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  • ミステリマニア書店員が薦めるこの新人のミステリーがすごい!

ミステリーマニア書店員(オリオン書房ノルテ店高橋美里&ときわ書房本店宇田川拓也)が「10年に一度!」と太鼓判を押す新人が登場! 同好の士であるふたりが、作品の魅力について語り合う。


高…高橋美里  宇…宇田川拓也

叫びと祈り
『叫びと祈り』
梓崎 優
東京創元社
1,680円(税込)
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陳列
高:
我々ミステリーマニア書店員が大注目の作品がまもなく発売になるんですよ!
宇:
そうなんですよ!
高:
10年に1度といっても過言ではない新人の登場! だから発売に合わせて私たちでこのすごさを騒いじゃおうというこの企画。さあ語り明かしましょう!
宇:
じゃあ行きますか!
高:
ジャジャーン! 『叫びと祈り』(東京創元社)です。(ぱちぱち) 2008年に『砂漠を走る船の道』という短編で『ミステリーズ!新人賞』を取った梓崎優(しざきゆう)のデビュー作です!この年の『ミステリーズ!新人賞』は綾辻行人さんが選考を担当された最後の年でしたが、その綾辻さんが大絶賛されていました。
宇:
授賞式の帰りに電車のなかで読んで、「おお!」と思ったひとも多いはず。僕もそのひとりだし。
高:
私もです。だから本になるのを楽しみにしていたんですよ!受賞作に書下ろしを加えて、この2月にいよいよ単行本刊行!
宇:
物語の大枠としては、世界中を飛び回るジャーナリストの斉木という男が、取材や休暇で訪れた地で不可思議な事件に遭遇し……。
高:
そして最後に、繋がる……っていう、連作短編です。どの作品も楽しめるし、それぞれがまったく違うテイストなんですよね。
宇:
しかも作りがスゴイ凝っていて、1話目の『砂漠を走る船の道』は、タイトルから分かるとおり、砂漠──サハラ砂漠を舞台に、塩を運ぶキャラバンで起きた不可解な死の謎を解き明かす話なんだけど、出てくるキャラクターの描き方にしても、読み手の先入観を逆手にとったりする工夫が凝らしてあって、とっても巧い。
高:
クローズドサークルとしての砂漠の使い方とか、世界のどこか知らない場所を舞台にするというナチュラルさが、新しいんですよ。砂漠で何故人を殺すのか、その理由は?っていうところを最後に無理なく見せることが出来てますよね。
宇:
そういうセンスのある技巧を見せ付けた次にくるのが『白い巨人(ギガンテ・ブランコ)』。砂漠から一転、今度の舞台は真夏のスペイン。斉木とその友人たちは、田舎町にある白い大きな風車を目指すんだけど、舞台が変われば雰囲気もグッと変わってロマンスのある感じになっています。かつてイスラム教とキリスト教が争っていた時代、滞在していたイスラム兵たちが、風車小屋に逃げ込んだキリスト教側の若い兵士を取り押さえようとしたんだけど、踏み込んだら煙のように消えていた──っていう、この白い風車にまつわる謎があって、1年前ここを訪れた斉木の友人も同じような謎を経験し……。
高:
好きな女の子を追いかけて風車小屋に入ったらその子は消えていた、と。同じ土地で起きた謎をみんなで解く、というお話ですね。ちょっとロマンチックですよね、異国で好きな子を見失うなんて。
宇:
ここでは仕掛けそのものよりも、登場人物の感情や置かれた状況が大きく作用していて、たとえば京極夏彦さんの『姑獲鳥の夏』(講談社)だって、あの仕掛けをそのまま目の前に出されたら「ふ~ん」で終わってしまうけど、謎めいた物語のロマンに包まれることで、それがミステリとして通用するものに昇華する。『白い巨人』にも、それに通じる面白さがありますね。
高:
そういう状況で、謎の渦中の人物が、少女を見失い別れなくちゃいけないとなったときに起きてしまったことだとわかったときに「なるほど」となるんだよね。それを踏まえたエンディングが素晴らしい! 物語を作るのもそうだし、謎の提示の仕方がすごく美しい人なんですよね、梓崎さんって。最後に見える景色の美しさがほんとうに素敵でした。
宇:
その土地ならではの風習や価値観と、日本人特有の感性や諸外国に対する先入観を絡ませて、まさに美しい謎と解明を与えてくれますよね。
高:
次はロシアが舞台だし。
宇:
ジャングルが舞台の短編『叫び』もある(笑)。
高:
普通だったら、そういう設定ってルールや舞台をかなり説明しないといけないと思うんですけど、『叫び』では「ジャングルで、奇病で、死んじゃって」っていうだけで、すごく分かり易いじゃないですか。
宇:
特異な風習も、文化に侵されていないのも明確だし、そういう取捨選択のセンスを発揮して、ある意味とても壮大なこの話を短編に纏め上げるということには、すごく成功していると思うんですよね。しかも材料は物語の中でも提示されているのに、それでも真相に至れない盲点に気づかせてくれる。
高:
今の私たちの生活だと、気がつかない、考えないことから物語が書かれるんですよね。
宇:
知らない外国の文化や風習をなぞって「ほら、そうでしょ?」っていわれても「そうだね」で終わってしまう。けれど、日本人である斉木に視点を置くことで、私たちは斉木の思考と共に解決に至ることができるわけです。起きていることは、彼の目を通して提示され、読者は彼と同じ体験することになる。
高:
そうですよね。
宇:
たとえば、いまの日本で誰か一人が殺されて──というんじゃなくて、遥か何千キロ離れた異国を舞台にすることで、よくSFミステリであるけど、宇宙船の中で殺人が起きる、そこには重力がない、とか特異な設定にして面白くするのと同じで、外国を舞台にすることで、日本にないルールを作り上げてしまう、そんな設定の巧さがあるよね。その縛りの中で説得力を持たせる盲点の衝き方に秀でてて、且つ、テクニカルな部分だけじゃなくて、物語としてのメッセージ性とか──たとえば、それが若者の恋の話だったり、信仰だったり……異空間を使って盲点を突く、ミステリを用いながら物語るモことに長けていると思います。
高:
そして最後の『祈り』という物語が、いままで読んできた物語を包んでいて……!
宇:
すごく鮮やかに最後に決まるんですよね。
高:
最後はミステリとしてじゃなくても読めると思うな。
宇:
なるほど。
高:
ところで、この探偵役としての斉木はどうでしたか? 結構最近珍しいタイプだなと思ったんですが。どの話も斉木が赴いた土地で起きている話ですけど。
宇:
刑事のように率先して事件に介入するタイプでもなければ、シャーロック・ホームズや御手洗潔みたいに弱者を助けために力を発揮するようなタイプでもないし。
高:
凶悪な存在がいてこらしめてやる、とか悪に立ち向かうわけでもないですよね。たまたまその場に居合わせて、たまたま気がついてしまった、という。だって『叫び』は、このままだと自分も死んじゃう(笑)。解決しないとこの場から逃げられないもんね。
宇:
そういう意味では「謎に挑む!」という勇猛さとは縁のない、まさに巻き込まれ型の新たな星といえますね。なんたって彼の巻き込まれ方はワールドワイドですから。でも、ちょっと気の毒かな(笑)。
高:
たしかに(笑)。独り占めしておきたいくらいに素敵な作品、とにかくもう2人で大推薦したい2010年期待の新人です!

立ち読みはこちらから→ 東京創元社ホームページ「叫びと祈り」