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  • ミステリマニア書店員が薦めるこの新人のミステリーがすごい!第4回
    「音楽スポコンミステリと芥川賞系ミステリ」

ミステリマニア書店員対談シリーズ、感動の(?)最終回!


高…高橋美里  宇…宇田川拓也

さよならドビュッシー
『さよならドビュッシー』
中山 七里
宝島社
1,470円(税込)
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高:
そして、お次は、第8回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作『さよならドビュッシー』中山七里(宝島社)。これ、私は激しくやられました、どうしてこれに気がつかなかったと。
宇:
(ニヤニヤしながら)いやあ、たしかにねえ。この作品は端的にいうと“音楽スポコンもの”なんですよね。ピアニストを目指していた女子高生が火事で全身大やけどを負ってしまい、夢破れそうになってしまう。この火事でお祖父さんも亡くなってしまうんだけど、じつはこの人が結構な資産家でね。彼女は莫大な遺産を相続することになるんだけど、遺言で「ピアノのために使うこと」が条件になっている。でも大やけどを負った身体では、満足に鍵盤を叩くこともできやしない。そんな時、「俺がコーチするよ」ってイケメンの若手ピアニストがコーチを申し出てくれるんですな(笑)
高:
イケメンが弱ってる少女に「さあ僕と一緒に頑張ろう!」っていってくれるんですよね、なんかの漫画みたい。
宇:
そして少しずつ弾ける様になって学校に行くと、ねちねちとイジメにあうわけですよ。「お金持ちだからいいコーチがついて~」とか(笑)さらに自宅でも階段の滑り止めが剥がされていたり、杖に細工が施されていたりと悪意の感じられるイタズラが続いていて……。それでも彼女は練習に練習を重ねて、わずかな時間しか動かせない指を必死に動かしてコンクール優勝を目指す。まさに“音楽スポコンもの”(笑)というストーリーなんだけど、最後の最後に……まさかの……ね。
高:
読んでいて何が謎だったのかわからなくなるくらいに読み込んでいる自分がいましたよ。
宇:
この本はミステリ要素を抜いたら、本当に音楽熱血小説ですよ。
高:
『このミス大賞』受賞の帯とったら普通に『船に乗れ!』(藤谷治・著/ジャイブ)の隣に置きますね!
宇:
「全身にやけどを負った少女がコンクール優勝を目指す! 音楽熱血小説傑作登場!!」こんな惹句で手に取った人は、のけぞるだろうなあ(笑)
高:
今日レジで何回か売りました。嬉しいですよね、早く読んで欲しいと薦めたくなります(笑)
宇:
あとね、面白いのがこの作家さん今回のこのミス大賞の最終選考で2作残ってたんだよ。(最終ページ参照)すごいよね。
高:
全然違う傾向っぽいタイトルだねー。
宇:
トギオ
『トギオ』
太朗想史郎
宝島社
1,470円(税込)
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引き出しがたくさんありそうな作家さんで、次作も楽しみですよ。さて、こちらはミステリとしてすばらしかったんですが、もう1作、同時受賞『トギオ』は直木賞向きか芥川賞向きかといわれたら……。
芥川賞系ですね(笑)
宇:
東京じゃなくて“東暁(とうぎょう)”っていう都がある架空の日本で、ある田舎の寒村から物語が始まるんです。主人公の少年が捨て子を拾ったことから陰湿なイジメを受け、村八分みたいになって、ついにはそこで殺人を犯して村を出てしまうんです。そして流れ流れて港町にたどりついて運び屋みたいな裏稼業で金を作り、そこから今度は“東暁”に移って殺し屋になったりするんですよ。
高:
でも、彼は死んじゃうんだよね。死んだ後に、自分がそこにいたるまでの話を死んだ彼が喋るっていう話。捨て子に白っていう名前をつけてとつとつと喋るんだけど、全然説明がないの(笑)
宇:
作中に“折り紙”っていう単語が出てくるんだけど、これが情報収集や解析はもちろん言語変換までできるような高性能端末らしいことはわかっても、具体的な説明は後にも先にもいっさいない。小説作法としては、とてもぶっきらぼうなんだけど、それが作品の持つ圧倒的な破壊力に貢献している。今の日本が抱えている根深い問題の数々――弱者への虐待とか精神的な圧迫とか貧富の差みたいなそういったものを、架空を用いながら照射することによって、改めて強く認識させるいうことにはすごく成功していると思う。一見、突拍子もない物語だけど、今の日本のあるがままを生々しく突き付けてくる。それにしても、村のイジメなんか「よくこんなこと考えるな!」っていうくらいのことを嬉々としてやってましてね(苦笑)まあ詳しいことはちょっといえないので、とにかく読んで欲しいとしかいえないんですけどね。
(了)