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『帰ってきちゃった発作的座談会』
椎名誠 、沢野ひとし、木村晋介 、目黒考二(著)
2009年10月21日搬入
価格 1,575円(税込)
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第一章「買い物の問題」より

おれ、買い物ってどうも苦痛なんだ。何を買うんでも好きになれない。
着るものを買うのがいちばん嫌だな。きのう渋谷を歩いているときに突然紫色のポロセーターを買おうと思ったんだ。
どうして?
突然欲しいと思っただけで理由はないの。
あ、そうなの。
紫ってもいろいろな紫があるだろ。言葉では言いにくいんだけど、ある紫の色が浮かんだわけ。で、その紫のポロセーターが欲しいと思ったのね。ところがデパートに入った途端、洋服がいっぱいある。この中から探さなけりゃならないのか、と考えただけでくらくらしてきてさ、通りを隔てたところにある書店に入っちゃった(笑)。
買うっていうのはエネルギーを使うから疲れるんだよ。
デパートに行って買うのがいちばん面倒くさくなくていいんだけど、デパートは人が多いだろ。売り子も多いし、客も多い。あれが嫌なんだ。だから誰もいない無人のデパートがあればいいといつも思うよ。
それで自動販売機で買う(笑)。
ぼくも服を買うのがいちばん苦痛だね。売り子がすぐ寄ってくるから。あれは焦るんだよ。スッと近寄ってきて「何をお探しですか」とくる。こっちは、季節の変わり目だし、スーツくらいどうかなとか、そんな程度にしか考えていないんだけど、これで何かに絞らなければならなくなる。
それは売り子に問題があるんじゃないよ。洋服の買い物が嫌なのは、こっちに明確なものがないからだよ。ただ何となくジャケットを買いに来たとか、今日はセーターが欲しいなあとか、その程度だろ。どういう色のシャツで、どのメーカーのものを探しているのか、何ひとつとして我々の場合はないから。
ないね。
ないのに、選択肢が多くて、しかも売り子が迫ってくる。だから耐えられない。
買うものがはっきり決まっていればいいか?
大丈夫だよ。たとえばナショナルの何という冷蔵庫を買うのか決まっていれば、「何をお探しですか」と売り子が来たって、「おうナショナルだぜ」って言えるし、面倒くさくもない。
でもそれ、反論あるな。目黒君とワープロ買いに行ってさ、行く前にこれを買おうな、って決めて行ったのに売り子に説得されて、二人とも違う機種を買っちゃった(笑)。決めて行ったって、お前ダメじゃないか。
だろ。売り子に負けちゃうんだよ。「これがお似合いです」とか言われると、みんなよく見えちゃう。
おれもあるな(笑)。この前秋葉原で沢野に会ったとき。
えっ、いつ?
もう七、八年前(笑)。おれが歩いていたら、こいつがふらふら歩いてる。おれ、何も買う気はなかったけど、何か見ていくかって一緒に大きな電器屋に入ったら、目の前にドーンと。
大きなテレビがあった。
でっかい画面なんだ、それが。店員が寄ってきて、これは出たばかりで画面がきっちり四角に隅々まで見えるとか言うんだよ(笑)。
またうまいんだよな、ああいう奴の説明は。
そのうちにどうしても買わなきゃいけない気になって(笑)。おれたちはそういうすぐれた売り子のいるところに行くと、ふらふらと買わされるから嫌なんじゃないか。
向こうの説明がうまいわけじゃなくて、こっちの意志が弱いだけじゃないかなぁ。これが欲しい、ってものがはっきりしていないからだよ。それがあったら、いくら何でも違うものを買わないだろう。
あとは、おれたちに知識がないことだな。服を買うのが嫌だというのも、服に対する知識をもっていないだろ。だから説明を聞くとくらくらしちゃう。
これは仕立ては国産ですけど、生地は外国から取り寄せたものです、とかね。
それはすごいよなあ(笑)。
書店に行ってもくらくらしないのは、本に対する知識をもっているから、見ないものは見ないですんじゃうんだよね。必要なところだけ見ればいい。ところが、デパートは必要なものとかポイントがわからないから、全部見なくちゃならない(笑)。
それは君たちが専門店を自分で見つけないからじゃないか。ぼくはそんなことない。馴染みの専門店に行けば、選んでくれるから悩まないよ。
自分のことをわからない奴はデパートよりも専門店に行けと?
でも、ぼくも危険なんだ。買うつもりじゃないのに、専門店に行くと知り合いがいて、「あ、沢野さん、どうですか、いまコートが」なんてさ。そうすると帰れなくなる。
同じじゃねえか。
沢野の買い物はすごいよ。意味もなく「目黒、シャツ買いに行こう」とか誘ってくるんだよ、いつも。こっちは忙しいから断ると「お前は冷たい」とか言うだろ、仕方なく付き合うと、同じのを買おうって言うんだよ。
お揃いかよ、気持ち悪いな。
だからシャツからスニーカーまで、けっこう同じものを持っている(笑)。
どうして沢野は同じものを買わせるんだ?
同じものを着た人にどっかで会うと恥ずかしいだろ。
じゃ買わせるなよ。
違うよ。そういうことに平気になりたいの。だから目黒君にとりあえず同じものを着てもらって……君は嫌がるけど。
練習か?
目黒もよくそんなことを甘んじて受けるね(笑)。
だって一緒に説明を聞くんだぜ。「そうか、このスニーカーはそんなにいいのか」と思っちゃうよ(笑)。また翌日来るのも面倒だからなあ、とかさ。
買い物が嫌な原因は、自分で選ぶのが面倒だからなんだよ、やっぱり。最近じゃ飲み屋に行って酒を頼んだって「何になさいますか」って言うぜ。何とか吟醸とかさ、パーッと書いてあって、そこから選ばなくちゃならない。
椎名なんかそれで「うるせーッ」って怒っちゃう(笑)。
ということは馴染みの店をつくればいい。座っただけでサーッと出てくる。
黙って顔を出すだけで、「あ、シャツですね」とか(笑)。
馴染みの店をつくるっていうのは、さっき沢野が言った専門店志向と同じだよな。それも面倒なときはどうすればいいんだ?
いま通信販売が流行ってるけど、あれは便利だよ。買い物が面倒な人は電話一本でいいんだから。この前たまたま一万円で読書灯がカタログに載っていたから注文したんだ。寝ながら本が読めるっていうやつ。昔からあるけどね。
目黒向きではあるね。使ってみた?
すぐ電話して送られてきたのを見たら、組み立てなきゃならない。面倒だなあ、ってそのまま物置にしまっちゃった(笑)。
機械ものはよく失敗するな。
たとえば?
新製品だと言われて買うわけだよ。広告見ると、すごく新しいことが書かれている。だけど問題は、ぼくらはその前の製品を知らないわけ。
ずいぶん前からその機能はあったりする。
そうなんだよ。
水中カメラで水深三十メートルまで防水OKというのを買って、それに対抗して水深百メートルまでOKというのが出るとするだろ、すると買っちゃうんだ。ところが人間は百メートル潜れない(笑)。
カメラとか時計とか、そういう機械におれたちは弱いね。
機械じゃないけど、おれ刃物が好きで、ソ連に行ったとき、すごいナタがあったんだ。肉を一撃のもとにダーッと切る。もう二度とソ連には来ないだろうし、一つ買ったわけだよ。で、ホテルに帰って部屋で持ってみると、握りもいいし、形もすごくいい。「ああ、じゃこれ野田さんにも一つ買っていこう」と思ってまた買った。すると「ああ、中村征夫にも買っていこう」(笑)。結局七つも買っちゃった(笑)。税関で開けられて、何だこれ、って不審な顔で見られたけど。
旅先の買い物って難しいよ。
ヘンなものを買っちゃうね。
それでみんなにあげたら、それぞれに複雑な顔してたな。
自分の買い物もできないのに、他人のための買い物は無理だよ(笑)。
じゃ、これから買いたいものってある?
おれは動物の言葉の翻訳機があったら買うな。
悪いセールスマンに会ったら椎名は買っちゃうね。
昔、夜店で何でも透けて見えるレントゲン・レンズを売っていたんだ。「見えるんだよ、お兄ちゃん、お兄ちゃん。たとえば卵をこうやってやると中が見えるんだ」ってわけ。卵を透かしてみると本当にボーッと少し見えるような気がする。「万年筆だって中が見えるんだよ」今度は万年筆の中がボーッと。「これを悪用しちゃいけないよ」(笑)
で、買った?
全然見えないんで分解したら、鳥の羽根のようなものが一枚入っていて、何でもボーッと見えるようになっている。卵も万年筆もボーッと二重に見えるから、いかにも内側が見えるような気がするんだな。
高校生くらいのとき?
いくら何でも高校生でそんなもの、買わないよ。小学生。
お前、どうして買ったの?
そりゃ、「悪用しちゃいけないよ」と言われたら、悪用しようと思うさ(笑)。

--続きは本でどうぞ!--

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