作家の読書道　第140回：長岡弘樹さん

――デビュー後は読書生活にどんな変化がありましたか。

長岡：自分でも書かなくてはいけないということで、題材を見つけるためにノンフィクションをよく読むようになりました。犯罪もののノンフィクションでは角川文庫の『愛犬家連続殺人』。埼玉愛犬家連続殺人事件の共犯者とされる人物が書いたもので、これは忘れられないくらい生々しかったですね。

――ミステリを書くにあたって、影響を受けたと思う作家はいますか。

長岡：あまりにたくさんいすぎて挙げきれません。ただ、創作に行き詰ると読み返すのは横山秀夫さんの最初の短編集、『陰の季節』です。読むと自分が今書いているもののどこをどうすれば面白くなるのか分かるんです。特に収録されている「地の声」という、何年も出世できずにいる警部が出てくる短編は何度も何度も読み返していますね。

――どの部分が参考になるんでしょうか。構成なのか、文章なのか。

長岡：全部です。核となるアイデアの部分も素晴らしいですし、プロット、話の転がし方も見事なんですよね。僕が理想としている小説にドンピシャリなものに出会ったように思いました。

――警務部の人間を主人公にして、警察内部の人間ドラマが描かれるのが『陰の季節』の魅力ですが、長岡さんも大きな犯罪を追うというよりは、人間の心理が丁寧に描かれますよね。ご自身でこういうミステリが書きたい、とイメージしているものはありますか。

長岡：人間臭い部分を大事にしたミステリでありたいと思っていますね。そういうものが書けているかどうかは読者の判断を仰ぐしかないんですけれども。

――もちろん謎解き部分でも読ませますが、アイデアは日々考えているそうですね。家のリビングをぐるぐる歩き回って考えたりするそうですが。

長岡：考えていると出てこなくて、やめてシャワーを浴びたりトイレに行ったりしている時に降ってくるんです。さんざん考えて下地があってのことなんですが。メモだけはたまっていきますね。メモが多すぎて読み返せず、作品に結実できずにいるという悪循環...。

――1日のタイムテーブルは決まっていますか。

長岡：一応朝ちゃんと起きて夜寝るようにしています。簡単に逆転してしまうので。筆が遅いので、起きている間はずっと仕事をしています。

――これまでの作品は短編が多いですが、短編のほうが好きですか。

長岡：好きですね。読む側としてもつい短編に偏ってしまいます。書く側としても、短編のほうが練習になるんです。長編に比べて時間も労力も少ないので、ひとつの作品を仕上げる行程をたくさん経験できますから。もちろん商品として成立できるものを書く苦労はしています。長編は構成力が必要ですから、自分はそこをもっと磨かないと、と思っています。

――『陰の季節』以外で、好きな短編集はありますか。

長岡：横山秀夫さん以外では連城三紀彦さん。『戻り川心中』と『変調二人羽織』、『夜よ鼠たちのために』ですね。連城さんはアイデアのすごさはピカイチじゃないでしょうか。すごすぎますよね。あとは漫画ですけれど『人間交差点』は短編のお手本集のような作品。あれだけ質の高いストーリーをたくさん並べられるのはさすがという感じです。

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