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仲田 卓央の<<書評>>
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イン・ザ・プール
イン・ザ・プール
【文藝春秋】
奥田英朗
本体 1,238円
2002/5
ISBN-416320900X
評価:C
 本当は、「本作に登場する患者たちの風変わりなことといったら、それはもう尋常ではない」とかなんとか書きたいところである。しかしここに描かれている患者、そんなに「変わっている」とはどうしても思えないのだ。それは主人公の精神科医(マザコンで注射フェチ)にしても、看護婦(露出狂)にしてもそう。「ああ、こういう人いるだろうな」ぐらいの感じ。こういう人、自分の周りにもいっぱいいるし。ではこの作家は変わったもの、そしてその実、あんまり変わっていないものを羅列することでなにを示そうとしたのか、ということが問題になる。危険はあなたのすぐ傍に、とでも言いたいのか。それとも、自分は「マトモ」でよかったとでも思えというのか。まあ、この作品はちょっとした笑い話で、そこに意味を求めるのも野暮なのだが、それにしてもなんとなく腹立たしい。

夢の封印
夢の封印
【文藝春秋】
坂東眞砂子
本体 1,333円
2002/5
ISBN-4163209506
評価:B
 帯には「7つの欲望の物語」とある。この「欲望」はだいたい性欲まわりのことを指していて、7人の主人公がヤったり、ヤらなかったり、一人でシたりするという、ミもフタもなくいってしまえばそういう小説である。ちょっと面白いのは、7人の性別、職業、年齢はすべてばらばら(年齢だけでいうと20代から40代ぐらいまで)ということだろうか。私は20代なので、40代になったときの性欲がどうなっているのか、正直よくわからない。まあちょっと落ち着いていてもらえれば有難い、と思う程度だ。しかし、本作によるとどうやらそうはいかずに、というよりも色んな意味でどんどんヤヤコシくなっていくものらしい。おお、人生ってハード。とまあ、この作品の魅力は、数多い登場人物の書きわけが素晴らしいというよりも、自分の身に置き換えてそんなことまで考えられるという点ではないか、と思う次第である。

子盗り
子盗り
【文藝春秋】
海月ルイ
本体 1.476円
2002/5
ISBN-4163209603
評価:D
 サントリーミステリー大賞受賞作! である。でもこれ、ミステリーか? そりゃ、人も死ぬし、犯人もいるし、警察も出てくるので、「ミステリー!」と言われれば、ああそうか、と思うしかない。常軌を逸する人々にはそれぞれ深い事情がある、それは分かる。優れた物語はそれぞれの事情をしっかり描く必要がある、それも理解できる。だが、事情がしっかり描かれれば描かれるほど、「これをミステリーとして描く理由」が分からなくなってくるのだ。なんか、ミステリーとして成立させるために、ムリヤリ意外な人が殺人を犯しているように思える、すごく「木に竹」な感じである。いいじゃん、ミステリーにしなくても。ミステリーにしたために中途半端、そんな作品であった。全然関係はないのだが、選評で「女性ならではの素材選び」とかいまどき言ってる人がいて驚いた。やっぱりこの業界って・・・・・・・。

蚊トンボ白鬚の冒険
蚊トンボ白鬚の冒険
【講談社】
藤原伊織
本体 1,900円
2002/4
ISBN-4062111985
評価:C
 この作品にはこんな一節がでてくる。「彼女はビールを一息で空にした」。この表現は別に間違っていない。しかし、彼女が一息で飲み干したものは、「ビールの大ジョッキ」だ。その前に「グラスを傾けた」という記述はあるものの、それにしたって一息だ。普通、飲めるか? 「酒を一息で空にする」という表現は、ものすごく座りのいい、便利な表現である。しかしだからといって、ナマ大を一息で。いくら座りのいい表現だからって、おかしい。「フィクションだから」では済まされない、ハッキリいえば「安さ」を感じさせるおかしさだ。ここらへんから漂ってくる奇妙な安定志向が私にとってはどうにも腑に落ちない。
「彼女はビールを一息で空にした」。この一節に藤原伊織とその作品が抱えている問題点が表面化しているように思えるのだが、どうだろうか。

ゼルプの裁き
ゼルプの裁き
【小学館】
ベルンハルト・シュリンク
本体 1,900円
2002/6
ISBN-4093563314
評価:B
 翻訳ミステリーを読むたびに、ちゃんとしてるよなと思う。まあ、輸入前にきっちり淘汰が行われたうえで日本語に翻訳されるのだから、当然といえば当然かもしれない。この作品も例に漏れず、ものすごくちゃんとしてる。人物設定とその描写、プロット、どんでん返し、すべての点で隙がない。細部の描写に関しては、それが正しいかどうかを判断する知識がないのでなんともいえないが、多分ちゃんとしてるのだろう。しかし、である。なんかここまでちゃんとされると、逆に面白くない。私のように文句をつけてる時間が一番楽しい、というようなひねた人間にとっては突っ込めないものは一番しゃくに障る、というだけでなく文句のつけようのないということは、もう行き止まりということと同義だ。作品としてはほとんど隙なし、しかし隙がないがゆえに評価Bというこの気持ち、ご理解いただけるだろうか。

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