8月29日(金)君のためなら千回でも

君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)
『君のためなら千回でも(上巻) (ハヤカワepi文庫)』
カーレド・ホッセイニ
早川書房
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君のためなら千回でも(下巻) (ハヤカワepi文庫)
『君のためなら千回でも(下巻) (ハヤカワepi文庫)』
カーレド・ホッセイニ
早川書房
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千の輝く太陽 (ハヤカワepi文庫)
『千の輝く太陽 (ハヤカワepi文庫)』
カーレド ホッセイニ
早川書房
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 全世界で800万部を売り上げ、ニューヨークタイムズのベストセラーリストに120週以上連続でランクインし、さらに映画にもなって日本でも公開されたという小説を、いまさら紹介するのはとても恥ずかしい。しかも日本で翻訳出版されたのは2006年(アーティストハウス刊)。なんと8年も前のことである。正直に告白するが、そんな小説が出ていたなんて知らなかった。もし知っていたら──、翻訳出版されたその年に読んでいたら、絶対にその年の年間ベスト1に選んでいただろう。大絶賛していただろう。カーレド・ホッセイニ『君のためなら千回でも』だ。初訳のときは『カイト・ランナー』という題名だったが、映画のタイトルが「君のためなら千回でも」だったため、2007年に文庫化(ハヤカワepi文庫)されたときにこの邦題になる。本来ならいまごろ書評する本ではないが、たったいま読んだばかりで、もう我慢できないので書いてしまう。

 訳者(佐藤耕士)あとがきから引く。

「物語は1960年代の平和なアフガニスタンから1972年のクーデター、ソ連によるアフガニスタン侵攻、ムジャヒディンの台頭、タリバン時代、2001年のアメリカによる空爆まで、今日のアフガニスタンを背景にしながらも、愛、友情、絆、裏切り、秘密、贖罪といた普遍的文学テーマが、まるで精緻な機織り機によって織りこまれたかのように美しく描かれている」

 本当は、これ以上付け加えることは何ひとつないが、もう少し余分なことを付け加える。まず、凧上げの風景だ。アフガニスタンの子供にとって凧上げは冬の伝統行事で、少年たちは凧を飛ばして相手の糸を切る戦いに夢中になるという。
 で、本当の楽しみは凧糸が切れたときに始まる。糸の切れた凧は風に流され、やがて錐揉み状態になって地上に落ちてくる。それは拾った者の勝ち。凧追いの一人が凧を手にしたら、ほかの凧追いはそれを奪い取ることは出来ない。

「凧追いたちがもっともほしがるのは、その冬の凧合戦で一番最後に落ちた凧だ。それは名誉のトロフィーであり、暖炉の上に飾れば来客に自慢できるものだった。空からほとんどの凧が消え、最後の二つだけが残ったとき、凧追いたちはみな、この獲物を手に入れるための準備に入る。ほかの凧追いよりも有利なスタートが切れそうな場所に移動するのだ。全身の筋肉が緊張し、弾ける瞬間に備える。凧追いたちは空に向かって首を伸ばし、眉間に皺を寄せて二つの凧を見つめる。闘いがはじまり、やがて最後の凧の糸が切られた瞬間、凧追いたちは一気に全速力で駆け出す」

 ハッサンはその凧追いの名手である。狙った凧はことごとく取ってきた。そしてこの日も、アミールが「ハッサン! きっと取ってこいよ!」と言うと、ハッサンは駆けだしていく。角を曲がる手前で立ち止まり、アミールに向けて笑顔でこういう。「君のためなら千回でも!」。回想のなかで語られるこのシーンに、アミールの次の述懐が重ねられている。「つぎにそのなんの屈託もない笑顔を見るのが、26年後のポロライド写真のなかだとは、このときは知る由もなかった」。

 アミールはカブールの裕福な家に生まれた少年で、ハッサンはその家の召使いの子。しかもアミールはパシュトゥーン人でイスラム教スンニ派、ハッサンはハザラ人でシーア派。つまり、民族、宗教、階級の違いがある。それでも幼いときは、この凧上げの光景に見られるように仲のいい幼なじみだった。

 内容を紹介できるのはここまでだろう。あとは読書の興を削がないように曖昧に書くしかない。ようするに、アミールはハッサンを裏切るのである。で、アメリカに渡って何一つ不自由のない生活を送るが、旧友の電話でふたたびアフガニスタンに戻ってくる。その裏切りの内容と、なぜ安全な生活を捨てて混乱の故郷に帰るのか、その理由については本書をお読みいただきたい。

 アフガニスタンの生活の様子を描く前半もたっぷりと読ませるが、怒濤の展開を示す後半が本書のキモ。いったいどうなるのだとスリリングなのである。なにしろタリバンの支配するアフガニスタンで人捜しをするんだぜ(あっ、書いちゃった)。しかも物語は簡単には着地せず、まあ気を揉むこと。そうなのだ。訳者あとがきに追加したいのは、スリリングな展開の後半がすこぶる秀逸であるということだ。

 カーレド・ホッセイニの第三作『そして山々はこだました』(10月刊)の解説を依頼されて、その第一作を読んだのだが、いやあ、ホントにびっくりした。こんな傑作をどうしてこれまで読んでこなかったのかと、深く反省しました。この第一作『君のためなら千回でも』については、その解説でたっぷりと書けばいいのだが、10月末刊ということは締め切りが9月末。そんなに待てない。早く書きたくて仕方がなく、ここで書いてしまったという次第である。

 ちなみに、カーレド・ホッセイニの第二作『千の輝く太陽』(ハヤカワepi文庫)は母と娘、10月末刊の第三作『そして山々はこだました』は兄と妹の、それぞれの絆と複雑な関係を描く長編で、どちらも読ませる。だが、とりあえず、『君のためなら千回でも』を強くおすすめしておきたい。ホントにすごいぞ。