第152回:中村文則さん

作家の読書道 第152回:中村文則さん

ミステリやスリラーの要素を感じさせる純文学作品で、国内外で幅広い層の読者を獲得している中村文則さん。少年時代は他人も世界も嫌いで、学校では自分を装っていたのだとか。そんな中村さんが高校生の時に衝撃を受けたのは、あの本。そして大学時代がターニングポイントに…。デビューの裏話などを含めたっぷりうかがいました。

その2「大学の仲間が自分を変えた」 (2/6)

人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))
『人間失格 (新潮文庫 (た-2-5))』
太宰 治
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地下室の手記 (新潮文庫)
『地下室の手記 (新潮文庫)』
ドストエフスキー
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異邦人 (新潮文庫)
『異邦人 (新潮文庫)』
カミュ
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背徳者 (新潮文庫)
『背徳者 (新潮文庫)』
ジッド
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変身 (新潮文庫)
『変身 (新潮文庫)』
フランツ・カフカ
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嘔吐
『嘔吐』
J‐P・サルトル
人文書院
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河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)
『河童・或阿呆の一生 (新潮文庫)』
芥川 龍之介
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金閣寺 (新潮文庫)
『金閣寺 (新潮文庫)』
三島 由紀夫
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――ところで、どうして学校がそこまで嫌だったんでしょう。

中村:当時ははっきり言葉で表現できたわけじゃないけれど、他人たちが同じ場所にいるなんて、という感覚でした。当時漠然と思っていたのは教室には他人がいっぱいいて、自分の興味のないことでもりあがって、でもつきあわないといじめられるから合せないといけない、ということでしたね。普通を演じるしかなかった。

――『人間失格』の「ワザ、ワザ」と指摘される場面のように、演じているとバレたことはないんですか。

中村:それは大学に入ってからです。

――わあ。大学に行ってからも演技は続いたのですか。

中村:いえ、大学に入ってから変わっていったんです。愛知県を離れて福島大学にいきました。よく理由を聞かれると「遠くに行きたかったから」と答えるんですが、偏差値という理由もある(笑)。僕は勉強が嫌いだったので、僕でも大丈夫なところで社会学部のある大学を探して、それで選びました。そうしたらものすごく温かくて、高校の時とは全然違ったんです。音楽サークルに入ってギターをやっていたんですが、全国各地からヘンな人が集まってきているような集まりでした。それでだんだん人間嫌いが薄れていきました。その頃、福島大学の学生に大人しいイメージがあって、福大生狩りというのが起こったんです。それを聞きつけたサークルの先輩が、「そういう悪い奴を狩ろう」と言い出して。福大生が狩られるのを待っていて、狩られたら助けに行くわけです。自警団みたいなものですね。金髪の男がダーッと向かっていくので相手はビビるんですよ、あれも福大生なのか、って(笑)。それで福大生狩りはなくなりました。そういう人たちがいっぱいいて面白かったですね。

――でも、「ワザ、ワザ」のような指摘があったわけですか?

中村:ある時仲のいい女の子と話していたら「文則くんは喋っていると明るいけれど、人の目を見ないよね」と言われて、バレた!と思いました。まさに『人間失格』の「ワザ、ワザ」と同じです。以来、頑張って人の目を見るようにしているんです。

――相手は好きな女の子だったんですか?

中村:いえ、むしろ妹とか従姉妹みたいな存在の、すごく仲のいい友達だったんです。そういう子に言われのでこれはもう、なるほどな、と。男友達からも「ものすごく特殊だね」と言われたことがあります。僕はみんなに合わせているつもりだったんですが、すべてを見抜かれていたんですね。その友達は今ダンサーになってマドンナのバックダンサーをしたりDVDを出したりしてます。彼自身が特殊なんですよ。「今日暑いねー」と言ってボタンのシャツを脱いだら、下にもう一枚ボタンのシャツを着ているような奴なんです。そうしたヘンな人がいっぱいいたけれど、僕は彼らに普通の面しか見せていないつもりでした。それでもバレるなら隠してもしょうがないなということで、打ち解けていったんです。大学生活は僕にとって本当に大きかったですね。福島大学に行っていなかったら、作家にもなっていなかったと思う。

――なぜ社会学を選んだのですか。

中村:文学、心理学、社会学に興味があったんです。でも文学は自分で読めると思っていたし、自分の好きなものを人に貶されたら許せないだろう、という気持ちもありました。心理学は関連本がいっぱい出ているので、自分で勉強できるかなと思った。社会学は、今でこそ社会学者がいろいろ活躍しているけれど、当時はそれほどメジャーではありませんでした。僕は人間が集まった場所のことでずっと悩んできたから、それを学ぶ学問かと勝手に解釈して、社会学を選んだんです。

――学生時代、本は読みましたか。

中村:ドストエフスキーに出合ったことがセカンドインパクトでした。きっかけは『人間失格』の角川文庫版を失くして新潮文庫版を買い直したら、解説にドストエフスキーの『地下室の手記』のことが書かれてあったから。当時はネットもないですから、そういう風に本の中で別の本を見つけていくことが多かった。それで『地下室の手記』を読んで、こんなに暗い本が世の中にあるのか、あってもいいんだ、と思って。自分みたいに鬱々として生きている人間が他にもいると分かったのが太宰治でしたが、日本だけじゃないと分かったのがドストエフスキーでした。昔のロシアの人もこうだったのか、と。もうひとつ、太宰や芥川龍之介や三島由紀夫など、当時の僕の好きな作家は大体自殺していたんです。でもドストエフスキーは病死。あれだけ苦しみながら人間の内面を深く見つめていた人物が、病気で死ぬまで生きたということは希望になりました。そこからドストエフスキーを読み漁りました。あれはたまらなく幸福な時間でしたね。本屋に行ったらまだ読んでいないドストエフスキーがあって、これからこれらの本が読める、と思えた。基本的に世の中が好きではなかったんですけれど、こういうものが数百円で変える世界って悪くないんじゃないか、と感じるようになって。そういうことや、大学でヘンな人たちとの出会いがあって、だんだん世界を受け入れるようになっていったんです。

――読書の幅は広がりましたか。

中村:ドストエフスキーからのつながりでカミュを読み、カミュと同じフランスだということでサルトルやジッドを読み、隣の医大のサークルのピアニストに「これ好きならカフカも好きだろう」と言われてカフカを読み、そこまでいくと日本のものをもう一度という気になって芥川龍之介、三島由紀夫、安部公房、大江健三郎さんをたくさん読んで...。大江さんは衝撃的でした。そうだ、カフカを薦めてくれた人が中上健次も好きで、これもすごく読みました。

――それぞれどのあたりの作品が好きでしたか。

中村:うーん、彼らを全部読むくらいの勢いだったので一冊に絞れないんですけれど、カミュは『異邦人』、ジッドは新潮文庫の『背徳者』の石川淳訳が素晴らしくて、カフカは『変身』とか、サルトルは『嘔吐』。この『嘔吐』を読みたくて文庫を探したけれど、人文書院のハードカバーしかないんですよね。その悔しい気持ちはいまだに持ち続けてますよ。芥川龍之介は『河童・或阿呆の一生』、三島由紀夫は『金閣寺』、安部公房は『砂の女』。大江さんは全部よかったけれど、『個人的な体験』...。『万延元年のフットボール』をあらゆる文庫で探し回ったら値段の高い講談社文芸文庫に入っていて、こうやって金をとるのか、と思いました(笑)。これと『嘔吐』の悔しさは今でも憶えています。当時は学生なので、お金を持ってないですから、少しでも安く買いたかったんです。

――借りることは嫌だったんですか。

中村:好きな本は持っていたかったんです。どうしても手に入らないものは図書館で借りましたが。だから自分の部屋には本がたくさんあったんです。バンド仲間なんかが来るとびっくりする。「どうしたの」って訊かれても「どうしたんだろうね」としか言えない(笑)。

――本に線を書きこんだり、読書記録をつけたりはしましたか。

中村:当時は記録はつけませんでしたが、折り目をつけるんです。同じ本を何度も読むので、再読した時に折り目をつけている箇所を見て「甘いな、折るならこっちだ」と思ったりして。「人間とはこうである」というような、人間の存在に触れている箇所を追っていましたね。完全にちょっと前の文学青年です。それがそのまま成長しました。今いないですよね、珍しいと自分でも思う。ドストエフスキーなんかは難しいので1回読んでも全部は分からず、2回読んでようやく「あっ」と思って、そうすると読むスキルが上がっていくような感覚がありましたね。スキルが上ったところでもう一度太宰を読む。ドストエフスキーをファーストインパクトで読めるなんて幸せでしたよね。あ、読まずにとってある作品もあります。『未成年』もずっととっておいたけれど読んでしまったので、あとは『二重人格』だけになりました。辛くなったら読みます。他の作家だと、カミュは早くに死んでしまったから作品も少ないしカフカもすべて読んでしまいました。ジッドは邦訳されていないものがあるかもしれませんね。友達が「こんなのばかり読んでいたらやばいよ」と村上春樹さんの『レキシントンの幽霊』を貸してくれたんです。ベストセラーは面白くないと思っていたので嫌々読んで、「なんだよおもしれーじゃねえか!」となった(笑)。村上春樹さんになると、意見を言いあったり、本を貸してくれる相手も出てくるんですよね。女友達から『ノルウェイの森』を借りて読んでいたら、「自分に同情するな」というところに線が引いてあって。それがなんか、すごくおかしかった。本人は線を引いたことを忘れて貸してくれたんでしょうね。

――忘れてあげてください(笑)。ご自身でノートにいろいろ書くことは続けていたのですか。

中村:かなり書いていました。その頃から形のある短篇も書くようになりました。大学3年生の時に就職活動を始めなければいけなかったんですが、僕は何もやりたくなかった。その頃、卒論を書くためにワープロを手に入れて、それに向かった時、これまでずっと小説の真似事をやってきたけれど一回ちゃんと主人公がいてストーリーがあるものをやってみようかなと思ったんです。それで書いてみたら、ものすごくしっくりきた。僕が卒業したのは2000年ですから当時は1999年。超氷河期の頃です。まわりはミュージシャンになるとかダンサーになるとか絵描きになるとか言っている人ばかりだったので、僕もこんなに不景気なら好きなことやったるわという気になり、小説家になろうと思ったんです。就職活動の資料はダイニングキッチンの脇に積み上げて、ワープロで小説を書きはじめました。就職活動をしている友達が遊びに来た時に資料を見て「こんなところに置いといちゃダメだよ!」と言うので「ここでいいんだよ」と返したりして。でもその時に書きあげたものはどこにも応募していませんね。ん、応募したかな...? いや、してないと思います。

――どんな内容だったのですか。

中村:モラトリアムの話です。公園で遊んでいるとみんなお母さんが迎えにくるんだけれど、いつまでも迎えに来てもらえない子供がいて、それをモラトリアムに関連づけて...という、200枚くらいの話です。

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