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8月26日(月)手のひらの砂漠

手のひらの砂漠
『手のひらの砂漠』
唯川 恵
集英社
1,620円(税込)
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はだかんぼうたち
『はだかんぼうたち』
江國 香織
角川書店(角川グループパブリッシング)
1,620円(税込)
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 唯川恵『手のひらの砂漠』(集英社)が素晴らしい。今年の4月に出た本をなんでいまさら、と言われるかもしれないが、これまで未読だったことには二つの理由がある。一つは帯に「急増する配偶者間暴力被害とストーカー殺人事件。現代の闇に恋愛小説の女王が切り込む、衝撃のノンストップサスペンス!」とあったこと。正直に書くと、この惹句を読んで、なんだか暗そうな話だよなあ、そんな話は読みたくないなあと思ってしまった。どんなにすぐれた小説でも、辛い気分になるような小説は、私、読みたくないのだ。もう一つの理由は後述する。

 ところが知人と話していたら、この小説がすごくいいという。江國香織『はだかんぼうたち』と並んで、今年の収穫だとまでおっしゃる。本当かよ。そこまで言われると読みたくなる。

 で、書棚から取り出して早速読んでみた。直木賞と柴錬賞を受賞している作家にいまさらこんなことを言うのもバカみたいだが、ホント、唯川恵はうまい。

 惹句通りの内容である。惹句は嘘ではない。しかし、私の勝手なイメージとはトーンが微妙にズレている。先方の両親は理解があるし、早々とシェルターに逃げ込むし、信頼できる弁護士は現れるし、なんと第1章の終わりで離婚も成立。ここまでは書いてもいいだろう。ようするに、「追ってくる夫の影に怯えるサスペンス」ではないのだ。夫の影がないわけではないが、それに怯えている暇がないと言い換えよう。

 どうしてか。次々にさまざまなことが起きていくからだ。その目の前のことについていくのが精一杯なのである。つまり、ヒントは後ろ向きではなく、ヒロインが常に前向きであることだ。この先のストーリーは紹介しないでおく。一気読みの快作をぜひご自分で確認していただきたい。結論だけを書くならば、戦う女性は美しい!

 問題は、もう一つの理由のほうだ。実は、直木賞や山周賞を受賞する前は熱心に読んでいても、それらのメジャーの賞を受賞した途端に熱が冷め、その作家の作品を読まなくなるケースが少なくないのだ。それまで熱烈に応援していた作家を突然嫌いになるわけではない。直木賞や山周賞を受賞した作家なら、書店でもその人の新刊は山積みするだろう。注目はそれで十分だ。何も私がそういう新刊を紹介するまでもない。そう考えてしまうのは人情というものだ。どうせ紹介するならば、まだ売れてない作家、可能性は秘めているのにまだ注目を集めていない作家、そういう人の作品を紹介したい。そういうふうに思ってしまうのである。だから出来れば、吉川英治文学新人賞を受賞する前がいちばんいい。

 直木賞や山周賞を受賞した途端に、その作品から精彩がなくなっていくケースも少なくない。具体例はあげないが、どうしてこの人が直木賞を取ったのだ、山周賞を取ったのだと不思議に思える作家も少なからずいる。残念なことに、そういう人は直木賞や山周賞が人生のゴールだったのだろう。そう考えるしかない。

 しかし中には、『はだかんぼうたち』を書いた江國香織のように、あるいは『手のひらの砂漠』を書いた唯川恵のように、直木賞を受賞してなおとどまらない作家がいる。私たちを刺激し続ける作家がいる。そういう作家の作品を、「もう上がってしまった作家たち」と全部一緒にくくって読まないのはもったいない。『手のひらの砂漠』を読んで、そう反省するのである。

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