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平野 敬三の<<書評>>



魔風海峡

魔風海峡(上下)
【祥伝社文庫】
荒山 徹
定価 650円(税込)
定価 670円(税込)
2004/8
ISBN-4396331851
ISBN-439633186X

評価:AA
 高校生の時に初めて夢枕獏を読んだ時の興奮を思い出した。そう、確かこんな感じの言いようのない高揚だったはずだ。圧倒的なスピード感、度肝を抜く忍術の数々、歴史の闇を暴いていくスリル、思わず血がたぎる真摯な戦士たちの熱いロマン。すごい作家がいたもので、今まで未読の我が身を猛烈に恥じた次第。崇高な志を持った男や女が縦横無尽に活躍する冒険活劇でありながら、まったく浮世離れの感がないのは、作者の作品に込めるメッセージが明確だからだろう。そして「弱き者たちの物語」でありながら、ベタベタ湿っぽくなることがなくむしろ爽快な終焉を迎えることがすなわち、弱者に生まれてくることそれ自体は決して不幸ではない、という作者の、そして登場人物たちの強烈な意思表明に他ならない。この「多くを語らず読者に多くを感じさせる」作者の語り口の魅力をひとりでも多くの人に堪能いただきたい。

迎え火の山

迎え火の山
【講談社文庫】
熊谷 達也
定価 900円(税込)
2004/8
ISBN-4062748371

評価:B+
 人間の描き方にどうしても違和感が残る。個人の内面に肉薄しながら、肝心のところをするっと素通りしてしまっているような感じがして、最後まで登場人物たちの息吹は感じ取りにくかった。がしかし、霊的な存在を含めた物語世界の描写は群を抜いている。そこでは、個人の内面など取るに足らない要素だ。そう思わせる圧倒的なエネルギーがこの小説には溢れている。そして、物の怪やら死霊やらが飛び交う荒唐無稽なホラ話一歩手前の物語を、現代を舞台に展開させたところも本書の特徴だろう。京極堂シリーズを現代を舞台に成立させられるかと想像してみれば、それがいかに至難の技か分かるのではないだろうか。著者は現実と虚構の世界を混在させながら、おとぎばなしやファンタジーではない、もうひとつの現実というべき不思議な世界を活き活きと描く。物語の生命力に作者までもが振り回されてしまった、幸福な作品である。

嫌われ松子の一生

嫌われ松子の一生(上・下)
【幻冬舎文庫】
山田 宗樹
定価 600円(税込)
定価 630円(税込)
2004/8
ISBN-4344405617
ISBN-4344405625

評価:B+
 典型的な「女の転落話」である。あまりに定型化された不幸のオンパレードも、ここまで徹底的に描き抜けばそれはそれで痛快なものだ。親身になってくれる友人よりも、さっきまで自分を殴り付けていた男の方を信じるような、どうしようもない女が主人公でありながら、この物語から目を離せなかったのは、単純に僕がそういう女性に弱いからだろう。男を見る目がないだの、人生における目標がないだの、解説でぼろくそ言われ、実際僕もそう思うのだが、ちょっと待ってよ、俺だって女を見る目はあるとは胸はれないし人生の目的なんてあるようなないようなそんな状況なのだ。すがってはいけないものに、松子がすがってしまう瞬間。信じるべきでないものを、松子が信じようと心に決める場面。それがNGであることを知りながら僕はそれを愚かな行為と思わない。別に同情も共感もしないが、なんかそういうもんかもな、としみじみ読んだ。ただ、如何せんラストが不満。もっと鮮やかなカタルシスがほしいと思うのは、僕がまだまだガキだから?

真昼の花

真昼の花
【新潮文庫】
角田 光代
定価 420円(税込)
2004/8
ISBN-4101058229

評価:A
 生きていること、そして生きていくことの途方のなさを、上手に人に話すことができない。だから、角田光代の小説を読むと少し安心する。僕が語ることのできなかった「あの感じ」がいつもそこにはあるからだ。無意味に焦ってみたり、急に不安にかられてみたり、意図に反してドギマギしたり、日常生活というやつはなんだかひどく落ち着かない。それなのに、いかにも手慣れたものとして「毎日」を扱ってしまう。そんな自分にふと気がついた時、本書を手にとってみてほしい。
「あんた、何やってんの?」。そんなオオバくんの問いが怖い。怖いからこそ、必死に何かをやっているふりをしてしまう。何かを目指しているふりをしてしまう。しかし実のところ、何やっているんだろう……という呟きから何かが始まっていくのではないか。生きていくことに途方に暮れてしまっている誰かの背中をそっと押してくれる、そんな力を持った小説である。

ダーク・レディ

ダーク・レディ(上下)
【新潮文庫】
R・N・バタースン
定価 各700円(税込)
2004/8
ISBN-4102160159
ISBN-4102160167

評価:B+
 基本的に僕は「耐える女」が好きだ。理不尽な抑圧、職場環境の悪化、自身の欲望。様々なものからじっと耐え抜くその姿に、実に弱い。ゆえに個人的には、ステラ・マーズはサスペンス小説の主人公としてほぼ百点に近い。特に、部下であるマイケルとの関係は、恋愛関係において思いの丈はすべてぶちまけないと気がすまない僕にとってはたまらなく神々しい。ただ単に禁欲的というだけなら、ここまで心を動かされない。そこに、痛々しいほどの葛藤があるから、野心家のエリート・キャリアウーマンがいとおしく思えてくるのである。前半、やや物語に盛り上がりが欠け、登場人物をうまく把握できない状態にイラついたが、中盤の淡いロマンスからクライマックスまでの重厚でありながら畳み掛けるようなスピード感も併せ持った展開に、寝る暇も惜しんで没頭できた。控えめなエンディングも気持ちがよい。