3月6日(金)
駅から家に帰る道すがら、幹線道路沿いにツタヤがある。二階建て。一階は本と文具とゲーム、二階はレンタルだ。
たぶん郊外のどこにでもあるツタヤ、だと思うけれど週に2,3度引き寄せられるように立ち寄る。仕事でこの何十倍も本があるお店を訪れ、あるいはこだわりのお店を訪問しているにも関わらずだ。もしあなたにとっていちばん大切な本屋さんはどこですか? と訊かれたら私はこの、近所のツタヤと答えるだろう。
ここにしかない本は、ない。でもこの町で暮らす私にとって、ただひとつの本屋さん。疲れたときも、喧嘩したときも、塞いだ気持ちのときも、ひとりになりたいときも、受け止めてくれる。本屋さんって本を買うだけの場所じゃない。
今日もひき寄せられるようにして青と黄色の看板の下の扉を開けた。明るい店内を何の目的もなくうろつく。そして仕事中だったらとてもできない「立ち読み」をする。無意識に意識していたことに吸い寄せられる。「ロンドンで見る、買う、食べる、101のこと。」特集の「BRUTUS」と「クラシック・ヘビーデューティー」特集の「Free&Easy」を手にして、毎年、シーズン前に買っている「ELGOLAZO Jリーグプレーヤーズガイド2015」も見つける。
その頃には仕事で味わった嫌な気分はすっかり消えている。どうだっていいや、あんなやつ。そう思いながら文庫の売り場に足を向けると、中学生くらいの女の子が棚の前に立っていた。気になる本を手にとっては、表紙と裏の説明書きを読んで、平台や棚に戻している。本は読みたいけれど、どんな本がいいのかわからないって感じ。
声をかけたい。どんな話が好きなの? これまで読んだ本でいちばん面白いと思った本はなに? 今どんな気分になりたいの?
そういえば先週こうやってツタヤに立ち寄ったときも中学生くらいの女の子が、文庫本の棚の前で本を探していた。東野圭吾の本を手にしてじっと説明書きを読んでいた。受験も終わって、悩んでいた進路も決まった。でも4月からの新しい生活に不安を抱え、少しでも気持ちを落ち着けたいのかも。そんなとき、本を読みたくなるのかも。それなのに読みたい本が見つけられなくて困ってる。
だって、判断基準は表紙と帯と説明書きしかないんだもの。そんなに本を読んでいない人にとって、そこから一冊の本を選ぶのは清水の舞台から飛び降りるくらいの決断が必要だし、昔はもっと本屋さんって小さかったから選択肢が少なくて済んだけど、今は町のツタヤだって大きいから本がいっぱいあるんだもの。何冊も読んでみればいいじゃんって言われても、お小遣いは限られているし、一冊の本を読み終えられるかも不安なのに何冊も本を買うなんてできるわけない。
自分の場合は、本好きの友達が教えてくれた。18歳の夏、「杉江には村上龍がピッタリだよ」って。そうして本と友達になれた。
女の子は、テレビドラマの原作の本を手にとってしばらく考えている。その本を平台に戻すと、今度はイラストが表紙になったラノベを手にした。この一冊、ものすごく大切なんじゃない? 本と一生の友達になれるか、それともしばらく絶交するか。
ねえねえ、君、一緒に探してあげようか? って、助けてあげたい。けどできない。どうしたらその言葉をかけられるようになるのかな。




