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11月11日(木)

第二音楽室―School and Music
『第二音楽室―School and Music』
佐藤 多佳子
文藝春秋
1,543円(税込)
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 珍しく家族が起きているうちに家に帰ると妻が娘に「パパに聞いてみなさいよ」と促したのは、4月のある日のことだった。

 娘は妻のその言葉にふてくされ「どうせダメっていうから」と私の顔を見ずに部屋にこもってしまった。私はてっきり近所の子らが手にしだした携帯電話を欲しがっているのかと思い、「携帯は自分で金を稼ぐようになるまで絶対にダメだぞ」といつも言っていることを口にした。

 すると妻は「そうじゃないのよ」と首を振り、娘の代わりに話し出したのだった。

 それは4年生から入団できる小学校のブラスバンドに入りたいという願いであった。続いて妻が口にした月謝は、学校の部活だからかたいした金額ではなく、ならばやりたいならやらせてやればいいじゃないかと思ったのだが、その活動日が月・水・金と週に3日もあるのが問題だった。

 なぜなら隙間の火曜日は幼稚園から習っているピアノがあり、木曜日は学校のチャレンジスクールがある。そして休みの土日は必ずサッカーがあるもんだから、娘にとって自由な時間はほとんどなくなってしまうのだ。今でさえもっと友だちと遊びたいと剣幕を起こすことが多く、だからとても続かないというのが妻の言い分であった。

 娘はちゃんとやると言い張っているが、毎週ピアノに連れて行くのに苦労している妻はまったく信じておらず、私に聞けと言ったのも半ば私に諦めるよう説得しろということだったらしい。

 私は娘の部屋のドアを開け、ふてくされたように床に寝転がってマンガを読んでいる娘を無理矢理振り向かせた。

「お前、ちゃんとやるのか?」
「だからやるって言ってるじゃん」
「あのな、パパは始めたことを途中でやめるやつが大嫌いなんだ。6年生までやりとおすって約束しろ」
「わかってるよ」

 妻はそのやり取りを聞き「娘には甘いんだから」という顔を私に向けた。

★   ★   ★

 しばらくすると娘はドラムのスティックや鉄琴を学校から持って帰り、楽譜を見ながらタカタカと叩き始めた。音楽のことをほとんど知らない私は、ブラスバンドといえばトランペットのような管楽器を想像していたので、「ラッパは吹かないのか」と尋ねると、「パーカッションの担当になったんだよ」と楽譜から目を離さずに答えた。

「パーカッションって何だよ?」
「パパほんとうに何も知らないんだね。打楽器だよ、打楽器。鉄琴とか木琴とかドラムとか。私の一番の担当はシンバルなんだけど」
「シンバル? あの猿が叩くやつか? だってお前ピアノ何年もやって楽譜も読めるんだろ。それがなんでガーンって叩くだけのシンバルなんかやるんだよ」
「あっ、パパ、シンバルをバカにしたでしょう。シンバル大変なんだよ。重いし。」

 そういって娘はプイと楽譜に顔を戻すと、もう私と口を聞いてくれなかった。

★   ★   ★

 妻が心配した練習をさぼったり辞めると言い出すことはなく、娘は週に3日、授業が終わった後、音楽室で熱心に練習しているようだった。そして担当のシンバルは本当に重いようで、練習のあった日は腕が上がらないと風呂上りに腕を揉んでいた。私が揉んでやろうと手を出すと「パパにはわからないから」と腕を引っ込めるのだが、その腕は日に日に太くなっているように見えた。

 そんなある日、妻からサッカーの予定を聞かれた。
 私は予定を聞かれるのが一番嫌いで「なんだよ?」と仏頂面をして答えると、「浦和駅前でブラスバンドのパレードがあるのよ。さいたま市の小学校が全校出るんだけど、見に行くでしょう?」と有無を言わさぬ口ぶりである土曜日を指し示した。

 その日はたまたま浦和レッズの試合もなく、娘の晴れ舞台を見に行くことに賛成した。

★   ★   ★

 まだ夏の暑さが残る路上には多くの人が詰めかけ、小学校単位で順々に演奏がスタートしていった。
 私の娘の小学校は5番目の出場で、私は通りの一番前で息子とともに娘が出てくるのを待った。

 小学生のブラスバンドといえば、自身が運動会のとき聴いた記憶しかなく、それがどれほどの演奏なのか想像もつかなかったが、各小学校の演奏はかなり本格的で、楽器はもちろん衣装も揃え、先生は真剣な表情で寄り添っているのだった。

 それらの演奏に聞き惚れていると、浦和の学校らしく真っ赤なTシャツを着た娘が路上に現れた。その手に持つシンバルは、娘の顔よりも大きく確かに重そうだった。申し訳ないことを言ったかなと反省していると、息子が「ねーねー、がんばれ!」と大きな声を出した。

 娘はその声に気づくと、ゆらゆらと手を振り、まったく緊張感のない様子で笑った。他の子はそれぞれ緊張した様子ですましているので、娘のその笑顔は明らかに浮いていた。隣に立っていた先生も、娘に何か注意をしたようだったが、娘はまったく我関せずで、私と息子に向かって微笑み続けていた。

 まったく困った奴だと睨みつけていると、笛の音が鳴り、小太鼓の音ともに演奏が始まった。パレードだから演奏とともに楽団は歩き出すわけで、私と息子はその楽団とともに沿道を移動する。その視線の先に娘がいるのだが、娘は相変わらず一人笑顔で、大きく足を上げながら、シンバルを叩いていた。

 シンバルの叩き方にいろんな方法があるのをそのとき知ったのだが、それ以上に娘がこれほど楽しんでいる姿を見たのは初めてのことで、そのことに驚いてしまった。

 そうして気づいたのは、娘が笑っているのは何も緊張感がないのではなく、今みんなと演奏しているのが心底楽しくて仕方ないのだということだった。だから自然と笑みがこぼれ落ち、大きく上げる足もリズムに乗っているだけで、娘は全体で音を受け止め、楽しんでいるのだ。

 あいつ音楽が好きなんだな。
 みんなと演奏するのがよっぽど楽しいんだな。

「ねーね、いいぞ!!」
 駆け足でついてきた息子が叫んだ。

★   ★   ★

 そんな音楽を演奏する楽しさと学校でしか味わえない気持ちがいっぱい詰まった傑作小説が、佐藤多佳子の待望の新作『第二音楽室』(文藝春秋)だ。

 楽器が足りずにピアニカの担当になってしまった小学生グループ、音楽の授業で男女ペアで合唱することになった中学生たち、卒業式でリコーダを演奏することになった4人組、不登校の中学時代を乗り越え高校に入学し必死になってキャラを作りながらバンドを始めた女の子。それぞれまったく違う境遇ながら、彼ら彼女らは音楽が生み出す何かによって人と出会い、人生の扉を開けることになる。

 短編集でありながら、読み始めると『一瞬の風になれ』を読んでいるときのように思わずのめり込んでしまい、ふとした瞬間に涙があふれてくる。素晴らしい小説だ。

 それにしても佐藤多佳子は「4継」やらこの「バンド」のような友人でもなく、恋人でもなく、それでいて大事な関係を描くのが本当にうまい。そして登場人物の誰もに生きる場所を与えるまなざしが素敵なのだ。

 うれしいことに12月には同じテーマで書かれた長編『聖夜』も発売されるらしい。
 それまでに私もギターを買って、娘と一緒に演奏してみようと思う。

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