書店員矢部潤子に訊く/第3回 本を並べる(3)平台の正解はひとつ

第3話 平台の正解はひとつ

── その平台なんですけど、一番売れるものはここに置くみたいな約束事はあるんですか? よく言われているのは一番手前の左に売れるものを積むと。

矢部 それはあります。例えばさ、本屋では一般的な平台だと32点積める平台があるのね。

── 32点というのは奥4点に横8点というイメージでいいですか。

矢部 そうね。そういうエンド台があったとしたら、その32点をどう積むかっていうことのルールは、並べる本を前にすれば自ずとあります。まずタイトルと商品量だよね。それに当然一番大事なのは売行きよね。売れそうで50冊在庫を持ってるっていったらこのエンド台に10冊使って、あとの40冊は話題書の平台に並べようって判断もあるしね。とにかく何度も話してるけど、まず在庫は出し切らなきゃダメよ。

── じゃあ32点並べられる平台があったとしたら、最初に手前の左端に一番売れる本を置けばいいんですか?

矢部 そうしたいんだけど、まず、物を置く順番としては奥から積まないと積めないでしょ。

── あっ、そうですね。

矢部 毎日の仕事としては、すでに32点積んである平台に、今日新たに10点積みたい本が来ましたとかなるわけ。基本的な考え方としては、その平台の売行きの23位から32位の本を外せばいいんだけど、届いた新刊を見て巻数ものの2巻目が来ましたみたいなこともある。そうなると1巻目は実は32位で外す対象になっていたとしても、残さねばならぬなということになってきますね。届いた本を見て、すでに並んでいる本の中から何を外すかを考える。で、最奥列に何を積むかですね。最前列には今日届いた新刊を並べたいわけでしょ。一番目立って手にとりやすいわけだからね。まあ新刊のなかでもこれはどうかなと思うものもあるし、既にブームは去っていて今さらこれを並べてもどうかなみたいなものもあるけど。そういう色々な要素を考えながらまず一番奥に積むものを探す。一番取りにくいのは最奥列の真ん中あたりじゃない。そこに置く本を決めるわけよ。意外に最奥列の両端は取りやすいからね。

── あっ、4列目でも端はランクが高いんですね。

矢部 ま、少しね(笑)。そこは意外に使える場所だから少し考え方を変える必要があるかな。ただ物理上、奥から積まなきゃいけないから、このままの売れ行きだと次に平台から外されるのはお前かもしれないぞみたいな本を最奥列の真ん中にまず置いてました。ただね、お客さまが取り難いということは書店員も取り出し難いわけ。だから本屋はここが得てしてずっと同じ本を置きがちになるんだよね。それがとにかく嫌だったから、まずこれを押し出していましたね。最初に最奥列の真ん中を決めて、次にその周辺っていう風に関連づけながら並べていく。で、左端右端は少し下がってた方がいい。

── 真っ平らじゃなくていいですか?

矢部 独立している平台なら気にしないんだけど、エンド台の場合だと、その両脇から棚が始まってるでしょ。そうすると例えばエンド台には満遍なく15冊ずつ積んでいて、そこから連なる両脇の棚前の平台には4冊くらいしか積めてないわけだから、そのエンド台と棚前の平積みの高低差が11冊分もできちゃう。そうするとエンド台の正面に立ったとき、奥になにが積んであるが見えないよね。エンド台の役割は、この平台の両奥には書棚がずっと連なっていて、ここに積んである本はそのほんの一部であって、奥に行けばまだまだ面白そうな本があるんですぜって思ってもらうことなわけでしょ。なので、エンド台の左端右端には、比較的売れているんだけど在庫冊数が少ない本とか、内容も棚前の平積みと繋がる本などを置くと。そうすれば多少見通しも効くし、棚への繋がりもあるかもしれない。と考えて、両端は低くてもいいかなって思ってる。それに端は危ないし、本の角も傷むしね。

平積みの積み方.jpg



積み方メモ.jpg


── そこまで考えているんですか......。ああ、いったい何枚、目から鱗が落ちるんだろう。

矢部 要はお客さまが本を取り易いかどうかだけの話よ。頭をはねることもあんまりしたくないんだよね。奥も手前も15冊ずつ積むことになっちゃったので、今度はお客さまが取り易いように、手前の本を数冊ずつ抜くなんということはしません。持ってる在庫は出し切る。しかし、売れる売れないを予想しながら、お客さまが手に取り易く、見栄えも良く、隣同士の関連も見ながら、この本の隣にはこの本がいいはずみたいなことも考えて並べていく。そうすると、実は平台の積み方はその日1種類くらいしかないと思うんだよね。

── えっ?! 32点の平台の積み方は正解がひとつなんですか!

矢部 自分としては正解は1種類でしょって思ってるわけ。だから弟子にやらせてみても答え合わせができるでしょ。

── なぜそこに積むのかすべてに理由がきちんとあるわけですね。よく言われるのは手前の左端が一番売れるって言うじゃないですか。ここはピラミッド型に積んだとしたら積む冊数が少なくなってしまいますよね?

矢部 それは確かに悩ましい(笑)。でも、在庫がある程度豊富に持てて、平台もいくつかあるお店だったら、平台によって高さを調整できるからそれほど悩まない。100冊入ってきたとしたら、この平台には10冊積んで、あと90冊は別のところにどんと展開すればいいし。今日入った本のなかで一番いい場所に出す、けれども、ここに全在庫並べる必要はないわけだから。前にも話したけど平台に役割をもたせなきゃいけない。たくさん入荷したのならそれぞれの場所があって、この新刊の平台にはその場所にあった数を積めばいいわけ。でも一番売れるものは手前です。

── そして左が優先なんですね。

矢部 私は右より左がいいと思ってる。本屋の棚は基本的に左から右に流れるように作るからね。巻数物や五十音順しかり、棚の内容の流れもね。だからお客さまにも左から右に目を向けてもらいたいし、歩いてもらいたい。この図の足跡みたいに左から右に歩いて来ると想定してるので、左側に、より売りたい本を積む。

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── そして当然後列より前列がいいポジションになりますよね。

矢部 そうはいっても真ん中周辺も見てもらいたいし、目立ち具合も左右と差がつき過ぎないようにするためにも高さを出す。もちろんその方がお客さまも取りやすいしね。

── 平台は面ですが、それを三次元で表現して、よりお客さまの目に止まるように工夫するわけですね。上下巻はどう並べるものですか。

矢部 左が上巻よね。

── 1巻、2巻、3巻といった巻数ものは?

矢部 左から1、2、3。

── 縦に並べるのはありですか?

矢部 気持ちはわからないでもないけど、ちょっと気持ち悪いよね。

── たとえば平台に多面積みを4種類つくる場合はどうするんですか。

矢部 縦だよ。1種類ずつ。

── 横に並べるっていうのは?

矢部 それは、この平台なら横8面同じタイトルを並べて4列別の本を積むみたいなこと? それはないぞ。4種類の本を多面積みにするっていうのはその本が売れてるからするわけじゃん。あるいは売ろうとするから。ということは、その4種類の扱いにはそんなに差はないわけでしょう。

── あっ、そこで前列後列というものにしちゃうと差が出ちゃうわけですね。

矢部 売ろうとするからには一番いいところに並べてあげなきゃ多面積みにする意味はないですよね。平台はいつも縦わり。何列ずつってすることはあってもいつも縦。すごく在庫が少なくてほんとに売れるよなんてのは1列でも縦。

多面積みいい例.jpg

           平台は縦割りに積む

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           横には積まない


── 2面で積む場合は横なんですか?

矢部 2面なら横もありかも。でも2面はあまりしない。それだったら無理してでも1面にして真ん中に置くとか。什器の形状によって2面しか積めないってことはあるかもしんないけど、2面ってインパクトなくない?

── えっ、でも、結構2面で積んでいるお店ありますよね。

矢部 あ、そう? 例えば、平台が1ヶ所しかないっていったら8面の中を横で2面ずつ組むことはあるかもしれない。2面で縦ってのはないな。それでね、積み方はもちろん大事なんだけど、なによりも平台でとにかく一番ダメなのは、前も話したけど減ったものを外すことですよ。新刊が来ました。一番手前に5冊積んでいたものが、3冊売れて2冊になってました。じゃあ、この2冊を棚下に持って行って、今日来た新刊をここに並べる。これが一番ダメな例。

── でも楽ちんじゃんなんて......。

矢部 絶対やっちゃダメです。売れてるから減ってるわけだから、それは注文を出さないといけません。外すのは4列目の真ん中。いちばん売れてないもの。

── でも、そうすると平台は基本的にすべて並べ替えが必要になりますよね......。

矢部 新刊が来るたびに全取っ替え。そんなの当たり前なのよ。

── じゃあ32点の平台を積み替えるとして、矢部さんの感覚では何分くらいでやってたんですか?

矢部 何点入れ替えるかだよね。全部入れ替えるならそんな簡単なことはない(笑)。

── あっ、そうか(笑)。

矢部 品出しっていうのは時間じゃ計れないのよ。キリのない作業だし、翌日には次の新刊、次の話題書が入ってくるわけ。新刊がたとえ一冊もなかったとしてもその日の新聞広告やニュース、話題をキャッチして変えていく必要があるのね。でも今日のベストは1種類なわけだから、その1種類にするべく、毎日平台を入れ替える。


聞き手:杉江由次@本の雑誌社

(第3回 終了)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。