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10月30日(金)

 昨夜、家に帰ると玄関に水玉模様の娘のリュックサックが置かれていた。そういえば妻が入院しているとき社会科見学を兼ねた遠足にもっていくお菓子を一緒に買いに行ったのだ。予算は200円までで、娘はお菓子売り場を何度も何度も往復し、結局うまい棒やチョコなどの安いお菓子数点と友だちにも配れる袋入りの飴を買ったのだ。

 風呂に入り、居間に向かうと妻に声をかけた。
「明日、遠足なんだ? 晴れそうで良かったね」
 電子レンジに私の夕食を入れながら、妻はちょっと厳しい顔をした。
「なんかやばいんだよね。夕方から咳してるの。早く寝なさいっていって8時半には寝かせたんだけど」
 
 娘は春の遠足も途中で具合が悪くなり、自然公園のベンチでずっと休んでいたのだ。私は氷を浮かせた栗焼酎をぐっと煽った。

★    ★    ★

 妻が本格的に料理する音で起きると、隣の布団にはすでに娘の姿がなかった。
 カーテンを明けると大陽の光が眩しかった。
 
 寝室からは娘の様子は見えなかったが隣の部屋でテレビを見ているようだった。新型インフルエンザが蔓延し出してから毎朝の体温をチェックし、学校に提出するようになっていた。向こうの部屋にいるであろう娘に、「熱、はかれよ」と声をかけるとしばらくして「ピ、ピ、ピ」と検温終了を知らせる音がした。

「何度だった?」
「36度......5分」

「お前ちょっとこっち来い」
「嫌だよ」
「良いから来い、こっちでもう一度熱をはかれ」

 娘のくぐもった声に私は嘘を嗅ぎ取った。できることなら私もその嘘に付き合ってやりたかったが、時が時である。仕方なく私のところにやってきた娘の熱を測り直すと、それはみるみる37度を超えていき、音が鳴ったときには、液晶モニターに38度4分が示されていた。

 娘は布団にくるまって泣き出した。

★    ★    ★

 今日、私のカバンのなかには、娘が食べるはずだったお弁当箱が入っている。

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