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2月11日(日)

 結婚して家を出るまで、常にともにいたと言える友から電話があったのは先々週のことだ。両親から引き継いだお店を閉めることにしたという。

 お店は小学校の前にあるので駄菓子屋も兼ねているような小さな酒屋だった。昼には子どもたちが、夕方には近所の人たちが、小さな店内でザリガニ釣りに使うよっちゃんイカやその晩旦那さんが飲むビールを買い求めていた。

 開業して42年。その間にコンビニが生まれ、ドラッグストアができ、ショッピングモールが誕生し、ネットストアがオープンした。

 専門学校で簿記資格1級をとった友はお店を継ぐと酒蔵をまわり珍しい酒を仕入れ、楽天と取引し、朝はアルバイトをして店を支えた。努力はたくさんしたけれど、人々が酒屋という存在を忘れるスピードはもっと早かった。

「自分で開いたお店なら閉めるのにこんなに苦しまなかった」と大きなため息をついて、友は電話をきった。

 今日、お店に顔を出した。

 何度この店に来ただろうか。初めて来たときは友ともまだ出会っておらず、駄菓子を買うとおじさんから「ハイ、お釣り50万円」と50円玉を渡された。友と出会ってからは、お店を覗いてそのまま2階にあがり、テレビゲームに明け暮れた。そして20代の始め頃、私が仕事を決まらずにふらふらしていたとき、アルバイトさせてもらいもした。

 友とじっくり語り合い、商品の少なくなった棚からサントリーウイスキーローヤルを買い求めた。「ハイ、お釣り、20万円」と笑って、友は二千円を私に返した。このウイスキーは、無事還暦を迎えたら友と封を開けて飲もうと思う。

「立ち止まっていたら今と同じ景色しか見えない」とは、今、読んでいる北方謙三の『水滸伝』(集英社文庫)から手帳に抜き書きした言葉だ。友にその言葉を送る。

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