大注目!内澤旬子さんの最新刊『着せる女』(2月中旬発売)の冒頭が読めるぞ!

新刊告知と同時に話題沸騰となっております内澤旬子さんの最新刊『着せる女』(2月中旬刊行)の冒頭部分を公開! このあと宮田珠己さんはじめ、高野秀行さん、本の雑誌編集長などなど服屋に行くのが、面倒くさい、怖くて入れないーーそもそも服を買いに行く服すらない!? 友人知人の中年男性たちを、スーツ・ソムリエの力を借りながらシュッとカッコイイジェントルマンに変貌させていきます。

もったいない男たちの集積場

 この人、もっとちゃんとマシな服を着たら、カッコよくなるのに。
 初めてそう思った相手は、兄である。八〇年代後半、私は渋谷にある大学に、兄は八王子にある大学に通っていた。
 当時のお洒落好きな渋谷の大学生といえば、仕送りやバイト代を、パルコと西武と丸井に注ぎ込む、という感じだったろうか。ファッション雑誌をチェックし、セールに朝から並んで、以前からチェックしていた戦利品をせしめたり。
 お洒落はしたいが、おこづかいも少なく、バイトする時間もなく、加えてファッション誌もそれほど読まなかった私は、これら、栄華を極めた百貨店の上客では、決してなかった。それでもウィンドウショッピングは欠かさなかったし、年に一着か二着は〝デザイナーズブランド〞(死語になって久しい)の服を買っていたんじゃなかろうか。ともあれ「そこに行けば、どうにかなる館」であることは知っていた。セレクトショップブームがやってくるのはそれからほんの数年後くらいなのだけど、当時はまだまだデザイナーズブランド一人勝ち状態の時期。
 一方兄はと言えば、バイトで稼いだ金はすべて七〇年代ロックの中古レコードに注ぎ込むオタク。今はもう加齢と老朽化が進行してしまったが、背は高いわ、腹は割れて肩幅がっちり、顔は筒井道隆に似ていたというのに、髪型や服に興味を向けたら、十代先まで祟たたると思い込んでるんじゃ?というくらい、かまわない。
 グラムやプログレを聴きまくっているのに、髪も伸ばさなきゃ、ロックな格好もしない。服であればそれでよし、なのだった。ま、そんな金があれば、中古レコードと昔の音楽雑誌に注ぎ込みたかったようで。もったいない。
 それがどういういきさつだったのか、たぶん親がまともな服を買えと諭したのだろう。兄が服を買うのに付き合うこととなった。冬物のジャケット二着。公園通りの丸井に連れて行き、嫌がるのを無理矢理押さえつけるように試着させまくった。
 残念ながら、ものすごく似合うものは見つけられなかった。兄の体格が良すぎて既製服に合わなかったこともあるし、私がメンズファッションのことをよく知らず、予習もろくにせずに、行けばなんとかなると思っていたことも大きい。
 ただ、ものすごく楽しかった。それだけは覚えている。
 それから十年経ち、今度は当時の配偶者の服を選ばねばならなくなった。その後離婚してしまったので、詳細を書くのは気が引けるものの、服も髪もかまわず、さらに体型も丸かったため、似合うスタイルを見つけるのにはかなり苦労した。カジュアルな服をそろえることは、まあまあ成功したと思う。
 ただしどうしてもスーツだけは、きちんと似合うものを着せることができない。〝吊るし〞じゃ無理なんだからと、イージーオーダーにも挑戦したが、そこでも合わない。よくわからないけど、なんかダメ。
 似合わない服を試着し続けると、本人も落ち込んでどんどん弱っていってしまう。かくなる上は完全オーダーメイドに挑戦するしかないのかもしれないけれど、かなり高額になる。それで失敗するのも怖くて断念した。
 それからだろうか。男性のスーツを意識して観察するようになった。やっぱりヨーロッパ勢にはかなわない。身体のつくりが違うからだと思ってたんだが、そうではない。顔のでかい樽みたいなおやじでも、スーツをカッコよく着ている人はたくさんいるのだ。
 翻って日本では、無難に着ている人、着慣れている人は山ほどいても、ぴしっとカッコよく着ている人はとても少ない。なぜだ。なぜなんだ。
 ある日タイトルも忘れたが、昔の日本映画を観ていて、愕然とした。みんなちゃんとスーツ似合ってる! カッコいい! なにが違うんだ? これがオーダーメイドの底力ってやつなのか??
 やっぱりサイズってこと? しかも顔も大きいのに、中折れ帽まで似合ってるし!!
 と、気がついたら、メンズファッションウォッチャーになっていたのでした。
 別にモードで奇抜な服を着こなすのだけが、お洒落ではない。いや私の好みを言えばなんだが、むしろ主張少なめなんだけど、よく見るとすごく似合ってる、みたいな普通の着こなし。そういうのが好きだ。
 なのに、なぜか周りには、いやファッション誌をのぞく出版業界には、普通に似合う服を着ている人が大変少ない。もったいない男たちの集積場のようなのだ。特にフリーランス男性ともなると、もう。
 ああ、この人、既製服でばっちりどうにかなる体型なのに、なぜこんなに謎な、どこにも売ってないような服を着るんだろう。頼むから自分に上下一式見繕わせてくれないかなあ。いやしかし家族でもない、大人同士の付き合いで、そんな失礼なことはなかなか言えないし。

「じゃ、選んでくださいよ」

 作家の宮田珠己さんに言われてハッと我に返る。どうやらノンフィクション作家の高野秀行さんや本の雑誌社の杉江さんと飲んでいて、失礼なことを面と向かってバンバン言ってしまっていたらしい。すみません......。
 なにしろ宮田さんは、頭も小さけりゃ背も高いし、痩せてるし、腹も出てないし、たいしてがんばらなくたって、どんな服でも似合う、実に恵まれた体型なのだ。
 なのに、街で会うときに、まともな服を着て来たためしが、ない。どこから突っ込んでいいのか、よくわからない服しか着ないのだった。サイズも当然ながら合っていない。肩が緩々のジャケットを平然と着ていたりする。
 しかし話を聞いてみると、宮田さん自身もどうにかしたいと思っているようなのだった。服屋に行くのがものすごく苦手なんだそうだ。やっぱり。そういう男性は多いよね。でも宮田さん、ちゃんと試着して、せめてサイズの合うものを着た方がいいよ。こういうこと、高校の家庭科で教えればいいのになあ。
 じゃあ今度是非、と言いながら、お互い忙しく。服のためにわざわざ時間を作るまでにいたらずにいたところ、緊急事態が発生。二週間後のトークショーに着て行く服をなんとかしたいというのだ。よっしゃあ、合点だあっ、とすぐにお買い物日程を組んだのであった。

お洒落とはぬらりひょん

 トークショーに登壇する宮田珠己さんにどんな服を着せたら良いのか。
 宮田さんの要望はあとで細かく聞くとして、まずは私なりにコンセプトを固めよう。そんなに難しいものではない。無難な服がいいだろうってだけのこと。
「何故こんな服を?? ちなみにどこで売ってるの??」と記憶に残るくらいなら、ものすごくお洒落ではないけれど、ちゃんと「外さずに、似合っている」ことが大事なのではないか。これは自分の好みでもあるので、宮田さんに押し付けるのは少々恐縮なのであるが、実はあまりにもお洒落がびしっと決まりすぎている男性が、苦手なのだ。威圧感を感じる時もあるし、お洒落な方には申し訳ないが、チャラい感じにも見えるし。
 服に構わない男たちが集積しているこの業界で、前に出るお洒落をすると、すごく目立ってしまうはず。目立ちたいひとはそれでもいい。ガツっと前に出て行けば良い。しかし宮田さんは目を引きすぎると困ってしまう自意識をもっているのではないだろうか。そういう人が主張の強い服を着ると、うまく着こなせずに挙動不審になる恐れがあるのだ。そのあたりのことは以前の配偶者で実験済みである。
 宮田さんから届いたメールには、トークショーでも大学の特別講義でも、知り合いの出版パーティーでも、企業の取材に着ていってもおかしくなくて、何通りかの組み合わせができる(つまり着回しがきく)服が望ましいと書いてあった。
 なるほどね。かちっとした正装ではないけれど、シャツとチノパンツとテーラード襟のすこしカジュアルめなジャケットというところか。誰か知り合いのフリーランスでそういう格好の人はいなかったか。編集者でなくて。うーんうーん。あ、あの人がいた。大竹聡さん。企業相手の取材を長年やっていらしたと聞いた事がある。だからなのだろうか、彼はどこで会っても常におかしくない服を着ているのだ。会う人に自分が何者であるのかを示す記号として、ファッションをとらえているように見える。自分の好みをほとんど出さないところが、ストイックな美学にも思える。
 そういやあるバーにお連れしますよ、飲みましょうといいながら一年くらい経ってしまっているなあ。
「あのさ、今度ね、宮田さんの服を見繕うことになったんですよ」
 湯島の老舗バーのカウンターに腰掛けて、たまにしか飲めない美味い蒸留酒を一杯飲み干したところで切り出した。
「あーいいねえ。宮田さんとか高野さんとか、彼らは身体ちゃんと鍛えてるからさあ、腹も出てないし、なに着ても様になるよ、きっと。やっぱり大胸筋なんだよな......椎名さんとかさ......」
 気持ち良さそうに語りだす大竹さんを遮り、二杯目を嘗なめながら、
「うんうん。でね、大竹さんさ、そのどこに着ていっても周りに馴染んで絶対外さない、ぬらりひょんみたいな服は、どこで買ってんですか。教えて下さいよ」
 大竹さんの顔つきが変わる。
「ぬらりひょんってなんだよ!! もうおまえのパーティーには絶対行かないからなっ。芥川賞とったって行くもんかっ」
「ま、ま、ま。すんません、似合うって意味だってば。大竹さんが着る服って悪目立ちしないじゃないですか。大竹さん結構周りの女の子たちの間で人気あるんですよ」
「......エディー・バウアーで買ってる」
「えでぃ・ばうわあ?」
  大竹さんによると、大きな百貨店であればだいたい入ってるような、店らしい。バナナ・リパブリックとか、GAPのもうちょっと落ち着いたおっさんのためのメンズカジュアルブランドらしい。ほう。そうなんだ。
 早速ネットで調べてみると、たしかにサイズは豊富だし、ユニクロよりもちょっと落ち着いた雰囲気。そして値段も手頃。大竹さんは入店したら三分後にはレジに並んでいるとのこと。サイズがわかればそれでいいんだろう。しかしカラーバリエーションが少なめでもある。
 差し色くらいは入れたいよなあ。宮田さんが嫌がらなければ。もうすこし若めなところをと思って、今度はいつもすっきり爽やかな服を着ている某社のカメラマンSさん(三十代)に、どこで服買うんですかと尋ねたら、ユナイテッドアローズと。個人的にはアローズはあんまり買わない店なんだが。しかもメンズは覗いたこともない。そこも射程に入れるか。

 最近のオンライン通販はものすごく発達しているので、価格帯がわかるだけでなく、採寸の仕方まで書いてある。宮田さんに採寸方法が出ているURLを送りつけ、身体の各部位のサイズを計ってもらい、さらに手持ちの服の写真を撮って送ってもらった。予想通り、宮田さんの体型ならばたいがいの既製服が入るのだった。
 宮田さんから送られて来たのはユニクロで買ったデニムの写真と、東京靴流通センターで買った黒いスニーカーの写真。合わない服を買う方が難しいぞ、これ。
 南青山のお洒落なセレクトショップにも連れて行きたい気もするんであるが、そんなに時間はない。現実的に新宿でユナイテッドアローズを覗いてイマドキな小綺麗オーラに拒否反応を示すようならエディー・バウアーに連れて行くのが良いだろうか。ネットで見繕った候補を刷り、宮田さんと杉江さんと待ち合わせた。まずは面談しながら作戦会議をせねばならない。あ、宮田さん来ましたよと言われた方を見て、愕然とした。
 街ってことだからなのか、いつものアウトドアっぽい格好でなく、スーツ以外で唯一持っているジャケットを着てきてくれた。それがなぜかエメラルドグリーンに薄い灰色を混ぜてくすませた色の、ツイードっぽい織り。買い物をしたのは春先だったから、素材的にちょっと重い。しかし季節感はこの際どうでもいい。なぜこんなに難しい色のジャケットを持っているんだ!?
 しかも肩が余ってる。そしてオフホワイトのタートルネックにデニム。......色が決定的に合わないわけではないんだが、形容しがたいもっさり感。昭和の袖ぐりだから? 確かにジャケットは買って二十年は経過してるけど、それがなにか?と宮田さん。
 うおおお。

赤いパンツとヒョットコ感

 大都市新宿に、二十年(以上)前に買ったジャケットを着て、堂々と現れた宮田さん。まさかここまでとはと、絶句したくなるダサさである。これじゃそのへんに落ちてる服を着せたって、大変身できるじゃん! 叫び出したくなるのを堪え、とにかく店に入る前に、作戦会議しましょう!!と、杉江さんとともにカフェに移動する。ああ、なにから突っ込んで良いやら。
「え、そんなにダメ?」
「うん......。あのね、ジャケットだけど、なんでその色を選んだんですか」
「これ、サラリーマン時代の背広以外で唯一持ってる普段に着るジャケットなんだけど。
緑とか、エメラルドグリーンが好きなんですよ。あと赤も好き」
 んなっ。宮田さんには好きな色があるのか。......いやいや人間なんだから当然か。しかも青緑ときたもんだ。ウミウシかよ。
「えっと、でもさ、エメラルドグリーンが好きなのはいいとして、なんでこんなに中途半端にくすんで薄まったエメラルドグリーンになるの?」
 そう、宮田さんのジャケットの色は、青緑にスミ五パーセントくらいの薄い灰色をかけた、青磁色なのだ。これにパンツって、何色を持ってきてもくすむ気がする。デニムが一番無難かなと思ったんだが、今日の宮田さんの下半身はごく普通のデニムなのだった。そしてジャケットの中にはオフホワイトのタートルネック。言葉にすると大した間違いもないような気がするのに、実際に見ると、なんともぐたぐだに合わない。一体何を合わせれば良かったんだろう。
「いや、エメラルドグリーンとか、濃い色ってそのまま着ると派手じゃない? だから少し抑え目の色にしたの」
「宮田さん、アフリカっぽい色が好きなんですねえ......。顔もそういう感じだし」と杉江さんがうなずく。
 なるほど。言われてみれば宮田さんは色も黒いし、中東か東アフリカの人と言われても違和感のない顔つきなのだ。うーん。南アのミュージシャンみたいなギラギラ光る濃い赤のサテンのスーツとか、すごく似合うのかも。非現実的だが着せてみたい。
 ともあれ、同じ色味であっても、彩度明度が違えば別の色。相性のいい色も印象もまったく変わるということに、宮田さんはまるで無頓着なのだった。無頓着は服の形と賞味期限だけにしてほしかったのだが。
「流行もだけど、着方もわからないんですよ。シャツをパンツに入れていいのか出していいのか、わからない。それと内澤さんのメールだとなんか〝いい皺〞と〝悪い皺〞があるみたいじゃない。それもまるっきりわからない」
 アイロンをかけるのが面倒臭いので、シャツを買うのが嫌なのだという宮田さんからのメールを受けて、洗いっぱなしで着て大丈夫なシャツを探しますと返事したのだった。
「え、織りと素材の問題だって。ほら、私もアイロン嫌いだから、こういう布を選ぶんですよ。これ、アイロンかけてないけど、おかしくないでしょ?」と、わざわざ着てきたシャツの袖口を触らせる。
「ああ......。でも織りとか、やっぱわからないんですけど」
 私だって、織りの名前や構造なんていちいち知らないよ! でも綿でも薄くて糸が細くて目がつんでるのは、皺になりそうとか、触ってみてわかんない?
 うーんと困り果てる宮田さん。
 これまで服の何を見て暮らしてきたんだ、この人は。興味がないにもほどがあるぞ。
 とりあえず、着ただけですさまじい破壊力を持っているジャケットは、廃棄決定。活かすのは、穿いてきたデニム。聞けばごく普通のベージュのチノパンも持っているという。よしいいぞ、下はマトモだ。こまかなシェイプはこの際どうでもいい。ユニクロあたりで二年以内に買っていて、ウェストが合っていれば、大きくはずすこともないだろう。ありがたい時代だ。
 で、トップスはこのタートルのほかに何を持っているのか。宮田さんが思い出すままに書き出してみると、タートルネックだけで五着もある。シャツはアイロンが苦手で、Tシャツは襟ぐりが伸びる、という消去法的タートル愛。タートルネックが悪いわけではないんだけど、やっぱりなんだか爽やかな感じにはならないんだよなあ。で、聞いたところではくすんだ色ばかり。うううう。
 ついでに以前にやっぱりトークショーで登壇する前に、百貨店で上から下まで見繕ってもらったという服の写真を見せてもらった。手持ちの服とまったく合わなくて困っているという。うう、チャラい。服屋の兄ちゃんが考える「業界人」の服なのだ。かっこいいけど、違うよなあ......。

 私が会話の端々で普通に無難に、と言いすぎたのだろうか。しばらくして、でもね、と心情を語り出した宮田さんに、またまた仰天した。
 普通すぎる服を着て、自分が何者かがわからなくなるのも、どうかと思う。派手にするのは嫌なんだけど、自分の書く文章のような、ヒョットコな感じは出せるものなら出したいと。
 なるほど。文体は書き手の個性そのものなのだから、よくわかる。ていうか、それだよ、それ。それがお洒落心ってものだ。なんだよ宮田さん、ちゃんとお洒落心はあるんじゃない。
 宮田さんの文章は、ごく普通のってわけでもないんだけれども、やっぱりものすごく変わっているわけではなくて、えーと、ホンノンボでもジェットコースターでも石でもウミウシでもお遍路でも、ちょこっとだけ変わっているくらいの、でもだれでも手が届く事象に、実にへんてこに楽しい思考解釈を混ぜていくところが、すごいのだ。
 高野さんみたいに誰も行きたいとも思いつかないような場所にビーチサンダルでスタスタ突進していくのとは、まるで違う。
 ここはやっぱり一見ごく普通の、アイビーっぽいきちんとまじめな格好した方が、奇妙な感じが出せると思うんだけどなあ。

 話を切り上げ、ユナイテッドアローズに三人で突入する。寄って来る店員を制し、まずジャケット。紺かグレーで、カチッとしすぎないような、ニット生地のやつを探して、二つほどピックアップ。あとシャツもボタンダウンの、皺になりにくそうな織りの白とちょっと皺になりそうだが、明るい爽やかな水色をぐわしと摑んで、一歩下がってこちらを見張っている店員を振り返り、「四点だけど、試着いいですか」と一言。
 店内は、平日の昼間とあってガラガラ。遠慮は無用。ロボットのようにおとなしく試着室に入っていく宮田さんに、服を押しつけ、杉江さんをカーテンの前に立たせたまま、私は店内をもう一周。ぐるぐると店内をねめつけ、薄いピンクのシャツと、さらに濃い赤のパンツも見つけた。鮮やかな青緑もあるじゃないか。よしこれもいってみるかあっ。
 試着室に戻って、紺のジャケット姿の宮田さんと対面する。「ぜんぜんすっきりしたじゃないですかーっ」と杉江さんが叫ぶ。昨今のジャケットはちょっと腕が細めなのが、窮屈だという。たしかにちょっとぴちぴちすぎるので、ワンサイズ上を店員さんにお願いする。
 シャツのサイズは大きめだった。計ってきてくれたサイズからこのくらいかと思っても、やっぱりそこは私とてメンズ初心者なんで、実際に着せてみないとわからんのだった。
 ね、じゃあこの赤のパンツと緑のパンツ穿いてみ?とパンツも穿かせる。粛々と従う宮田さん。横で杉江さんがううううと興奮している。店員さんとのやりとりが面倒だったりして、とっかえひっかえ試着したことがないんだそうだ。ほとんどの男性がそうだという。ええ? 店が混んでいるなら別だけど、なるべく試着し倒して、似合う服を見つけた方が、お店だって嬉しいに決まってると思うのだが。
 ピンクのシャツ、それから店員さんが提案してくれたパンツ、グレーのジャケットなどなど、あれこれサイズを合わせながら試着を重ね、ダメなものをリリース。候補をいくつかに絞ったところで、値段と適当な品名をメモし、今一度外に出てお茶を飲みながら検討しますが、ここから必ず買いますのでと断り、候補を全点とりおきしてもらって、店を出る。ふはー。すごい充実感だなあ。

 呆然としている宮田さんと杉江さんとともに再びカフェに行き、電卓を叩きながら、相談。ジャケットは紺が似合っていたので決定として、懸案は赤のパンツだ。ものすごく似合うし、ヒョットコ感が実に良く出たのだけれど、派手すぎるのではと、当の本人の腰が引けている。赤のパンツに合わせるならば、ピンクのシャツはまずい。水色のシャツの方がいい。でもピンクはチノパンに合うし。パンツを買わずにシャツを多く買う手もあるんだが。
 どうせイベントのときだけしか着ないんだから、水色シャツはクリーニングに出すとして、今日買うシャツもジャケットも、手持ちのデニムでもチノパンでも合うけど、思いきって赤のパンツ穿きましょうよと、杉江さんと二人がかりで説得。
 宮田さん、頭小さいし背は高いし、腹も出てないので、すごくカッコ良くなった。一見まじめそうだけど、女子大生に人気の准教授って感じだろうか。しかしなんだろう、この快感、上手に原稿が出来たときのようではないか。ああ、メンズファッション楽しすぎる。もっと見繕いたい! ぎゃあああっ。
 と喚いていたところに、高野秀行さんが、講談社ノンフィクション賞を受賞したという知らせが届いた。というわけで、次回はスーツ選びに挑戦いたします。