシーンがあって、ルーベンスという青年がMストリートからプロスペクト通りへと続く急階段のたもとで考え事をする。あれは『エクソシスト』に出てくる有名な階段なんです。それと『ジェノサイド』で、暗号名「ヌース」が決定される場面でテイヤール・ド・シャルダンという神父について触れていますが、この人は『エクソシスト』のメリン神父のモデルになった人物なんです。

――『エクソシスト』と『ジェノサイド』にそんな関係があったとは。さて、話を中学時代に戻しますと...。

高野:他の読書はというと『ふたりのロッテ』からケストナーを読み出し、子供向けではない、本当のホームズを読み、金田一耕助シリーズを読み、『ジャッカルの日』や『そして誰もいなくなった』を読み...。

――部活は何かやっていたのですか。

高野:映画研究会に入って自主映画作りです。中学生レベルのヘンな刑事ドラマなどを。脚本も書き続けてましたが、中学生の実行力では歯が立たない超大作にしてしまって、企画倒ればかりでした。学校が中高一貫で、森田という親友とずっとコンビを組んでやっていたせいか、現在の小説も「コンビもの」になる傾向がありますね。

――では、高校生になってからは。

高野:『エクソシスト』を入り口に、精神病理学や臨床心理学に関心が芽生えて読むようになりました。フロイトの入門書などもこの頃です。あと、中学生の頃から黒澤映画を観はじめて、高校生になってハマってきたんです。今では信じられませんが、その頃は黒澤映画に関する本って3、4冊くらいしかなかったので、全部買って読みました。その中で都築政昭さんが書いた『生きる 黒澤明の世界』という研究書は、眼光紙背に徹する勢いで精読しました。これで脚本の書き方をつかんでいったんです。黒澤の言葉をちょっとずつ引用しているので、それが一体何を意味しているのか、実際の自分の創作と照らし合わせて考えていく。例えば、「脚本を書く際には、取り扱っている問題にしっかり根を下ろしているかどうかを考える」というようなことが書いてあって、それがどういうことなのかを必死に探りながら、自分で脚本を書くわけです。あとは時期がはっきりしないのですが、ヒッチコックの『映画術』を読んだのもこの頃か、あるいは高校を出た頃だったと思います。他にはかなり専門的なもの。『映画の文法』という分厚い本があって、映画で守らなければならない基礎の文法が徹底的に解説されている。ここに黒澤の『隠し砦の三悪人』の詳細な分析が載っていてびっくりしました。疾走する馬上での斬り合いというアクション・シーンが、どのように撮影され、どのように編集されているのかが解説されていて、「こんなところで次のカットにつないでいたのか!」という仰天の発見がありました。

――小説はどういうものを読んでいたのですか。

高野:筒井康隆さんとか、大佛次郎さんの『鞍馬天狗』にも熱中しました。『鞍馬天狗』は、すごいエンターテインメントなんですね。昭和初期に、こんな大活劇を書いている人がいたんだと驚きました。『インディ・ジョーンズ』に匹敵するくらいの大冒険です。

――映画に関しては。

高野:『レイダース』や『E.T.』の公開がこの頃でした。自主映画は16歳の1年間をかけて作ったのが犯罪被害者による復讐を描いた作品で、これが『13階段』の原型になりました。90分くらいの映画で、ストーリーは悪くなかったんですけれど、出来はどうもよくない。それでどこがマズかったのか、かなり考えました。これがストーリーテリングというものの存在に薄々気づくきっかけになりました。高2の秋に文化祭が終わると部活も引退になりますから、そこから2年がかりで書いた脚本が城戸賞の最終選考に残ることになります。

映画の文法―実作品にみる撮影と編集の技法
『映画の文法―実作品にみる撮影と編集の技法』
ダニエル・アリホン
紀伊國屋書店
7,020円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
黒澤明 MEMORIAL10 8:隠し砦の三悪人 (小学館DVD&BOOK)
『黒澤明 MEMORIAL10 8:隠し砦の三悪人 (小学館DVD&BOOK)』
小学館
3,564円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
鞍馬天狗〈1〉角兵衛獅子 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)
『鞍馬天狗〈1〉角兵衛獅子 (小学館文庫―時代・歴史傑作シリーズ)』
大仏 次郎
小学館
689円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS
13階段 (講談社文庫)
『13階段 (講談社文庫)』
高野 和明
講談社
700円(税込)
商品を購入する
>> Amazon.co.jp
>> HonyaClub.com
>> エルパカBOOKS

» その3「映画の道に進む」へ