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石の葬式
石の葬式
パノス カルネジス(著)
【白水社】
定価2520円(税込)
2006年7月
ISBN-4560027471
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  川畑 詩子
 
評価:★★★
 地中海からも中央からも遠く離れたギリシアの寒村。近代化から取り残されて衰退しつつあるこの村は、どこか神話の世界ともつながっているような奇妙な場所です。
 祭壇に飾る花を他家から失敬する神父や、水で薄めた酒を売るカフェ店主のように小ずるくて非常に人間くさい者たちと、地下室で育てられる双子や鑞で固めた鳥の羽で空を飛ぼうとする男のような神話的人間とが隣り合って日常生活を営んでいます。
 悲劇や喜劇が描かれた中編もあれば、淡々とした短編も並ぶ作品集は、村の一代記といったところ。巻頭に引用されている詩はこの村の記念碑のようです。全てにさびれた雰囲気が漂っていて、成功者や絵に書いたような幸福な人は一人もいないのに魅力的な村。
 村に押しよせる近代化の波や政治の動乱も書き込まれていて、ギリシアの田舎を集約するとこういう場所になるのかとも思わされました。

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  神田 宏
 
評価:★★★★★
 いつとも知れないギリシアの谷間の寒村で繰り広げられる摩訶不思議な幻想短編の連作。ケンタウロスがサーカス団の待遇を愚痴れば、蛇女がそれを慰める「サーカスの呼びもの」。鳥好きが嵩じて七面鳥の羽を怪しげな装置に蝋で貼付け教会の鐘楼から飛び立つ『応用航空力学』。時代錯誤の話ばかりなのだが、おそらくこれは現代なのだ。(話の中に朝鮮戦争が出てくる)にもかかわらず、近代化から取り残された村には共同体としての呪詛というか呪縛といったものが色濃く残っていて、人々はまるで写真家ダイアン・アーバスの撮ったフリークスみたいな連中ばかりだ。近代化VS土着みたいなテーマは多くの作品に見られるが(日本では立松和平の『雷』シリーズみたいなイメージ)そこに悲哀や気味悪く沈殿してゆく恨みと言ったものは微塵も感じられない。それはギリシアの乾いた大地がそうさせるのか、作者の意図したところなのかは分からないが、近代化の大波に飲まれダムに沈もうとしている村に人々が戻ってくる最終篇の「アトランティスの伝説」は悲しみを通り越して滑稽ですらある。そして、その滑稽さの笑いの中から確かに「文学」の手応えが立ち上ってくるのだった。

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  福井 雅子
 
評価:★★
 ギリシャの寒村の人々を描いた短編集だが、あるひとつの村の出来事を連作で書いていて、全体でひとつの長編小説となっている。静かに破滅に向かってゆく村という設定で、その「破滅」が何を意味するのかは物語の最後まで明かされないまま、全体を通してどこか陰鬱な空気が流れている。登場人物は決して善良で素朴な人々ではなく、皆少しずつズルかったり道徳に反することをしていて、ある意味人間くさい。
 文明から取り残されたような寒村を舞台に、何かが少しずつ狂っているような人々が織りなす物語なので、現実のような現実でないような不思議な話である。全19編のなかにはちょっととぼけた話もあるのだが、全体を覆う空気がどこか暗いので、ほのぼのとした気分にはなれなかった。短編集としての質は高いと思うが、この陰鬱で不思議な雰囲気になじめるかどうかで読者の評価が分かれると思う。

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  磯部 智子
 
評価:★★★★★
 敷居の高そうな端正な装丁、帯の謳い文句、神経症的なあるいは不条理な世界を想像していたら全く違った。物語として非常に面白い連作短編集。舞台はギリシアの寒村、大地震から始まり、ハルマゲドンだと叫ぶ神父がいて(呆然)双子を地下室につなぐ父がいる(凍りつく)あわや復讐劇に転じたかと思ったら……読み手が抱く神々の国ギリシアへの憧憬とヨーロッパの貧国のひとつ(1960年代)という偏見を煽るだけ煽って……その隙間からふと姿を現す現代。作家のクスっと笑う顔を見たような気がして、夢から覚めた気分でいるとやはりそこには過去が混在する不思議さがしっかりと残る。カルネジスはギリシア人だがイギリスで創作を学び英語で執筆する。その為、ギリシアの原初的な風景を知る強みと、イギリス人の視点・人を喰ったようなユーモア感覚を併せ持つ。オウムはホメロスを暗誦し、半身半馬の衣装を着けたハゲで酔っ払いのケンタウロスは本物だと言い張り、医師免許を持たない医者がいる村。そこにも容赦なく時代の流れは押し寄せ「不公平な大海原」が一気に村を飲み込む。その喪失感と発展のあわいが伝説になった終幕にうなる。

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  林 あゆ美
 
評価:★★★★★
 村に住む人間はとても濃く、閉鎖的。そのギリシアの寒村に大地震が襲った。神父は最後の審判の時が来たとあわてふためき、実際、多くが崩壊していった。地震がおさまったあと、墓地は無惨な姿をあらわにした。無数の穴があき、建物は破壊され粉々になり、棺は地上に投げ出された。村人と神父は棺を元どおりにすることはあきらめ、新しくつくることにした。骨がまざらないように、印をつける作業をしているとき、神父は新たな罪を見つけ憤った。表題作「石の葬式」のこの話から連作短篇ははじまる。
 想像したくないような残酷なことが村でおきていた。読んでいくうちに解き明かされるその原因。煮詰まりそうな濃い人間関係がからみあい、過酷さが浮き彫りにされていく。もともと、よきことなど滅多に村人におこらず、卑屈になったり単純に人に優しくもしないことが、ふつうに受けとめられる。でも、悪人には描かれていないので、村人らの行動に、ついくすりと笑ってしまう。神父でさえ、敬けんな人物からはほどとおく、人間くさくずるがしこいのだ。いやなところとともに、ゆるせるところも描かれている懐の深さがある。時がいったりきたりしながら書かれた19の短篇に耳をすますと、ふしぎな読後感が待っている。

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