第147回:小山田浩子さん

作家の読書道 第147回:小山田浩子さん

1983年広島県生まれ。2010年「工場」で第42回新潮新人賞受賞。2013年、初の著書『工場』が第26回三島由紀夫賞候補作となる。同書で第30回織田作之助賞受賞。2014年「穴」で第150回芥川龍之介賞受賞。

その4「執筆の背中を押してくれた作品」 (4/5)

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『アフリカの印象 (平凡社ライブラリー)』
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――編プロではどのような仕事を。

小山田:ローカルな雑誌の編集をしていました。小さい会社なのでコーディネートもイラストの発注もカメラマンの仕事も全部やりました。

――「工場」にあるような、虚しい校正を延々とすることもなく(笑)。

小山田:むしろ校正する時間がもっとほしいくらいで(笑)。毎日のように終電まで働くけれども、残業代は月に3000円しか出ない。「残業するのは能力がないからだ」という空気がありました。仕事もきつかったし給料も安かったので無理だと思って辞めました。そこからはいつも眼鏡を買っているお店がスタッフ募集の貼り紙をしているのを見てその場でかけあって雇ってもらうなど、いくつか職を転々としました。そのなかに「工場」で書いたような、大きな工場の派遣の仕事もありました。

――ご結婚もはやくにされていますよね。

小山田:24歳だったのではやいほうだと思います。夫は最初に勤めた編プロの先輩社員だったんです。私が書いた原稿を真っ赤に直してくるので頭にきたし、向こうも生意気な後輩だと思っていたらしくて、仲が悪かったんです。でもある時『スローターハウス5』の話になったんです。「映画化されてるけれど知ってる?」みたいな話をして、その時にヴォネガットをヴォガネットと間違えていることを指摘されました(笑)。先輩はその時阿部和重を読んでいて、それで『シンセミア』を貸してもらって。こういう本も好きなんじゃないかと言っていろいろ貸してもらったことが、後の、特に海外小説の読書傾向を決定づけたというか。

――どんな本を貸してもらったのですか。

小山田:ジョーゼフ・ヘラーの『キャッチ=22』や、ガルシア=マルケスとか。カフカも昔はよくわからなかったけれど「絶対面白いよ」と言われて読み返して、なんでこの面白さに気づかなかったんだろうと思いました。岩波文庫から出ている『カフカ短編集』や『カフカ寓話集』の短編が好きです。他に薦められたのはレーモン・ルーセルの『アフリカの印象』やスティーヴン・ミルハウザーの『エドウィン・マルハウス』、ゴンブローヴィッチの『フェルディドゥルケ』とか。日本人では中上健次、笙野頼子、金井美恵子。あと夫は町田康ファンなんです。家にサイン本もありました。気になる本はたいてい夫が持っていたんですが、要はそれだけ本を買う人なんです。結婚してからは家計的にそんなに本を買われても...という気持ちもあります(笑)。バルガス=リョサは夫も小説は持っていなくて、『若い小説家に宛てた手紙』という書簡形式のものを借りて読みました。すごく厳しいことが書かれている。「小説を書くことは魂を焼き尽くすことだ」みたいな文章を読んで、自分はそんなことはできない、と思いつつ、やっぱりやってみたくなりました。これは立て続けに3回か4回読み返しましたね。その後で古本屋でリョサの『緑の家』が安く売っているのを見て「ああ、あの人だ」と思って読んだら大好きになりました。

――執筆の背中を押してくれたのがバルガス=リョサだったんですね。

小山田:もうひとつ、小説を書き出した頃に読んだ大切な本があります。いとうせいこうさんと奥泉光さんの『文芸漫談』を読んだことが大きかったんです。小説を書くことへの興味が強まったというか、勇気づけられたというか。背中を押してもらったんです。そういうところを面白がるのか、こういう風に考えるんだ、と思うところがたくさんありました。私はあまり文学っぽいことをちゃんと学んではこなかったので、小説ってこういうものなのかなと思っていたことが言葉にされて読むことができて、改めて腑に落ちて、本当に感動したんです。これを読んでいなかったらちゃんと小説を書いていなかったと思います。東京に住んでいたら実際のお二人の講座にも行けるのに。でも芥川賞の授賞式で奥泉さんにお会いできたんです。この声であのお話をされているのかと思って興奮しました(笑)。

――さて、「工場」を書き始めたのはいつくらいでしょうか。

小山田:結婚すぐ前後から書き始めて、結局3年くらいかかりました。ちょっとずつ書いて、他に習作で書いたものを取り込んだりして。書きながら、これも収束できる気がしませんでした。それとは別に、地元の中国新聞で25枚くらいの短編を募集する賞があったので書きあげて応募したのですが、これは一次すら通りませんでした。ですから完成させた小説というと、それが先になります。

――「工場」には苔の研究をする人物が登場しますが、旦那さんが苔の資料などを持っていたそうですね。

小山田:大学のゼミで苔についてやっていたんです。学部生で修士ではないので研究とまでは言えないと思いますが、家に図鑑や資料がたくさんあったし教えてもらうことができたので楽でした。

――リョサの『緑の家』は「工場」にも影響があったそうですが。

小山田:『緑の家』はとっても混濁している話で、でもすごく面白く読めたんです。そういうものもありなのかな、それを許してくれるのが純文学なのかな、と思いました。「工場」を書いているうちに、時制の整理がつかなくてどうしようと思いましたが、『緑の家』のような作品もあるからいいんだと思って自分の中から出てきたままを書いていって、なんとか作品として形にしました。

――その「工場」でデビューが決まるわけです。ところで小山田さんはいつも旦那さんに原稿を見せるそうですが。

小山田:最初はちょっと書いては見せていたんですが、だいたい褒められることはなかったんです。それで途中から見せるのはやめました。「工場」は、今ある形に完成したところで渡して先に寝ていたら、読み終えた夫がわざわざ起こしにきたんです。「これは賞を獲るかもしれない」って。編プロ時代から全然褒められたことがなかったから、その時はじめて褒められたんですよね。それ以降も行き詰った時や書き終えた時には原稿を見せています。でも「工場」以来あまり褒められていません。「ディスカス忌」はわりといい言われ方をしましたが、長いものは全部「これで何がいいたいのか説明しろ」って言われています。

――旦那さんは編集者的な存在ですね。

小山田:書いているのはたしかに一言一句私なんですが、私はユニットみたいなものにしてもいいかなと思ったんです。大森兄弟さんがいらっしゃるのだから、小山田夫妻とかにして。でも夫に断られました。小山田夫妻というネーミングもどうかという話ですよね(笑)。

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