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和田 啓の<<書評>>



蒼穹の昴

蒼穹の昴(1〜4)
【講談社文庫】
浅田次郎
定価 620円(税込)
2004/10
ISBN-4062748916
ISBN-4062748924
ISBN-4062748932
ISBN-4062748940

評価:AAA
 志賀直哉は他人の文章を褒める際「目に見えるようだ」と評したというが、本作も創作とは思えないレベルに達している。落日の清王朝への列強進出の中、一国の歴史の大転換をこの目で見、人間ドラマを体感し、一大スペクタクルを登場人物と共に体験した。本を読む行為を超え壮大な歴史に立ち会っているという感慨すら抱いた。
 おぞましいまでの浄身の描写があり、想像を絶する過酷な登用試験・科挙の実態に物語は触れつつ、主要人物は歴史の表舞台に立っていく。魅力的な人物が運命的に出会い、競い合う姿は美しい。傑物たちが持つ胆力ややさしさが胸を打つ。胡弓の音色を奏でながら五千年の歴史を超え万感の思いを込めたフィナーレをやがて迎える。夢や希望、憧れ、永遠。筆者は、生命が誕生する瞬間のような蒼穹(あおぞら)に輝く星(すばる)に喩えた。あなたの心の中に昴は生き続けているだろうか。


Close to You

Close to You
【文春文庫】
柴田よしき
定価 710円(税込)
2004/10
ISBN-4167203111

評価:C
 大手企業に勤め、安定した給料を得ていた三十三歳の主人公は理不尽な会社に愛想を尽かし、専業主夫になる。生活には困らないよ。妻もいい給料をもらっているから。東京郊外のマンション。朝早く会社に行き、残業で深夜帰宅する生活では見えなかった日中のマンションの様子。近隣住民の眼。自治会の運営。そしてあらためて知る自分の妻。まさに「真昼中は別の顔」の世界が主夫の生活を通じて展開される。
 忙しさからほとんど寝るためと化しているマンション住民は多いだろう。とくに若い層は自分のことだけを考えがちだ。最低限の規則を守って生活していればそれで済むのだという一方的な解釈。現実はそうそう単純では済まないのだけれど。マンションとは集合住宅なのだと再認識。だけどこういう展開になるとは。


若い読者のための短編小説案内

若い読者のための短編小説案内
【文春文庫】
村上春樹
定価 470円(税込)
2004/10
ISBN-4167502070

評価:B
 気鋭の評論家にして村上春樹のよい読者でもある内田樹が近著で、近年の若い人の際だった特徴を「特定ジャンル」への関心の集中であるとしている。興味のあるものに対しては異常に詳しいのだが、自分の「知らないこと」になるともうお手上げであると。
 教養のない私も本書で取り上げられている、いわゆる第三の新人作家の中でよく読んだのは吉行淳之介のみ。小島信夫、安岡章太郎、庄野潤三も未読。長谷川四郎に至っては名前すら知らないあり様。彼らの短編小説をあの村上春樹が解読し、戦後日本文学史に位置づけ、各々の作品の自我(エゴ)と自己(セルフ)の関係を詳らかにしている。
 ここには村上春樹のもうひとつの貌が見える。映画やJAZZといった感性の春樹ではなく、作家として日本文学を愛読している彼の実生活が透けて見える。


旅行者の朝食

旅行者の朝食
【文春文庫】
米原万里
定価 490円(税込)
2004/10
ISBN-4167671026

評価:A
 どの国の人々にも、その人を故国に結びつける基本的な食べ物があるという。宗教心や愛国心の方向性をも左右する強大な威力を秘めたもの。日本人にとって、それはご飯であると筆者はいう。
 少女時代の五年間を外地で過ごし、その後も仕事柄海外生活が長かった筆者自身の経験に則した食の実感エッセイ集。非アジア圏内を旅しているときに日本食に恋焦がれた人は多いだろう。ラーメンや鰻重、牛丼といった「汁が滲み出てくる系」に我々は特に弱い。空腹は最良のスパイスにして人の想像力は無限である。グルマン米原万里は天晴れなまでに健啖家。その快活さ、あけすけのなさは底抜けに気持ちがいい。贅肉は有事の貯金だとまでいい切る心地よさ。こういう人と友達になりたい。
 量は質に転化する。大食いにも三分の理。巨匠開高健の女版。味覚ほど保守的なものはないというが、新潟人の私として、ご飯とは粘り気と光沢、輝きであると断言したい。


犬と歩けば

犬と歩けば
【角川文庫】
出久根達郎
定価 580円(税込)
2004/10

ISBN-4043745028

評価:B+
 出久根達郎。出久根さんの著作を批評させていただくなんて10年早い気がする。古本屋の主人にして直木賞作家。作品を超えたその生き方に憧憬の念を抱いてきた私である。書評するなんて畏れ多いのだ。入門仕立ての落語家がいきなり真打ちの師匠と対峙している気分である。
 愛犬ビッキと歩んだ日常が生き生きと点描される。日々の営みの中で講演会に呼ばれることもあれば、台風に遭ったり、書棚を改装し腕の立つ大工に感心したり、颯爽とした社会人野球の応援に胸が洗われる思いをする等身大の筆者がいる。読者は、犬のことが片時も頭から離れない愛すべき人柄に触れることができるだろう。
 若い時分から書生をされていただけあって、文章から漂う恬淡とした自意識と他者への気遣いのバランスが絶妙だ。まさに大人(たいじん)の風格である。大晦日に京都を旅する随筆は白眉。

ニガヨモギ

ニガヨモギ
【ちくま文庫】
辛酸なめ子
定価 567円(税込)
2004/10
ISBN-4480420118

評価:C
 今や飛ぶ鳥を落とす勢いの漫画家・辛酸なめ子である。なんてったって連載数が半端じゃない。お顔は清楚で可愛らしいが、絵は汚いよ。ドギツイし。
 恋愛、性、食べ物、ダイエット、英会話、ペット、海外旅行・・・・・・いまどきのOLが好きそうな綺麗お洒落なテーマが木っ端微塵に弾劾(粉砕!?)されている。露悪的でナンセンスの極みにまで。ananや黒田知永子が載った雑誌にはまるで縁がないというふうに。
 行き過ぎた消費社会に警鐘を鳴らす福音として彼女は登場したのだろうか?ただし作風は好き嫌いがハッキリします。帰りの通勤電車の中で読んだ私は余計疲れてしまいました。