第124回:白石一文さん

作家の読書道 第124回:白石一文さん

今我々が生きているこの世界の実像とは一体どんなものなのか。政治経済から恋愛まで、小説を通してさまざまな問いかけを投げかけている直木賞作家、白石一文さん。彼に影響を与えた本とは何か。直木賞作家であり無類の本好きだった父親・白石一郎氏の思い出や、文藝春秋の編集者だった頃のエピソードを交え、その膨大な読書体験のなかから、特に大事な本について語ってくださいました。

その2「異様な才能に出会う」 (2/6)

国盗り物語〈1〉斎藤道三〈前編〉 (新潮文庫)
『国盗り物語〈1〉斎藤道三〈前編〉 (新潮文庫)』
司馬 遼太郎
新潮社
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尻啖え孫市 (講談社文庫 し 1-6)
『尻啖え孫市 (講談社文庫 し 1-6)』
司馬 遼太郎
講談社
1,008円(税込)
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鷹ノ羽の城 (講談社文庫 し 4-2)
『鷹ノ羽の城 (講談社文庫 し 4-2)』
白石 一郎
講談社
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屋根裏の散歩者 (江戸川乱歩文庫)
『屋根裏の散歩者 (江戸川乱歩文庫)』
江戸川 乱歩
春陽堂書店
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――小説の分野で、手塚さんのように「この人だ」という人はいましたか。

白石:中学に入るか入らないかくらいから司馬遼太郎を読むようになります。父は『木曜島の夜会』や『故郷忘じがたく候』といったちょっと難しいものが好きだったようですが、僕が最初に熱中したのは『国盗り物語』や『尻啖え孫市』、『梟の城』。はじめて読んだ時、異様な能力を持っている人間に出会ったという感覚でした。野球でいうとダルビッシュやイチローや松井、松坂を見ると誰でも思うところがあると思うんです。その頃僕はまだ作家になろうなんて当然ながら思っていなかったけれど、それなりに読書をしてきましたから、司馬遼太郎は異様な才能を持っていると分かりました。後にも先にもこの人しか書けないものがある。例えばニュートンが生まれていなくても万有引力は誰かが発見していただろうけれど、司馬遼太郎の小説はこの人が生まれていなかったら絶対にこの世に登場していなかっただろうと思える。司馬さんの頭の中に情報が入ってはじめて生まれる作品というものがある。のちに村上龍に出会った時も同じことを感じました。だから両村上でいうと僕は春樹派ではなくて龍派なんです。「これは敵わないな」」と思わせるものは、春樹さんの作品にはさほどないけれど龍さんの小説には山ほどあった(笑)。

――中学時代の読書生活はいかがでしたか。

白石:中学生になってはじめて、父の小説を読みました。父の最初の長編小説『鷹ノ羽の城』。驚愕しました。自分のそばにいる人がこんなに面白いものを書いているのか、と。その時は父を心から尊敬しましたね(笑)。聞いたら25歳の時に書いたと言うんです。僕はその時13歳くらいでしたけれど、作家になるならないは別として、2倍生きてその年になってもとてもこんな凄いものが書けるようになるとは思えなかった。何をどうやったらこんな話が書けるんだろうと思いました。熊本のあたりで戦国の大名たちが国盗りをやっている頃に、豪族あがりで人を殺すのをなんとも思わないボスがいて、そこにオランダ人の女が献上されるんです。誰も外国の女と寝ようなんて思わないのに、その男は豪胆なので連れてこさせてセックスをする。子供ができてお母さんは死ぬ。その子は目が青くて髪が赤い。化け物の子だと言われて人鬼(じんき)と名付けられる。その和仁人鬼という男が主人公となって、自分の出生や外見に苦しみながら成長していくんです。驚愕する面白さです。山田風太郎の忍法帖シリーズや角田喜久雄の『髑髏銭』や白井喬二の『富士に立つ影』なんかも読んだけれど、それらと比べても『鷹ノ羽の城』はすごいと思いました。父の小説って必ず外国の人が出てくるんですよね。ヘンドリックス・ズーフというオランダ商館長を主人公にした「孤島の騎士」や鄭成功の一生を描いた『怒涛のごとく』、トーマス・グラバーが主人公の『異人館』、ウィリアム・アダムスを描いた『航海者』など主役は外国人ばっかり。そういうのが好きだったんだろうと思います。信長や秀吉、家康よりも、山田長政の方がずっと偉いってよく言っていましたね。父は江戸川乱歩も好きでしたね。その頃僕も春陽文庫の江戸川乱歩全集を読みました。面白かったですね。泉鏡花はあまり読みませんでしたが、乱歩は本格的にフルテキストを読みました。『屋根裏の散歩者』、『陰獣』、『パノラマ島奇譚』、『緑衣の鬼』......惑溺しました。手塚さんの比較的健全なイマジネーションとはまったく別種の異様な空想力を感じました。人間ってみんな顔も違うけれども頭の中も違う。みんなただならないものを心の中に抱えていて、作家はそれを表現する人なんだと思いました。その頃に松本清張も読みましたね。エンターテインメントのお歴々を読んだのがこの頃です。井上靖も中学1、2年の頃から読み始めました。『蒼き狼』を読んで「モンゴルでは嫁さんを見つける時は馬に乗って奪いにいくのか!」と思ったり(笑)。『しろばんば』や『あすなろ物語』のように子供に推奨される健全なものを最初に読んでから『氷壁』や短編の「猟銃」を読むとびっくりすると思います。山本周五郎を知ったのもこの頃くらいだったような......。高校に入ってから周五郎作品にはまりましたね。周五郎は殆ど読んでいますが、どれも素晴らしい。『季節のない街』なんてノーベル賞級の傑作だと思いますよ。

――純文学系のものはいかがでしたか。

白石:中学の終わりに太宰治の『晩年』を読んですごいと思いました。そこから高校にかけては病気のように読みました。『ヴィヨンの妻』なんかは今でも読み返すことがありますね。いい加減な夫に耐えて耐えて耐えてきた女が最後に間男するでしょう。子供はあんな結末を想定していないですよ。だからもう「はあーっ!」と思うんです(笑)。女の人とほとんど話したこともない年齢ですから、女性像がどんどん作られていく。井上靖と同じで、太宰も「走れメロス」みたいな健全なものを読んだら、もう他の太宰には興味がなくなるかもしれない。『斜陽』もよくできた小説だけれどもそれほどの毒がない。でも僕が最初に読んだ『晩年』や『人間失格』には毒があった。やっぱり同じ作家の小説を読むなら、最初にただならないものを読んだほうがいいですよ。あとは拮抗する小説家を同時期に読んでしまうと、どっちかを贔屓してしまいますね。太宰治と三島由紀夫を一緒に読んでしまうと、どちらか一方に肩入れしてしまう。AKB48で大島か前田か、って話になるのと同じですね(笑)。

蒼き狼 (新潮文庫)
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季節のない街 (新潮文庫)
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晩年 (新潮文庫)
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