年別
月別
勝手に目利き
単行本班
文庫本班
内山 沙貴の<<書評>>
今月のランキングへ
今月の課題図書へ


愛なんか
愛なんか
【幻冬舎文庫】
唯川恵
本体 495円
2002/4
ISBN-4344402367
評価:C
 吹き溜まりでくるくる回る枯れ葉のように、情ともつれの因果は巡る。着飾った自分の本当の姿を最後まで見ることができなかった、前に進むことしか知らないロシアンブルー。愚かで美しい女性たちとの一時を、薄暗いカウンタの向こうから年齢不詳のバーテンダーが心地良い声で聴かせてくれる。自分の知らない場所でされた話の内容についていけないところも少なくなかったが、清潔さを感じさせる文体は好感が持てる。スピーディな話の展開、恐ろしいくらい大きな感情の海、随所に散りばめられた見知らぬ素敵な言い回し。さらさらと網目を落ちる砂のようにどんどん消化されてゆくのがわかる話で、読んでいて気持ちが良かった。

開港ゲーム
開港ゲーム
【小学館文庫】
三宅孝太郎
本体 800円
2002/5
ISBN-4094100105
評価:D
 見知らぬ大国に囲まれて、我を失う愚か者。明治初期の横浜、外来が小川のように流れ込む異郷の地で、外国との息も詰まるような際どい接触が繰り広げられる。その最前線の中にいる人々のお話である。いくつかの大きな事件が筋のある一つのものとなり、最後に種明かしがある。だだっ広い大海原のようにただどこまでも続く平坦な視界。構成は壮大で勇ましいライオンのようなのに、話の起伏が少なくてスリルが足りない。登場人物も個性的なのに、描かれた人物は個性を感じさせない。構成だけが走れ走れの掛け声でひっぱって、でもその構成が素敵でなかなか目が離せなかった。話の先がどうしても気になる物語だった。

燻り
燻り
【講談社文庫】
黒川博行
本体 571円
2002/4
ISBN-406273415X
評価:C
 おもしろいと思うがどこか個性がぶっ飛んだ短篇集だった。でも現実ってそんなもの。何も知らない他者は人の心理の奥深くには踏みこめない。後ろから忍び寄る影、その実態はひどく冗談じみた世間をバカにしたような、でも恐ろしい内容の会話だったりする。忍び寄って、満を期して、パンと弾けた小さな風船。何が飛び出してくるかわからない人生の縮小図。いつだって嘘みたいな変遷、バッタみたいに折り重なって解けない解せない糸になる。現実離れした、でもどこにでもありそうなお話たち。そして大きな手でさっと掠めて白鳥の様に優雅に攫っていく…そんな大空に大手広げるみたいな爽快さがどの話の最後にも待ちうけている。スピーディに読める短篇集だった。

アトランティスのこころ
アトランティスのこころ
【新潮文庫】
スティーヴン・キング
(上)本体 781円
(下)本体 819円
2002/5
ISBN-4102193251
ISBN-410219326X
評価:B
 これはすばらしいお話、そうとわかるのになんだか切なすぎて眉をひそめ胸をつかむ。自転車が欲しくてお金を貯めるボビー、ケチと欺瞞に固められたお母さんをもつボビー、そして今まで嘘をついたことのなかった、とっても幼い時代。純粋なボビーはテッドとの出会いによって不思議を世界に散りばめてゆく。もう二度と戻れない時代、テッドは去る、ボビーに傷のような思い出を刻んで。君と出会えてよかったなんて、口が裂けても云えない、だけれど時は非可逆的なモノ、胸に刻まれた言葉や思いを書き換えることはできない。そして、すべては次の時代の下地になる。現実は切ない。切なすぎてやっていられない。この登場人物すべてに対して、そう感じた。本当に切ない物語だった。

神の街の殺人
神の街の殺人
【文春文庫】
トマス・H.クック
本体 638円
2002/4
ISBN-4167527995
評価:B
 叩く、逃げる、小さなケモノのように。灰色と渋い音の宗教じみたスモッグの世界に私の知らない異界がある。人の心に巣食う歪んだ正義の実像の、影の中に潜むモノ。NYから逃れるようにソルトレークにやってきた警察官トムは、人に何も説明しないまま、己にさえ説明しないまま、ほんの少し残ったチーズの欠片のような正義に従う。正義という言葉が溢れるその街には馴染めないまま。潔白そうに見えるソルトレークという生き物にはなぜか絶えず暴走の気配がある。どこかで不気味な色の炎がくすぶる。そんな様子を客観的に見つめていたトムがやがて少しずつ、ツタに絡まれるように街に躰を絡め取られていく。大きな力、生み出された力。猟奇的な殺人とまさかまさかの展開の末、コマは出揃い結末を待つばかり。最後は少しだけ物足りなさを感じたが終わりにどんと下された鉄槌の下、やっぱり裏切ってくれたなぁと思う。少しだけ不気味で重たくて、だけれど清々しさが漂うサスペンスだった。

戻る