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石崎 由里子の<<書評>>
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退屈姫君伝
台風娘
【光文社文庫】
薄井ゆうじ
定価 520円(税込)
2002/10
ISBN-4334733883
評価:B
 会社で仕事をしている主人公の<五十嵐君>と、意識を持った<台風>との恋。非現実的世界のようだけれど、舞台は現実。こういうのは個人的に大好きなので、すでに公平な目ではないけれど、数々のエピソードはファンタジーに偏りすぎていないし、現実感のある迷いを抱いた<五十嵐君>の存在が、ごく身近なできごとに感じさせてくれて、よい感じを受ける。
 そもそも人間の意識は、言葉というツールを使って、外に発するからこそ、ある程度、他者に伝えることができるのだ。
 草花や太陽は、人間ほど明解な発信をしないけれど、意識はきっとある。それは、受け止める側の感じる心によって、見えたり見えなかったりして、ある種、一方的な行為かもしれないけれど、具象的でないものを知覚することなのだ。
 うまくバランスが取れて、受けとめる側と、発する側の意識が融合したその瞬間、<五十嵐君>みたいに台風と恋ができるのだ。

最悪
ハードボイルド・エッグ
【双葉文庫】
荻原浩
定価 730円(税込)
2002/10
ISBN-4575508454
評価:A+
 目にするだけで、思わず頬が緩んでしまうもの。人によって動物や花だったりするのだろうけれど、私の場合は言葉だ。本書は、読んでいて嬉しくなることの連続だった。全編を通して温かいユーモアがパズルのように散りばめられていて、次にどんな言葉がくるのか楽しみでたまらなかった。しかし、それだけではない。
 探偵業を営む主人公は、フィリップ・マーロウの受け売り言葉をモットーに、日頃から、格好よく生きたいと思いながら暮らしているのだけれど、いつもはずしてしまう。
 けれど、人間の格好よさとは簡単に身につくものではない。格好悪い経験を重ねて、格好悪い自分を知り、試行錯誤しているうちに、洗練されていくものなのではないだろうか。
 主人公の探偵は、温かく優しく、そして実に可愛げのあるふうだから、きっと歳を重ねて素敵な男性になることでしょう。

男の子女の子
無境界家族
【集英社文庫】
森巣博
定価 560円(税込)
2002/10
ISBN-4087475050
評価:A
 やりたいことだけをして生きていく。そう簡単に誰もができる技ではない、と凡人は考えるのだけれど、恐らく実践している博打打ちの著者はそうは言わないのでしょう。
 才媛で最愛のイギリス人の妻と、日本国籍を持つ天才息子とのオーストラリア3人暮らし。といっても一つ屋根の下で暮らしているわけではなくて、妻と息子は勉学研究の為、ひょいっと海を飛び越える。
 著者の、優秀な息子を描く行為が自慢になってしまうことに汗顔しながらも、やっぱり抑えきれない息子自慢を微笑ましく感じる。ちっとも嫌味に感じないのは、抑えても抑えても(抑える必要もないほど立派な息子さんなのだけど)ただただ溢れ出てくる息子への愛情を感じるからだ。
 この親子関係は、息子さんが、大学卒業時に父親に言った「ただそこに居てくれたことに感謝する」という言葉に集約されているような気がする。

銀座
長崎ぶらぶら節
【文春文庫】
なかにし礼
定価 500円(税込)
2002/10
ISBN-416715207X
評価:B
 長崎の、芸者愛八と、郷土史を研究する学者、古賀との物語。愛八は、けして器量よしではないけれど、いくつもの芸の中でも特に秀でているのが美しい歌声。「声に化粧はできない」という古賀の言葉とおり、正直で、真摯で凛とした女性なのだ。
 二人は、古賀の誘いのもと、人々の脳裏から忘れ去られている古い歌を探して歩く。背景には、当時の長崎の街並みが丁寧に描かれていて、にぎやかで艶っぽいが雰囲気が伝わってくる。
 共同作業の中、愛八が古賀を慕い、尊敬し、ときに思い描いていた様と違うことに幻滅し、それをも含めて愛するようになっていくその過程が、なんとも可愛らしい女性として描かれている。

汚辱のゲーム
踊り子の死
【創元推理文庫】
ジル・マゴーン
定価 1,029円(税込)
2002/9
ISBN-4488112056
評価:C
 タイトルが魅力的ではない気がする。
 けれど、登場する人物は、それぞれ細かく書き分けられていて、人間関係のギスギスした感じなどは、よく伝わってくる。エピソードも現代的な内容が散りばめられていている。
一見話はバラバラは話だけれど、ミステリーとしての伏線の張り方などは正統派のような気がする。
 苦手な内容だったにもかかわらず、最後まで一気に読めましたが、ストーリーに突出した印象が得られなかった。

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