11月16日(火)
- 『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』
- 角幡 唯介
- 集英社
- 1,728円(税込)
- >> Amazon.co.jp
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- 『青春を山に賭けて (文春文庫)』
- 植村 直己
- 文藝春秋
- 637円(税込)
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高校生活最後の夏休みを控えた学校に久しぶりに顔を出すと、教室の雰囲気が一変していた。今まで休み時間になると野球だサッカーだと校庭に繰り出していた連中が、授業が終わっても机から離れず、そのかわり教科書とは違う参考書のようなものを広げ、勉強しているのだった。
私の通っていた高校は卒業生の95%以上が大学に進学するいわゆる典型的な進学校だったからそれは当然の風景だったかもしれないが、その頃すでに大学に進学する気の失せていた私は、もうこの学校に居場所がなくなったことを実感した。
それでも当時の「大学に行かなければ良い人生は送れない」といった雰囲気と自分自身でもハッキリ決断することが怖く、私は親に大学に進学しないと言い出すことが出来ないまま春を迎えた。そして、なし崩し的にいくつかの大学を受験してみたが、教科書すら買っていないような暮らしをしていた私の学力で入れる大学はなく、浪人という宙ぶらりんな生活が始まった。
予備校に通う電車のなかで私がいつも考えていたのは「これからどうやって生きていくか」ということだった。やりたいことも特になく、ただ高校生活のような怠惰な暮らしにはもう飽き飽きしていた。自分は何をしたいのか。たとえ大学に行かないとしても、ならばどうやって暮らしていけばいいのか。そんなことばかり考えていた。
その頃貪るように読んだのが、植村直己さんの本だった。『青春を山に賭けて』(文春文庫)なんか立て続けに何度も読んだ。
私は決して山や冒険にそれほど興味があったわけではない。
そうではなく五大陸最高峰や様々な冒険に向かい、いかにそこを生き抜くか考えていた植村直己さんと、予備校に向かう電車のなかでこれからどうしようかと悩んでいた自分がシンクロしたのだ。それは私だけではなく、当時、同年代の人間の多くが、植村直己さんの本をそうやって読んでいたと思う。
★ ★ ★
2010年第8回開高健ノンフィクション賞を受賞した『空白の5マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む』角幡唯介(集英社)は、これから多くの若者にとってバイブルになるだろう本だ。
世の中からどんどん未知が消えっていった時代の最後の未知と呼ばれ、多くの探検家を引き寄せたツアンポー渓谷の幻の滝やシャングリ・ラ、そして最後に残された空白の5マイルに向かうのは、早稲田大学探検部出身の著者・角幡唯介である。
その探検行は久しぶりに出た本格派であり、そして何よりも全編に渡って、ものすごく死の匂いのする探検記だ。しかしそれはまた逆に強烈に生を感じさせる探検でもあり、読み終えた今、私の頭の中に響いているのは、このツアンポー渓谷で命を失ったカヌーイスト武井義隆氏の口癖だった「ちゃんと生きているか?」という言葉であった。「生きているか?」ではなくて、「ちゃんと生きているか?」だ。
予備校に向かう電車は、後に私を仕事場へ運んだ。
私は「ちゃんと」生きているだろうか。
私の通っていた高校は卒業生の95%以上が大学に進学するいわゆる典型的な進学校だったからそれは当然の風景だったかもしれないが、その頃すでに大学に進学する気の失せていた私は、もうこの学校に居場所がなくなったことを実感した。
それでも当時の「大学に行かなければ良い人生は送れない」といった雰囲気と自分自身でもハッキリ決断することが怖く、私は親に大学に進学しないと言い出すことが出来ないまま春を迎えた。そして、なし崩し的にいくつかの大学を受験してみたが、教科書すら買っていないような暮らしをしていた私の学力で入れる大学はなく、浪人という宙ぶらりんな生活が始まった。
予備校に通う電車のなかで私がいつも考えていたのは「これからどうやって生きていくか」ということだった。やりたいことも特になく、ただ高校生活のような怠惰な暮らしにはもう飽き飽きしていた。自分は何をしたいのか。たとえ大学に行かないとしても、ならばどうやって暮らしていけばいいのか。そんなことばかり考えていた。
その頃貪るように読んだのが、植村直己さんの本だった。『青春を山に賭けて』(文春文庫)なんか立て続けに何度も読んだ。
私は決して山や冒険にそれほど興味があったわけではない。
そうではなく五大陸最高峰や様々な冒険に向かい、いかにそこを生き抜くか考えていた植村直己さんと、予備校に向かう電車のなかでこれからどうしようかと悩んでいた自分がシンクロしたのだ。それは私だけではなく、当時、同年代の人間の多くが、植村直己さんの本をそうやって読んでいたと思う。
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2010年第8回開高健ノンフィクション賞を受賞した『空白の5マイル チベット、世界最大のツアンポー渓谷に挑む』角幡唯介(集英社)は、これから多くの若者にとってバイブルになるだろう本だ。
世の中からどんどん未知が消えっていった時代の最後の未知と呼ばれ、多くの探検家を引き寄せたツアンポー渓谷の幻の滝やシャングリ・ラ、そして最後に残された空白の5マイルに向かうのは、早稲田大学探検部出身の著者・角幡唯介である。
その探検行は久しぶりに出た本格派であり、そして何よりも全編に渡って、ものすごく死の匂いのする探検記だ。しかしそれはまた逆に強烈に生を感じさせる探検でもあり、読み終えた今、私の頭の中に響いているのは、このツアンポー渓谷で命を失ったカヌーイスト武井義隆氏の口癖だった「ちゃんと生きているか?」という言葉であった。「生きているか?」ではなくて、「ちゃんと生きているか?」だ。
予備校に向かう電車は、後に私を仕事場へ運んだ。
私は「ちゃんと」生きているだろうか。