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山内 克也の<<書評>>


ZOO
ZOO
【集英社】
乙一
定価 1,575円(税込)
2003/6
ISBN-4087745341
評価:D
 乙一の作品は初読。「天才」の称号がやたら喧伝される作家なので興味を持って読んだ。感想は、オビに書かれた北上次郎氏の言葉「何なんだこれは」そのもの。もっとも、賞賛の意味ではなく、「困惑」したのだ。10の短編はどれも意外性をつくものだが、その意外性を演出するばかりに、ストーリーが無機質に感じるのだ。
「カザリとヨーコ」では、小学生の双子の姉妹を登場させ、愛される子と愛されない子を描きつつ、最後のどんでん返しに至るストーリーテリングのうまさには舌をまいた。だが、姉のだらしなさ、妹の聡明さといった二人の性格を意識して際だたせているが、それが何となく白々しく、最後に至るまでの役作りにしか思えない。全体的にいえば、ロールプレイングゲームにも似た、くっきりした人物造形と分かりやすい筋の運び。人間の情感が漂ってこない意外性だけを追求している作品に収縮している。ま、それが作者の狙いかもしれないが…。

ドスコイ警備保障
ドスコイ警備保障
【発行アーティストハウス/発売角川書店】
室積光
定価 1,470円(税込)
2003/7
ISBN-4048981285
評価:C
 先日、日本テレビ系列で、張り手を受け失明し相撲部屋を辞めた20歳の青年を追ったドキュメント番組があった。青年は高校3年生で、学校に相撲同好会を立ち上げ、素人部員に対し、実に粘り強く教えるのである。プロにもまれた厳しい稽古は、弱冠20歳の青年にも人間的な成長をもたらすのかと眼を潤ませ見入ってしまった。
 この「ドスコイ警備保障」も、土俵上での活躍の夢を奪われた元力士たちが、厳しい稽古をバネに、新天地の警備会社で頑張る姿を気持ちよく描いている。会社設立後、海外から来たスターの警備に抜擢されるなど、ややスムーズなサクセスストーリーになってしまい緊張感には欠けたが、挫折した夢をどう目標転換して生きていくかの大切なテーマをコミカルに描き、好感を持てた。著者は、前作「都立水商」でも、陽の当たらない職業をやや変わったシチュエーションで描き出していた。読む意欲をかき立てさせる不思議な力量の持ち主だ。

ハワイッサー
ハワイッサー
【角川書店】
水野スミレ
定価 998円(税込)
2003/7
ISBN-4048734717
評価:C
 午前6時15分から翌日午前1時までのおよそ18時間におよぶ主婦業をドキュメントタッチで描いた、臨場感にあふれる小説だった。それにしても主婦業の1日って、約250ページにも及ぶ「厚み」のある生活をできるのか、と新鮮な驚きを感じてしまった。サラリーマンだったら、この半分までいくまい。しかも、この主婦業を「極楽」と感じる主人公の大胆さ。「主婦として求められるのは臨機応変にそれぞれの生活をサポートする柔軟性」と、さりげなくコツを披露し、あくまでも脇役に徹することに「極楽」主婦業の本質を説いているのだろうか。
 愛人2人と関係する描写もあり、露悪的で眉をひそめるものの、そこは舞台となる沖縄の陽気な土地柄がプラスマイナスゼロにしてくれる。他にPTA活動や夕飯のための買い物などこと細かに描かれているが、こんな生活を毎日続けると疲れないのだろうか。終始疑問符がついた「主婦の日常」に、興味深さだけが残った。

シェル・コレクター
シェル・コレクター
【新潮社】
アンソニー・ドーア
定価 1,890円(税込)
2003/6
ISBN-4105900358
評価:AA
 静謐に包まれたような文体の8編の小説。不安、疑念、恐怖といった心情を搾り出してポトリポトリと滴を垂らすみたいな筆致が冴えわたり心に染みる。常に緊張感が孕んでいる。だが、急展開のカタストロフィーに陥ることはなく、人間の持つ性根の穏やかさと優しさに触れることで、生きることへの希望を掬いだし、安堵感を取り戻してくれる。翻訳のうまさもあると思うが、ケレン味ない熟達した文の紡ぎ手に脱帽。作者は年老った作家と思いきや、表紙の見返しを見るとまだ三十路の男性。アメリカ文学は底深い。
 一番読み込んだ作品は「たくさんのチャンス」。主人公は父親の職業のことで家族の不和に悩む少女。その少女が、夏のバカンスで海辺に訪れた少年に教えられた釣りをすることで、自らの居場所を見つけようとする、その健気さに胸をうたれた。

リトルシーザー
リトル・シーザー
【小学館】
ウィリアム・バーネット
定価 1,700円(税込)
2003/7
ISBN-4093565112
評価:A
 下っ端のギャングが、縄張りのトップに立ち、そして堕ちていく。単純なストーリーだが、淡々とした筆致が暗黒街のすごみを引き出し、作品の読み応えはバーボンよりも酔いが深くなるのは請け合い。気の弱いボスは引きずり落とし、警察にチクろうとする手下は殺し、縄張りを荒そうとするライバルは謀略で潰しにかかる。金と名誉をかけたギャングたちの駆け引きだけをデフォルメして、リリカルに描いた佳品だ。
 最後の場面、主人公リコが警察に追いつめられ、発した言葉「ツキをくれ、何とかしてくれ」はじんわりと胸に染みてくる。ギャング世界で生きてきた者にとっては、ありふれた断末魔の叫びなのだろう。一方で、かの世界で生きるための極意ともいえる。古典的なノワールミステリだが、ギャングが跋扈したシカゴの雰囲気をたっぷりと堪能できた。