作家の読書道 第134回:篠田節子さん

さまざまなテイストのエンターテインメント作品で読者を魅了しつづける篠田節子さん。宗教や音楽、科学など幅広い題材を取り上げ、丁寧な取材に基づいて世界を広げていく作家は、どのようなものを読んで育ち、どのような作品に興味を持っているのか。現代社会の食をめぐるハイテク技術と、そこに潜む怖さについて斬り込んだ新作『ブラックボックス』についてのお話も。

その1「室内娯楽といえば読書」 (1/5)

  • 人魚姫―アンデルセンの童話〈2〉 (福音館文庫 物語)
  • 『人魚姫―アンデルセンの童話〈2〉 (福音館文庫 物語)』
    ハンス・クリスチャン アンデルセン
    福音館書店
    918円(税込)
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  • オズの魔法使い (岩波少年文庫)
  • 『オズの魔法使い (岩波少年文庫)』
    ライマン・フランク・ボーム
    岩波書店
    756円(税込)
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  • 忍者武芸帳影丸伝 1 復刻版 (レアミクス コミックス)
  • 『忍者武芸帳影丸伝 1 復刻版 (レアミクス コミックス)』
    白土 三平
    小学館クリエイティブ
    1,234円(税込)
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  • 失われた世界―チャレンジャー教授シリーズ (創元SF文庫)
  • 『失われた世界―チャレンジャー教授シリーズ (創元SF文庫)』
    コナン・ドイル
    東京創元社
    648円(税込)
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――幼い頃、家に本はたくさんありましたか。

篠田:ありませんねえ。そういう環境ではなかったです。八王子の典型的な商業地区で育ったので、子どもは朝から晩まで遊んでいて、習い事といえば算盤とお習字で。でもテレビゲームもまだなく、小学生にとって室内の娯楽が少ない時代ですから、本は読んでいました。屋外ではそれこそ近所のベニヤ板屋のゴミ捨て場も遊び場になるけれど、家では子ども部屋もない。それで代表的な遊びとして読書がありました。学校の図書室から目一杯借りていましたね。漫画は貸本屋で借りていました。いちばん古い読書の記憶となると絵本。北海道かどこかが舞台で、自然に囲まれて暮らす少女が出てきたように思います。最初に読んだ小説といえばアンデルセンの『人魚姫』。小学校に入ったばかりの頃だったのかな、はじめて親に買ってもらった童話集でした。表題作の「人魚姫」は悲しい恋のお話だし、「鉛の兵隊」のあのニュアンスにしてもよく分かっていなかったと思う。ああいうのは子どもには伝わらないだろうなと今でも感じますね。あとは『オズの魔法使い』などを読みましたね。映画でも本でも、圧倒的に外国文化のものが多かった世代です。

――漫画はどのようなものを。

篠田:算盤塾の廊下の本棚に漫画がたくさん置かれてあって、前のクラスが終わるまで読んで時間をつぶしていたんです。その時に全巻読破したのが白土三平の『忍者武芸帳 影丸伝』や『カムイ伝』。小学校の4、5年生の頃です。すごく豊かな読書体験だったと思いますね。

――好きな作品の傾向はありましたか。

篠田:小学校の頃は色気もないですから、アンデルセンのような名作を渡されても分からない。それで好きだったのが、コナン・ドイルの『失われた世界』でした。ベルヌよりも好きでしたね。今でも冒険家のロックストンという名前や、「失われた世界」にわたるまでのディテールのひとつひとつをよく憶えています。対立する人たちそれぞれに実在感があって、彼らのやりとりが非常に現実的に思えた。世界文学全集に載っているものを読んだのですが、すごくいい訳だったと思います。ドイルの「シャーロック・ホームズ」も子ども向けのシリーズのものより、世界文学全集に載っていたもののほうが訳もいいし面白く読めましたね。他に読んだのは『トム・ソーヤーの冒険』とか『コンチキ号漂流記』とか。冒険ものが好きでした。『赤毛のアン』も小学校高学年の頃に買ってもらって読んだんですけれど、面白かったという記憶が全然ない。異性への興味が芽生えていない頃に与えられても理解できなかったのでしょうね。

――文学全集で読むことが多かったんですか。

篠田:すぐ読み切ってしまうと退屈なので、図書室からなるべく厚い本を借りていたんです。読むのがはやかったのかもしれません。今でも憶えているのが、夏休みに朝起きて金魚鉢の水を変えて小鳥に餌をやって、午後はプールに行ってくたくたになって帰ってきてから、夕飯を挟んでごろーっと寝転がって世界文学全集を読んでいたこと。すごくいい夏休みだった(笑)。親によく言われたのは「本を読んでいないで勉強しろ」。読書って、テレビでアニメを見ているのと同じ感覚の、娯楽だったんですよね。決して推奨されるようなものではなく、純粋な娯楽でしかなかった。

――その頃、自分でお話を作ったり想像をめぐらせたりしていましたか。

篠田:しましたね。近所の子どもとお話ごっこをしていました。話を作ってお喋りしあうという遊び。でも小説家になりたいということは考えていませんでした。それよりも漫画家になりたかった。それはもう白土三平の『忍者武芸帳』と『カムイ伝』の影響です。社会人になってから数人で話していた時、一人が「横山光輝の『伊賀の影丸』が好きだった」というから、私ともう一人の男の子と二人して「ダサい!」って言ったことがありましたね(笑)。「ダサい」という言葉が流行っていた頃です。「絶対『カムイ伝』だよ」って主張して。漫画に関していえば、今の今までそのセンスを引きずっていますね。横山光輝系のものは生理的に拒否しちゃう。人間観も、絵もダサいと思う。

――中学生になってからはいかがでしたか。

篠田:学校が変わると図書室も変わるわけで、大人向けの本が並んでいたので借りて読むようになりました。お小遣いを持って古本屋で本を買うようにも。そろそろ女の子としての意識も芽生えてきた頃だったので、読むものも『嵐が丘』や『女の一生』、『ナナ』、『赤と黒』などを娯楽感覚で読みました。大人向けだからすごいシーンもあるわけです。モーパッサンの『女の一生』なんか、結婚して失望させられる初夜の夜、なんていうのが出てくるので友達同士で「オイオイオイ」って(笑)。モーパッサンは中学生にとって読みやすかった。「脂肪の塊」などもそうですが、「うわー、やりきれいない」と思わせる短編がいっぱいある。起承転結で読ませるわけではないけれど、リーダビリティの高いものがたくさんありましたね。『嵐が丘』にしても、恋愛がうまくいかなくて、幽霊になってまでさまよっている。人の心ってここまで思い通りにならないものなのか、と感じさせられました。それまでは童話的な王子様とお姫様が出てきて悲恋であっても美しいお話を供給されてきたので、大人の恋愛ってこういうものなのか、と思いました。自分が実際に体験する前に恋愛観を叩きこまれちゃった感じ。

――国内作品はあまり読まなかったのですか。

篠田:いやあ、面白くなかったんですよね。『しろばんば』とか『次郎物語』とかって。今でも芥川龍之介と谷崎潤一郎はすごく好きなんですけれど、他のものはね...。描写の濃密さが違うように思います。谷崎も、日本的な風情とか情緒というところではなく、描写力や人間観がすごく好きなんです。『卍』や『細雪』もいいし、『春琴抄』のような名作も好きですね。芥川は物語性ですよね。王朝ものにはじまり『河童』、『歯車』まですごく好きです。だったら三島由紀夫も好きだろう、と言われそうですが、これが好きじゃないんですよね。川端もあんまり。どこが違うんだかよく分からないんです。あとは中学の終わりくらいの時に宇能鴻一郎を読みました。ポルノ小説家に転向する前に書いていたものです。家に勉強部屋がなくて都立の図書館で勉強していたので、合間にそのへんにある本をパラパラ読んでいたんです。なにげなく手にとったら衝撃的な内容だったんですよね。『姫君を喰う話』とか。今でも大発見だと思っているんですが、『鯨神』とか王朝ものなんて、谷崎につながるくらい表現、描写、センスに素晴らしいものがある。大学生になってから男の子たちが「あたし~なんです」とか言って、宇能鴻一郎のポルノ小説の話をしているのを聞いて「宇能鴻一郎がそんな話を書くわけない!」って思ったら、本当にそっちの分野で有名になっていて、あれはかなりショックでした。

  • 歯車―他二篇 (岩波文庫 緑 70-6)
  • 『歯車―他二篇 (岩波文庫 緑 70-6)』
    芥川 龍之介
    岩波書店
    454円(税込)
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プロフィール

1955年 東京生まれ 八王子市役所勤務の後1990年 「絹の変容」で集英社小説すばる新人賞受賞 1997年「ゴサインタン」で山本周五郎賞、「女たちのジハード」で直木賞受賞。2009年「仮想儀礼」で柴田錬三郎賞、2011年「スターバト・マーテル」で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。 「弥勒」「讃歌」「薄暮」等 著書多数  最新刊は「ブラックボックス」