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勝手に目利き
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延命 ゆり子の<<書評>>



脳男
脳男
【講談社文庫】
首藤瓜於
定価 620円(税込)
2003/9
ISBN-4062738376
評価:A
 爆弾男を捕らえるために刑事は犯人のアジトに押し入った。そこで刑事は犯人と揉み合っていた鈴木一郎なる屈強な男を拘束するが、犯人は取り逃がす。鈴木一郎は当初複数犯の一人とされていたが、その知的な振る舞いや礼儀正しさは爆弾犯が持つものとは思われない。不審に思った刑事は精神科医の真梨子に協力を仰ぐが、彼にまつわる謎は深まるばかり。やがて真梨子は彼には人間の感情が備わっていないことを発見するのだが……。取り逃がした犯人を追うのではなく、鈴木一郎の特殊な病気と彼の目的を追うことがメイン。だけどそれだけで上質のミステリーになっていて、これは非常におもしろい。真梨子も犯罪心理学者としてのトラウマを抱えていていい味を出しているし、鈴木一郎にいたっては病気が奇妙奇天烈すぎて途中からページをめくる手が止まらなくなる。しかも、最後にちょっとせつない気持ちにもなり、次回作を期待させての終わり方……。ああ、もっと知りたい!彼のこと。続編に期待大。

余寒の雪
余寒の雪
【文春文庫】
宇江佐真理
定価 580円(税込)
2003/9
ISBN-416764004X
評価:A
 浅草や両国を舞台にした、江戸の人々のあたたかさを描いた人情話の短編集。精一杯に生きて、恋をして、人に対する思いやりを忘れない、人生に真摯に取り組む主人公たちの姿を想像するだけで幸せな気持ちに満たされる。主人公たちの職業も小間物屋、両替商、染物屋、遊女屋などすぐにイメージできる定番のもので、感情移入しやすい。必ずハッピーエンドになるのも、読後感が良くて好感が持てます。中でも私のお気に入りは「あさきゆめみし」。女浄瑠璃、京駒の追っかけをしている染物屋の正太郎は仲間からも軽んじられている情けない男。しかし、その友達に京駒を盗られ、持参金のためだけに正太郎の姉と祝言をあげるということを聞き、とうとう堪忍袋の緒が切れた!正太郎が段々と成長してゆく姿が微笑ましい。

鳥人計画
鳥人計画
【角川文庫】
東野圭吾
定価 580円(税込)
2003/8
ISBN-4043718012
評価:C
 ジャンプ競技の第一人者楡井が競技場で毒殺された。犯人は最初から明らかにされているのだが、犯行の目撃者は誰か、犯人の動機は何か、アリバイやトリックの謎、ドーピングの謎、前兆とは何を表しているのか……などなど見所満載。ジャンプ競技の事情やドーピングの実態などもふんだんに盛り込まれ、ついつい期待しすぎてしまったのだろうか。最後の結末に唖然呆然。意外……というよりも無謀な結末ですぞこれは。犯行には楡井の性格が大きく関わってくる。楡井は天真爛漫、躁鬱病の鬱がない状態の人間だと評される。何をするにも邪気がなく、それでいて何でもソツなくこなすので、周りから反感を買うタイプだそうだが、それにしてもわからないのが楡井の最期の行動だ。いくら犯人が××だとわかったからって、×を××たりするかフツー?(ネタバレを避けるため伏せ字にて。こうするとちょっとエッチな文章に思えてくるから不思議です。)伏線が多すぎてやや風呂敷を広げすぎた感あり。もっとポイントを絞ってある方が読みやすいのではないかと思いました。

もう一人のチャーリイ・ゴードン
もう一人のチャーリイ・ゴードン
【ハヤカワ文庫JA】
梶尾真治
定価 609円(税込)
2003/8
ISBN-4150307342
評価:B
 ちょっといい話を揃えたよくある短編集か……と思っていたらバリバリのSFもあって、満足です。宇宙人が来訪したり、宇宙旅行をしたり、超能力があったり、そういう不思議モノが大好きです。古さを感じるわけではないのだが、星新一をガツガツと読んでいた若い頃を思い出して甘酸っぱい気持ちになりました。ただ、オチがちょっと弱いため、記憶に残らないのが難点か。読んだそばからすぐに忘れそうな話ばかりではあります。

あなたの人生の物語
あなたの人生の物語
【ハヤカワ文庫SF】
テッド・チャン
定価 987円(税込)
2003/9
ISBN-4150114587
評価:B
 理系のためのSF、という感じでしょうか。数学、物理学、量子化学。はっきり言って理解できない箇所も、頭が追いつかない短編もありましたが、表題作にはハッとさせられた。最後にオチのあるSFが好きです。「顔の美醜について―ドキュメンタリー」も興味深い内容。“カリー(美醜失認処置)”という機器を用いることによって、顔の美醜についての判断をする神経回路を損傷させることが可能になった社会。カリーを使うと、誰が綺麗でだれが不細工なのか、判断ができなくなる。勿論自分の不細工さについても理解不能のため、誰でも自信を持つことができる。容貌差別による不平等をなくし、恵まれない顔立ちの人々(!)への偏見をなくすために、カリーを用いるべきか否か、喧々諤々の議論が戦わされる。人の容姿というものは人生を左右する最も重要な要素である、と私も思っている。なぜならば、顔立ちに恵まれた人々から順番に就職や結婚が決まっていったという現実を目の当たりにしたからだ!これってひがみなのかしら。でも事実なの。私も容姿については散々悩んできたので(女ですから)、カリーという架空の機械についてしばし思いを馳せてしまった。現代社会の一側面を鋭く描いた作品といえよう。