第5回

 オレは一枚ガラスの重たい扉を開け玄関をくぐると、右手にあるエレベーターで総務部のある4Fに上がって、同期入社のYとWと共に入社のための書類にせっせと署名、捺印を済ませた。
「大橋君はずいぶん変わったねぇ」
総務部長の一言。
 
 大学入学当初から髪にクルクルのパーマをかけ、近視メガネをコンタクトに変えていたのだが、流石にそのままで就活するわけにもいかず、髪を七三に分け、メガネを新調していた。もちろん、履歴書の写真もそういう顔。それをブラジルに渡る前に元に戻した(角川映画「蘇る金狼」の朝倉並の変容というと判り易いかもしれない)。パスポートにも同じ写真を使ったのだが、出入国で咎められることもなく済んでいたので、自分では見た目の印象がそんなに変わったと思っていなかったのだが、そうではなかったようだ。真黒に陽焼けしていたせいもあって、
「入社予定だった早稲田の大橋君は、ブラジルで行方不明になり、代わりにブラジル人の大橋クンが入社してきた」
と、その後20年経ってもいわれ続けた(そんなわけねえつーの!!)。
 
 配属は、事務手続きが済んでから、最上階の社長室へ連れて行かれ、社長直々に賜った。
「君たちは幹部候補生ということで採用したから、頑張ってください」
(確か募集には、新入社員募集とあったはず、大体、幹部候補ってなんなんだ? 新人の時からそんな冠つけられたら、これから仕事する諸先輩とやりにくくならないか?)
「幹部」と聞いた瞬間、そんな考えが頭をよぎる。この話は、社長室でボーナス(当時は年3回)を社長から直接渡される際にも、毎回聞かされることになる。助かったのは、その認識はトップのごく一部の間だけのもので社内的に告知されてはいなかった点だ。おかげで諸先輩方と仕事がやりにくい事もなかった。それで、いつもボーナスを受け取って、デスクに戻り、編集長に、
「社長から何か言われたか?」
と訊かれても、
「いいえ。特に」
と茶を濁していた。

「Wクンは「Don't」、大橋クンとYクンは「投稿写真」か「性生活報告」」
(って、配属、ちゃんと決まってないじゃん)
 当惑が顔に出たのか、社長はチラッとオレの顔を見て、
「といっても、この後、編集部に行くのだから、決めとかないとな。じゃ、今から編集長を呼ぶから、仮で大橋クンは「投稿写真」、Yクンは「性生活報告」ということにしよう」
 30秒後、ノックの後、社長室のドアから堀川編集長が顔を覗かせるや否や、社長は、
「おお、堀川、こっちに決めたけど、こいつでいいか?」
と聞く。
「はい。結構です」
(まだ、海のものとも山のものともわからない新人を選べと言われても困っちゃうよ)という感じの笑顔を浮かべながら答える堀川編集長。
 
 こうして、オレは「投稿写真」に配属が決まった。
 念のために書いておくと、新人の配属が決まっていなかったのは、この年くらいで、その後は新人歓迎会前にきちんと決まっている(年によっては募集する段階から)。この年は3月の定期人事異動と「Don't」創刊のための新編集部の創設などいろいろな要素が重なったために新人をどうするか、決めあぐねていたようだ。