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鈴木 崇子の<<書評>>
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道祖土家の猿嫁
道祖土家の猿嫁
【講談社文庫】
坂東眞砂子
定価 860円(税込)
2003/1
ISBN-4062736446
評価:A
 明治中期に土佐の旧家に嫁いだ、猿にそっくりの蕗という女性の生涯を描いた小説。この主人公が何とも魅力的だ。時代の波や、村で起る事件、家庭内や夫婦間の揉め事、諍いに対し、嫁という立場ゆえに受身で辛抱しつつも、底知れぬパワーや知恵で乗り切り受け入れ、たくましく朗らかに生き抜いてゆく。彼女を取り巻く登場人物たち、義姉の蔦や作男の啓介など一癖も二癖もあって物語にアクセントを添えている。
 旧家にまつわる伝説や土俗的な信仰、彼女を見守っているかのような神様など、目に見えない存在があたりまえのように人々の暮らしと共存していた時代。階級差が歴然としてある窮屈なムラ社会や、夜這いや女房担ぎなどのおおらかな性風俗。そこに生きる庶民の、湿って澱んだ重苦しさや底抜けに明るい諦観や、エロチックな生々しさが、猥雑な中にどこか牧歌的でもある。
 付け足すと、第1章・第2章の時代背景が、今月の課題図書「『坊ちゃん』の時代」(第4部・第5部)とリンクする部分もあり、面白く読めた。

走るジイサン
走るジイサン
【集英社文庫】
池永陽
定価 420円(税込)
2003/1
ISBN-408747531X
評価:AA
 年をとったらこんなジイサンになりたいと思う(私はなれないが・・・)。きっとバアサンではこうはいかないだろう。妻に先立たれ、同居する息子の嫁にほのかな恋心を抱く69歳の主人公。老境にさしかかり、不安や孤独、怒りなど様々なストレスを感じつつ、ボヤきつつの毎日を送っている。
 ジイサンはじめ登場する人々、みんな哀しく切なく滑稽で愛おしい。そんな中、ジイサンが恋に悩む近所の明ちゃんにかける言葉、「誰だっていやらしいんだ。・・・人間なんてみんな似たようなもんなんだ。やっかいなもんなんだ。」は単なる慰めというより、諦めも含んだ人間肯定の優しさなのだ。
 主人公の頭の上に、ある日突然現れた幻想の猿は一体何者なのだろう? 人生の喜怒哀楽をくぐり抜けた後で生まれた自分の分身か、飄々としてすべてを見通す高次の存在か、それとも守護霊? 平凡だけど味のある、やっぱりこんなジイサンになりたいなあ。

幻獣ムベンベを追え
幻獣ムベンベを追え
【集英社文庫】
高野秀行
定価 540円(税込)
2003/1
ISBN-4087475387
評価:C
 コンゴってどこにあるのだ〜? 聞いたことはあっても場所までは知らない、遠くの国という印象。そのジャングルの奥深く、神秘の湖に生息するという怪獣「ムベンベ」の探索記。大学探検部の学生中心の自腹を切っての冒険旅行ながら、メーカーからの機材調達や現地の関係省庁との交渉などなど、用意周到で本格的な遠征である。そこには、かつての冒険につきものの悲壮感や使命感はなく、トラブル続出の中でも、からっと明るく、現実的でたくましい若者たちの姿がある。そのせいか、(実際には違うのかも知れないが)軽い感じもしてしまう。
 しかし、その探検以上に印象的だったのは、文庫版あとがきの中のマラリアに苦しんだ田村氏の手記。人間、極限状態に置かれて初めて本当のことが見えてくるものなのか。冒険そのものの結果も大事だろうが、そこから何かを得るのが冒険の面白さでもあるのだろう。

涙
(上・下)
【新潮文庫】
乃南アサ
定価 (上)620円(下)700円(税込)
2003/2
(上)ISBN-4101425256
(下)ISBN-4101425264
評価:D
 結婚式の直前に刑事である婚約者が失踪。行方を追い求める主人公の、彼を訪ねて三千里(?)の旅。その旅と絡めて、昭和39年の東京オリンピック前後の世相・流行が、月単位で事細かにストーリーに組み込まれている。というより、世相史が主軸で、その間を縫うようにしてつくられたストーリーのような印象も受けるのだが。3C、新幹線開業、羽田沖の航空機事故、ビートルズ、ひょっこりひょうたん島・・・、当時、青春時代を送っていた人達は懐かしさを感じるのかも知れない。でも、それらを抜きにしてしまうと、このミステリーの重量の半分くらいは失われてしまいそう。
 登場人物もそれぞれにステレオタイプであまり魅力を感じられなかった。そして、マルコのようにあともう少しというところで逃げられ逃げられ、ようやく見つけた彼の失踪の理由に拍子抜けしてしまうのは私だけだろうか。それというのも作者の術中にはまり、自らもマルコならぬ主人公に少なからず感情移入していたせいかも知れないが・・・!?

『坊っちゃん』の時代
『坊っちゃん』の時代(1〜5)
【双葉文庫】
関川夏央・谷口ジロー
定価 600円〜650円(税込)
2002/11〜2003/2
(1)ISBN-4575712299
(2)ISBN-4575712302
(3)ISBN-4575712310
(4)ISBN-457571240X
(5)ISBN-4575712442
評価:AA
 明治維新後の日本の近代化と軍国主義への流れ、そこに生きる人々の精神史が、明治の文芸家たちを軸に描かれているマンガ。急激な西欧化政策の中、知識階級ゆえの、日本人として近代人としての自我の葛藤と分裂。維新という革命が過ぎ去った後の、新たなる革命の兆しとそれを弾圧する国家権力。
 個として独立し世の流れには傍観者であり続けようとした夏目漱石、家を選びながらもしぶとく我を捨てない森鴎外、才能はあるがもうどうしようもない石川啄木、運命に翻弄される幸徳秋水。強がりつつも悩み深く迷いを捨てきれない男性陣に対し、森歐外の母、彼を追うエリス、秋水の愛人管野須賀子など、女性陣はさばさばとして潔い。そんなあたり、今も昔も男と女の本質は変わらないのかなと思う。
 もし、この本がマンガでなかったら、小難しい評論として敬遠してしまったかも知れない。歴史の教科書で見覚えのある人々が次々と登場し、それぞれに絡み合ってゆく人間模様も面白く、こんなマンガもあるんだと新鮮さを感じた。ただし、内容が濃いためか、読むのに時間と体力が要った・・・ような気がする。

モンスター・ドライヴイン
モンスター・ドライヴイン
【創元SF文庫】
ジョー・R・ランズデール
定価 630円(税込)
2003/2
ISBN-4488717012
評価:C
 何と表現してよいのやら、戸惑う怪作。こうなったら強引に感想を述べさせて頂くことにする。設定もストーリーもむちゃくちゃ。と言ってしえばお終いだが、むちゃくちゃなレベルの中でまとまっているのかな、とも思える。主人公たちが突然閉じ込められてしまったとんでもない世界は、戦争、災害、天変地異で日常が崩れ去った世界だとも読み解けるし、極限状況の中、理性を失った人々は、武田泰淳の「ひかりごけ」を思い出させる。(やはり強引・・・?)
 主人公の少年は、特異な登場人物と異常な状況の中にあって、ひとり普通の人である。やや内向的な性格なのか、世の不条理や我が身の気弱さを嘆いて、いつの日か逆転勝利を願っていたふしもある。そんなところ共感できる部分もあるのだが、待っていたってそんな日は永遠に来ないのだとばかりに、作者は支配者としての怪物や胡散臭い宗教家を登場させる。ドライでナンセンスな結末に、回りつづける運命の歯車と諸行無常の響きを感じた!?

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