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勝手に目利き
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古幡 瑞穂の<<書評>>


黄金旅風
黄金旅風
【小学館】
飯島和一
定価 1,995円(税込)
2004/4
ISBN-4093861323
評価:A
 途中ぐらいでう〜むと唸ってしまいました。いや、確かに面白い!権力と対峙する市井の人々や主人公がどれだけ魅力かを書いたらほんとにこの人の右に出る人はそうそういないのではないかと思います。政治と宗教がごちゃ混ぜに絡み合って複雑な江戸時代の長崎の状況を平易に書いてあるところも魅力でした。だけど、なぜだかあの『始祖鳥記』(評価するのならばAAA)の時のようなわき上がるほどの興奮を感じないのです。その一つの理由としては重要な登場人物の一人が舞台から去るのが早すぎたということがあるかもしれません。(ネタばれになっちゃうので詳しく書けませんが)あの人すごく魅力的だったのになぁ…そうは言っても小道具まで少しの手抜きもないような職人仕事、堪能させていただきました。
 読み終わったときに感じたのは達成感を上回る寂寥感でした。寡作な作家さんだとわかっているだけに、次の新作まであと何年待ったらいいのか…しくしく。

お縫い子テルミー
お縫い子テルミー
【集英社】
栗田有起
定価 1,470円(税込)
2004/2
ISBN-4087746887
評価:B+
 仕事のやりがいってなんだろう、そんなことをよく考えます。この主人公テルミーは流しの仕立屋。珍しい職業だし、そんな仕事今まで聞いたことがなかったけれど、これを読むと生きるための仕事と生活のための仕事は一緒なようでまったくの別物なのかも。と思ってしまうのです。彼女にとっての仕事って運命以外なにものでもないんですよ。水商売仕事をしながら出会った歌手のシナイちゃんと奇妙な同棲生活を初めて狂おしいほどの恋をするのに、これは絶対成就しそうもない恋です。その欲望を昇華させるかのように命がけでドレスを縫うシーン、好きだなぁ。命を削るようにして行うプロフェッショナルな仕事に心を揺さぶられました!
 流しの仕立屋なんて聞くと、すごーく広い世界を渡り歩いたようなイメージを持ってしまうんだけれど、テルミーの生きている世界は実はそんなに広くありません。なのに彼女からはもの凄い包容力を感じます。漂白をしているけれどふわふわしていない…テルミーの真っ直ぐな生き方に触れるときっと元気が出ますよ。

残虐記
残虐記
【新潮社】
桐野夏生
定価 1,470円(税込)
2004/2
ISBN-4104667013
評価:B
 薄いからサクサク読めるのですが、本を閉じたとたん本がずっしりと重く感じられるようになります。読後感の悪さはいつものとおりです。『グロテスク』同様実在の事件を素材に書き上げた小説なので、期待大!だったんだけど、インパクトだけとってみると『グロテスク』に勝てていません。枚数の問題もあるかもしれませんが。
 女性作家がある原稿を残して姿を消します。その原稿に描かれていたのは10歳の時に誘拐・監禁事件の被害者になっていたということ。そして失踪の引き金になったのはその犯人からの手紙が届いたことでした。ここから長い回想が始まります。
 周囲の大人が想像した性的な被害はどうだったのか、それらが明かされつつ全体像が明らかになっていくのですが、その真実は驚くべきものでした。でも、主人公は作家。真実を嘘に変えることも出来るし、嘘を真実のように見せかけることも出来るのです。どうも一筋縄ではいかなそうですね。もう少しじっくりこの小説に潜んでいる意味を考えてみる必要があるのかもしれません。

家守綺譚
家守綺譚
【新潮社】
梨木香歩
定価 1,470円(税込)
2004/1
ISBN-4104299030
評価:A
 読み始めてすぐ思いました。「これは『百鬼夜行抄』だっ!」って。
 サルスベリの木に主人公が惚れられたり、物の怪たちが大量に闊歩したり、なくなってしまった親友はたまに彼岸から帰ってきたりするのだけど、この話がもっている穏やかで優しい世界の中ではそんなことがあっても全然不思議だとは思えません。どちらかというとこうであって欲しいなぁと思うくらい。いやー、こういうの大好きなんですよ。
 舞台は百年ほど前のようですが、全体的に流れる時間がゆるやかで、人と人との関わり合いもとても暖かい。今見えなくなってしまっただけで、私たちのまわりには物の怪や気がいっぱい充満しているのだと信じたくなります。(と、周囲を見回してこんな大都会にそんな余裕があるのか再度不安になる)喧噪に流されそうな毎日、これ読んで一休みしてみませんか?
 オススメしたい方は多々あるものの、今市子さんの『百鬼夜行抄』好きには絶対オススメ!

やんぐとれいん
トリップ
【光文社】
角田光代
定価 1,680円(税込)
2004/2
ISBN-4334924255
評価:B
 一人一人の人生が糸になってより合わさることで、歴史の大きな流れが出来ている。どこかの本で読んだセリフです。町を構成している要素もそんな感じなのね…と思わされる作品でした。LSDでトリップするのを趣味にしている専業主婦とか、肉屋の若夫婦とか、普通なんだけどちょびっと普通じゃない人の毎日が綴られています。毎日からの逸脱を求める気持ちってのは誰にでもあるんだろうけど、ちょっとずれている人たちを主人公にして一人称で書いたことでこの欲望がよりくっきり見えてきているのです。上手いなぁ。
 とはいっても、最後に大団円が用意されていて前向きな気持ちになることを想像して読み進めると裏切られます。少なくとも私は裏切られました。どっちかというと脱力系小説ですね。でもねぇ登場人物諸君、もう少し自分の力で現状を切り開く努力をしたほうが良いんじゃないですかねぇ?いくらなんでも倦みすぎだよ。

食べる女
食べる女
【アクセスパブリッシング】
筒井ともみ
定価 1,470円(税込)
2004/3
ISBN-4901976087
評価:B+
 「人間の欲望のうちで、食べたり眠ったりは自分で処理できるけど性欲だけはぜったい人に迷惑をかけるんだ」と言った人がいて、なるほどなぁと思ったときにタイミング良くこの本を読んでいました。迷惑をかけるかどうかは別として性欲と食欲にもどうやら浅からぬ関係があるみたい。
 短編集なんですけど、ここに出てくる女性陣はよく食べる・よく飲む、そしてよく愛する。恋愛もセックスもかけひきではなく欲望に近いところでやっている感があって、これがなんともエロティックなのですよ。これがまたどこぞの超高級レストランの食事とかではなくて、あくまで台所で、近所の居酒屋で繰り広げられるお話だから体温もちゃんと感じられます。体の栄養・心の栄養をちゃーんと採っているオンナは生命力も恋愛力も強いっていうことをしみじみ感じました。『負け犬の遠吠え』を読んで自分の負け犬っぷりに打ちのめされている人には良い栄養になるはずです。

父さんが言いたかったこと
ぼくたちは何だかすべて忘れてしまうね
【平凡社】
岡崎京子
定価 1,260円(税込)
2004/3
ISBN-4582832121
評価:B
 カリスマ的人気を持つ岡崎京子の初文芸作品、だそうです。マンガの方を読んだことがなかったので、そちらと対比しての感想を述べることができないので申し訳ないです。
 こういう今にも崩れそうな危うさを持った雰囲気ってハマる人が多いですね。読み始めた頃はカリスマがカリスマたる所以を理解しようと思って肩肘をはっていたのですが、中盤くらいで率直に書いてある言葉を受け止めるだけで良いのではないかと思い始めました。そうなってようやく文章にとけ込めた気がします。とけ込んでみても痛いものは痛かったけど。
 愛情を証明するために自分を傷つけずにはいられない女の子が出てきます。誰の心にもきっと潜んでいるであろうこういった不健康さを、我がことのように受け止められた時期もあっただろうに、今は客観的に読めてしまったのがちょっとショック。大人になったというか年をとったということなんですかね?

トゥルー・ストーリーズ
トゥルー・ストーリーズ
【新潮社】
ポール・オースター
定価 2,100円(税込)
2004/2
ISBN-4105217089
評価:B
 お恥ずかしい話ではありますが、オースターの本って今まで読んだことがなかったのですよ。でももちろんその名前と存在の大きさは知っています。そんな大作家が日本のファンのために自ら目次を組んだなんて聞くとそれだけで嬉しくなりませんか?(我ながら単純だなぁ)
 内容はエッセイで、若い頃の貧困生活から最近思うことつれづれまでが綴られています。なによりも心を動かされたのは、人を繋ぐ奇妙な縁と偶然がこんなにも沢山存在しているのだということ。そしてオースターという人はそれを素直に受け入れて小説を描き続ける人なんだなと感じます。宗教家と小説家の大きな違いはここで神という存在に一直線に向かうか向かわないかなのかもしれませんね。
 装丁もステキです。カバーを外したときの高級感がこれまたいい!持って歩くだけで頭が良くなったような気分が味わえました。

霧けむる王国
霧けむる王国
【新潮社】
ジェイン・ジェイクマン
定価 2,730円(税込)
2004/2
ISBN-4105440012
評価:C-
 モネ×猟奇殺人=?どうしてモネなんだろう…あまりにも多くの要素が混じり合った小説なので、そこの深い意味まで読み解くまでに至れませんでした。私がこの話を理解するためにはもう少し何らかの助けが必要です。うー、釈然としないよう。
 猟奇殺人ものは好きではないんですが、ここで書かれている殺人事件はそれほどまでにグロテスクなものではなかったです。(まあ、酷いことは確かですが)あとは登場人物の印象が薄いので誰が誰やらわからなくなってしまうことが残念でした。長い物語を読んでいく過程でなんとなく人物像が絵になっては来ますけれど、もっと早い段階でわかりやすい説明をしてくれないと、事件のインパクトごと薄れてしまいます。全体的に深い霧の中に包まれたようなそんなお話でした。あ、でもモネの絵はやっぱりステキですね。

バイティング・ザ・サン
バイティング・ザ・サン
【産業編集センター】
タニス・リー
定価 1,344円(税込)
2004/2
ISBN-4916199588
評価:C
 新刊採点を始めて以来、課題図書になっていなかったら絶対読まなかっただろうなという作品にいくつもあいましたが、この本はその筆頭です。サイバーでパンクな感じな本の作りと内容。間違いなく手にとらなかったでしょうし、読んでいても途中頭が痛くなったりして放棄しそうになったこと数回。でも最後まで読み通してみると考えることと感じることがいくつもありました。食わず嫌いはいけませんね。
 性も体も自由に取換えられ、死からも開放されて享楽だけを味わっていられるのに主人公たちはなぜか倦んでいます。ものは全然異質だけど、彼らが身を浸す快楽からは『ドリアン・グレイの肖像』的耽美さを感じます。それが極彩色で迫ってくるからなかなかの迫力でした。うんざりするくらいたっぷりな退廃感を味わいながら到達したエンディングは、意外と奇をてらっていなくて生命力を感じるものです。あぁふつうの世界に帰ってこられて良かった…