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小田嶋 永の<<書評>>
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天使
天使
【文藝春秋】
佐藤亜紀
定価 1,800円(税込)
2002/11
ISBN-4163214100
評価:B
 『終戦のローレライ』が第2次世界大戦の最終末を描くならば、こちらは第1次世界大戦前夜のヨーロッパの、超能力をもつ者の、時代に翻弄される物語。「目で見ていないものが見える」主人公の少年、ジェルジュは、“顧問官”に見出され、その能力を駆使したスパイとなるべく教育され、闘いの場に引き出される。「自分で自分を潰せ」「感覚を完全に解放する」「おれたちの感覚は細切れにされ、肌で感じ取れる世界に組み込まれる」 ぼくたちが目で見、耳で聞き、触れることで対象をとらえていることが錯覚とも思えてしまうような、超感覚的な物語である。超能力者同士の、その“感じ取る力”を武器にした闘いは、「かつては目だった器官が凝視するのを感じた」 こんなユーモアさえもがいっそうの緊張感を生み出している。今後は、さらなるヒーロー造型に期待したい。

終戦のローレライ
終戦のローレライ
【講談社】
福井晴敏
定価 (上)1,785円(税込)
定価 (下)1,995円(税込)
2002/12
ISBN-406211528X
ISBN-4062115298
評価:AA
 柴田錬三郎は、その戦争・漂流体験から、戦後日本人の精神の再生を、眠狂四郎というニヒリストとして創造させた。1968年生まれの本書の著者が、第2次世界大戦とは日本人にとって何だったのかを問い、戦争の渦中で極限の生を生きる人間を描こうとした勇気と姿勢を、まず評価したい。戦争の悲惨さを知識としてもち、戦争を忌避すべきものという理解がありながら、ぼくたちは、戦艦や戦闘機などにかっこよさとか憧憬に近い感情をもち、通過儀礼のようにプラモデルにはまり、戦記マンガを読みふける時期をもつ。そういうかつての少年の心を、激しく揺さぶる物語である。海底に沈む特殊兵器「ローレライ」の回収、「あるべき終戦の形」を成し遂げるための極秘任務につく潜水艦・伊507。日米のあやうく、最悪の犠牲を伴う密約に翻弄される「ローレライ」と伊507、その乗り組み員の運命は、そのまま日本という国の運命の綱を握っている。終戦という歴史的事実を、これだけ伝奇性豊に、スペクタクルに描いた物語があるだろうか。日本という国を救うために苦悩する軍人、死ぬ意味を見出そうとする兵士、「あるべき終戦の形」とは、それは真に日本人が受け入れるべきものなのか。伊507に乗り組んだ「規格外品」の男たちの闘いの結末は!?

スパイク
スパイク
【光文社】
松尾由美
定価 1,785円(税込)
2002/11
ISBN-4334923801
評価:C
 愛犬を連れて散歩している途中、同じような犬を連れた青年と出会い、なぜか心惹かれ、恋が始まる。犬の散歩していると、こんなようなハプニングを期待していないだろうか。お互い心惹かれているはずなのに、次の日から、なぜか出会えなくなってしまった。そもそも、どこになぜ惹かれたのだろう。そこらへんの謎が、惹句にある「恋愛ミステリー」の所以なのだろう。その設定が、話の都合に合わせて考えられている小道具的なものに感じてしまった。SF的に理屈づけしているのだが、登場人物(登場犬)の自己中心的な解釈にも思えてしまって、興をさます。それではミステリーといえるほどミステリアスでもない。それならば、理屈をこえるようなファンタジー、ロマンがほしかった。(前月の池上永一『夏化粧』のような。)

見仏記 親孝行篇
見仏記 親孝行篇
【角川書店】
いとうせいこう・みうらじゅん
定価 1,575円(税込)
2002/11
ISBN-4048837818
評価:A
 ぼくも、小学生から大学生のころまで、いや今でも、お寺や仏像(もちろん古いもの、奈良時代とか)見るのが好きです。小中高生の分際では、そうそう旅行などもいけないので、いざそのときに備えて、ガイドブックからオリジナルで綿密な寺まわりスケジュールを作ったものだ。しかし、そういうことは、“恥ずかしい”ことでもあるのだ。寺や仏像が好きというのは、どうも若者らしくないらしい。ただ、古い寺がある街、鎌倉のようなところはかっこうのデートコースなので、高校生くらいになると、その辺の知識が再利用されてくる。みうらじゅんによれば、「『見仏記』はすでに友情という恥ずかしいものを復活させるのに役立った。次に恥ずかしいものを復活させるとすれば親孝行以外にない」として、シリーズ4冊目の本書には、それぞれの両親が同行するという、さらなる珍道中が含まれている。いとうせいこうの道中記、みうらじゅんの仏像イラスト(とてもまじめである)は言うことなし。簡潔明瞭な注釈、こういう編集作業がユーモアを引き立たせる。

リスク
リスク
【世界文化社】
井上尚登
定価 1,365円(税込)
2002/12
ISBN-4418025308
評価:B
 『T.R.Y.』の映画化で、その原作者として注目を集めている井上だが、本書は、まったく違う世界、ごく日常的なサラリーマンの生活を描く短編集。「お金持ちになる方法」「住宅病」は、それまで自分には関係ない、興味がないと思っていた、株と住宅情報に振り回される話。短編という制約上、話をはしょらざるをえない。で、話の顛末もつけてしまうので、少しでも、株と住宅購入にかかわりをもつ人ならば、共感できるところは少なからずあるのだがどうということもない。「住宅病にかかると、たまっていくのは情報だ」 まさにそのとおり。「マンガでわかる株」「マンガで読む家の建て方」のような実用書的な小説でもなかろうが。「十五中年漂村記」が、本書のなかでは、話としては面白かった。リストラにあった中年社員、かつては仕事や会社に夢と希望をもっていた面々が、会社から「棄てられる」。その中の一人が作ったロボット「テツジン」も、同じ憂き目にあうのだが。

七王国の玉座
七王国の玉座
【早川書房】
ジョージ・R・R・マーティン
本体 (各)2,800円
2002/11
ISBN-415208457X
ISBN-4152084588
評価:A
 ファンタジーというジャンル、というかその呼称にあまったるさを感じて敬遠していた人(ぼくのことです)も、これならいける。戦国絵巻の伝奇物語だからである。下剋上の歴史・時代小説が好きな人だったら、必ず楽しめる。ということは、またひとつ読書の楽しみが膨らむということだ。舞台は架空の、未来とも過去ともしれない、あるいは異世界かもしれない王国の争奪をめぐる物語。長く厳しいいつまでも続く冬をもつ北の王国では、その辺境に異形人が出没し、海を越えた騎馬民族集団では、王位を略奪、弑された、ドラゴンを系譜にもつ王家の遺児がその奪還を狙う。現王も、王妃とその一族の野望に利用されるまま。物語は、多彩な登場人物それぞれの物語として、章を替えて書き進められている。登場人物が多く、それぞれの関係・家系図が多彩で複雑そうだが、個性的にキャラクターが書き分けられ、それがまったくステレオタイプではなく、巻末の登場人物一覧のおかげもあって、「これ、誰だったっけ」と煩うことなくストーリーを追うことができる。上下巻2段組みで900ページにならんとするが、これでまだ物語の始まりに過ぎない。おそるべし、〈氷と炎の歌〉シリーズ。

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