第141回:伊東潤さん

作家の読書道 第141回:伊東潤さん

昨今は新作が連続して直木賞にノミネート、今後の歴史小説の担い手として注目される伊東潤さん。歴史解釈と物語性を融合し、歴史モノが苦手な読者でも親しみやすいドラマを生み出すストーリーテラーは、実は長年にわたるIT企業勤務の経歴が。40代になるまで小説家になることなどまったく考えなかったという伊東さん、その読書歴、そして作家になったきっかけとは。

その5「著作について」 (5/5)

王になろうとした男
『王になろうとした男』
伊東 潤
文藝春秋
1,728円(税込)
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城を噛ませた男
『城を噛ませた男』
伊東 潤
光文社
1,836円(税込)
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国を蹴った男
『国を蹴った男』
伊東 潤
講談社
1,728円(税込)
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巨鯨の海
『巨鯨の海』
伊東 潤
光文社
1,728円(税込)
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天狗争乱 (新潮文庫)
『天狗争乱 (新潮文庫)』
吉村 昭
新潮社
961円(税込)
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義烈千秋 天狗党西へ
『義烈千秋 天狗党西へ』
伊東 潤
新潮社
2,376円(税込)
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幻海 : The Legend of Ocean (光文社時代小説文庫)
『幻海 : The Legend of Ocean (光文社時代小説文庫)』
伊東 潤
光文社
720円(税込)
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戦国無常 首獲り (講談社文庫)
『戦国無常 首獲り (講談社文庫)』
伊東 潤
講談社
596円(税込)
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――新作の『王になろうとした男』は、信長の周辺の人々を描いた短編集ですね。伊東さんには『城を噛ませた男』『国を蹴った男』という短編集がありますが、内容も出版社も違いますね。ただ、名声を得た人間よりも、その周囲の目だたない者、敗れた者たちの話が多いですね。「~男」シリーズみたいなものを想定しているのですか。

伊東:『城を噛ませた男』の時は考えていませんでしたが、『国を蹴った男』から意識するようになりました。このシリーズでは、とくに脇役というのは意識していないのですが、結果的にそうなってしまいました。戦国時代も勇壮で格好いい人ばかりがいたのではなく、現代に生きる我々と変わらず、様々な人たちがいました、それを伝えたかったのです。そういう意味で、『城を嚙ませた男』は生き残るために男たちは、どうもがいたかを、『国を蹴った男』では敗者たちにも言い分があるということを、『王になろうとした男』では野心に振り回された男たちを描きました。

――たしかに『王になろうとした男』は、ブラック企業に勤めて苦労する人たちの話のようでもあります。

伊東:「毒を喰らわば」は、まさにブラック企業の話ですよね。異様なノルマを課せられて、無理をしていくという。でも外資系企業では、当たり前のことなんです。毛利新助の出てくる「果報者の槍」は実直に仕事をしているのに出世できないという話。サラリーマンなら身につまされると思います(笑)。最後の表題作は、野心などというものを知らない人が、野心に目覚めていくという話です。小説だけでなく映像作品にも多く接してきたことは大きいですね。生まれが横浜なので、少し足をのばせば名画座が多くあり、二本立て、三本立てを週末ごとに観ていました。クーンツも、他人の作品に多く接して自分の潜在意識を豊かにしなければ、黄金のアイデアは生まれてこないと言っています。読書を通じて培ったアイデアの断片は、独創的なアレンジが加えられ、まったく違うものとして生まれ変わる。他人の作品の中に、アイデアは秘められている。フィードバックの恩恵に浴せよ、と。

――多く触れることをしないと、逆にオリジナルなものは生めないということですか。

伊東:ほとんどの小説は古典の類型だと言われますよね。僕も『武田家滅亡』は、『オセロ』を下敷きにしました。でもそれを単なるクローンで終わらせず、自分のものとして消化できるかどうかが小説家の腕だと思います。例えば『巨鯨の海』は津本陽さんの『深重の海』がすごく好きだったので、その世界を自分なりに描いてみたいと思ったのが発端でした。十月には、司馬さんの『箱根の山』に挑戦すべく、同じ北条早雲の一代記である『黎明に起つ』を出します。すでに吉村昭さんの『天狗争乱』に対しては、『義烈千秋』を書いています。先達に挑み、超克するくらいの気概がないと、小説家なんてやってられませんよ。

――実在した人物を主人公に史実に基づいて創作する時、実際のエピソードが想定したテーマにうまくハマるものなんですか。

伊東:スティーヴン・キングは『書くことについて』で、「テーマは後からやってくる」、つまり「先にテーマありきではだめだ」と言っていますが、歴史小説の場合、そんなことはなくて、先に旗印のようにテーマを掲げて方が、うまくいきます。常にそれを意識して書いていると、キャラもぶれないし、物語自体が安定します。『王になろうとした男』の場合では、「野心とは何か」というものが、常に念頭にあるからこそ、どのエピソードにも一貫性があると思います。

――『巨鯨の海』は紀伊半島の太地を舞台に、古式捕鯨に関わった男たちの姿をゆるやかに時代を進行させながら描いた連作短編集。この作品に登場するのは架空の人物ですよね。

伊東:そうです。最後の1編だけ史実に沿って書きました。といっても、大した記録が残っていないんです。『巨鯨の海』は、歴史解釈力はゼロで、ほとんどストーリー・テリング力だけで書きました。これまでも、『幻海』『戦国無常 首獲り』など、そうした傾向の作品は書いてきたので、初めてではありません。これからは、こうした傾向の作品が増えてくると思われます。歴史小説を書いていると、ストーリーテラーとは思われないので、それを覆したいと思っています。

――史料の多いものと少ないものと、どちらが書きやすいですか。

伊東:どちらも書けますね。でも史料がなかったらなかったで、どこかにあるんじゃないかということが気になります。これは怖いですね。歴史小説は、そういう点が難しいです。あとは史料というより、昭和のレジェンドたちがすでに書いているものがたくさんある場合は、それとは違うものを書かなくてはならないので、時代が経つごとに歴史小説のハードルは高くなります。だから最近は、本格歴史小説の書き手が少ないんですよ。僕は、湘南サーフショップ理論と呼んでいるんですが、ライバルは多ければ多いほど、自分の本も売れるんです。

――湘南サーフショップ理論...?

伊東:湘南のサーフショップは、1軒だけポツンとあっても客が来ない。でも隣同士でもいいから5、6軒かたまってあると客が集まり、どの店も栄えるんです。つまり、そのジャンルにライバルが多ければ多いほど、切磋琢磨して、皆がもうかるわけです。ですから若くて個性的な歴史小説家がもっと出てくるといいですよね。澤田瞳子さんが出てきた時は嬉しかったですよ。

――さて、最近の1日のタイムテーブルを教えてください。

伊東:夜は9時か9時半に寝るんです。はやいですよね。子供はまだ起きていますから。それで、2時か2時半に起きて、そこから4時間くらい仕事をします。この時がいちばん仕事ができるんです。朝には子供を駅に送っていったりして、8時くらいから40分ほど寝ます。そうすれば1日眠くならないんです。9時か9時半くらいにはデニーズに行って、14時半くらいまでやってから帰ります。

――あえて外で仕事をするんですか。

伊東:ネットがつながらない環境がいいんです。そうでないとついYouTubeを見てしまったりしますから(笑)。でも最近店長に「Wi-fiがつながるようになりましたよ」と言われてしまって...。デニーズでは最低5時間は仕事をします。初稿はさすがに資料が必要なので家でやりますが、第二稿以降やゲラの直しなどをデニーズでやります。2時間くらいで飽きてくるんですが、やめないで粘ること、それがコツですね。そうするとセカンドウインドが吹いてくる。スタミナが切れたボクシング選手がノックアウト寸前で急に巻き返すような感じですね。後半になればなるほど、集中力が増してくるから不思議です。5時間くらい仕事をして、その後はスポーツジムに行ってウエイトトレーニングをするか、根岸台公園でランニングするかして、一日を終えます。行かない時は、そのままデニーズに居続けることもあります。最高で9時間いたことがあるんですが、昨年、デニーズに8時間も立てこもった男がいるというニュースを聞き、「俺の方が上じゃん」と思いました(笑)

――最近の読書は。

伊東:ノンフィクションや歴史研究書が多いですね。読んで解釈するのが仕事ですから、新しく出た歴史研究書系はかなり読んでいます。小説は寝る前だけにしています。最近読んだもののなかでよかったのは横山秀夫さんの『64』、高野和明さんの『ジェノサイド』、奥田英朗さんの『オリンピックの身代金』。それと、『巨鯨の海』を書く時に舞台が近いので中上健次の『枯木灘』を久々に読み返しました。資料としては参考にはならなかったけれど、やっぱりすごいなと思いました。文章は巧いとはいえないけれど、ものすごい圧迫感なんですね。プレッシャーを受けてロープに追い込まれて、出られない感じですね。作家というのは熱い塊を吐き続けるべきで、技術に走ったらおしまいだなと、つくづく感じましたね。

――さて、今後の刊行予定を近いものだけ教えてください。

伊東:10月にNHK出版から『黎明に起つ』が刊行されます。北条早雲の一代記で、僕の作品のなかでは珍しくオーソドックスな歴史小説です。来年1月には講談社から『峠越え』。これは家康の伊賀越えの話ですね。それだけだと「なあんだ」と思われるかもしれませんが、僕が描く家康ですから、一筋縄ではいきません(笑)。来年4月には角川書店から『天地雷動』を出します。『武田家滅亡』サーガの一作で、長篠の戦いをクライマックスにしています。二月と三月にも歴史研究本を出すので、新作は新年から四カ月連続リリースとなりますね。2014年だけだと新作小説4本、研究本2本、文庫4本といったところです。とにかく作家に必要なのは生産性、多様性、安定性の三つです。生産性は見ての通りですが、どの作品も、別の作家が書いたように多様性があり、さらに駄作は絶対にないという安定性には自信があります。こんな感じで2014年も疾走しますので、お楽しみに。

64(ロクヨン)
『64(ロクヨン)』
横山 秀夫
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ジェノサイド
『ジェノサイド』
高野 和明
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オリンピックの身代金(下) (角川文庫)
『オリンピックの身代金(下) (角川文庫)』
奥田 英朗
角川書店(角川グループパブリッシング)
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枯木灘 (河出文庫 102A)
『枯木灘 (河出文庫 102A)』
中上 健次
河出書房新社
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(了)