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3月19日(木)

「あんたが神様に見えたよ」

 父親が退院することになり、実家に母親を迎えに行くと母親から言われた。大げさだよと笑って返したが、車も運転できずバスもなくタクシーを呼んだこともほとんどない80歳の母親にとって、病院に行き入院の荷物と足元不安定の父親と帰ってくるのはよほど心配だったのだろう。

 ずいぶんと回復した父親はリバビリのおかげかすたすたと歩き、誰の力も借りず車に乗り込んだ。「助かったよ」と言ったので自分の命かと思ったがどうやら私が車で迎えにきたことのようだった。

 病院から二人を乗せて実家に着くと、母親は「はい、お駄賃」と言っていつの間に買い求めていたカルピスウォーターを差し出した。なにもお礼も求めて車を出したわけではないけれど、お駄賃がカルピスだなんで小学生のときと変わっていない。

 いやしかしあの頃はカルピスはペットボトルのカルピスウォーターでなく、カルピスの原液を水で薄めるやつだった。近所の酒屋やたばこ屋にお使いを頼まれ走って帰ってきたとかときだけは、カルピスを少し濃くしてくれたものだ。

 行きの車の中で母親は、入院の間、あれ持ってきてくれ、これを用意してくれとわがまま放題だった父親の悪口ばかり言っていたが、ちょっと痩せた父親を乗せて帰るときには「お父さん、昨日布団干しといたからね」と目を細めていた。

 耳の悪い父親はどうやらよく聞こえていない様子で、道端に咲く木蓮を見上げ、「わあ、きれいだなあ」と声を上げていた。

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