第76回

(高円寺でその手の写真集がありそうなトコは、北口と南口に一軒ずつだな。まずは、その2つを廻って見つからなかったら、他も見てみよう)
 中央線の快速に揺られながら、高円寺の古本屋の位置を思い出す。高円寺は、学生の頃、椎名さんに探してくれと頼まれていたハヤカワの文庫本を見つけた場所でゲンもいい。
 まずは、北口の古本屋に足を運んだ。店先にビニール袋に包まれた男性向けのグラフ雑誌がこれでもか! と言わんばかりに積み上げられている。
(こりゃ、探しがいがありそうだ)
 5、6冊まとめてつかみ上げて、背の部分を確かめる。雑誌が多いせいか、平綴のものは少ない。20分近くかけて、すべてチェックしてみたが、発見できなかった。
 いきなり一軒目で見つかるとは思っていなかったので、落胆することもなく目星を付けていた南口のもう一軒に向かう。そこは、ここ2、3年でできた新興の古本屋で、本の種類ごとに棚を分け、きちんと整理されていた。レジ横に写真集の棚を発見、きれいに背を向けて並べてあるので探しやすい。
(最上段...なし。2段目...なし...)
 脳みそに焼きつけた背のデザインと同じものはないか、目を皿だ。普段の校正では誤植を見逃すことはあっても、こういう時には狙ってるものを見逃すようなことは絶対ない自信がある(笑)。
(3段目...なし。4段目......んっ)
 記憶していたのと似た写真集があった。すぐに棚から取り出し、表紙を確かめる。
 ビンゴ!!
 頭の中をファンファーレがこだました。ドラクエだったら"ユウシャユキヒサハ シャシンシュウヲ テニイレタ。カシコサガ1Pアガッタ。チカラガ3Pアガッタ..."とスーパーが入っていたに違いない(笑)。
 ヨッシャー!! と飛び上りたい気分を必死に抑えながら、周りを見回す。これは、レアものを見つけた時に誰かに横取りされるのではないかと警戒する(もちろん、そんなことはありえないのだが)オレの癖だ(笑)。
 胸をバクバクさせながらレジに向かって勘定を済ます。後に、防犯協会に4万枚のポスターを破棄させ、「噂の真相」編集部の電話を3ケ月間鳴りっぱなしにしたスクープの原価は、たったの500円だった。

 石川誠壱は、中身まで見せてくれなかったので、すぐにでも中を確かめたかったが、中央線の電車の中でロリータ・ヌード写真集を眺めるワケにもいかず、編集部に着くまで写真集は古本屋の紙袋に入れたままにした。
 編集部に着くや否や、破かんばかりの勢いで袋から出し、包んでいるビニールを引きちぎって取り出した写真集のページをめくる。
(どれだ? どれだ!?)
「リトル・エンジェルス」は、8人の少女が登場するオムニバス写真集で、小川範子は5人目に"SHIGEMI"という名前で登場していた。6歳の頃とはいえ、面影が残りすぎるくらい残っている。しかも、小川範子の名は芸名で、本名は谷本重美。赤の他人だとしたら、偶然にも程がある。
(100%、間違いないな。大スクープだ!!)
 オレは、確信した。
 すぐに編集長に報告に向かう。
「見つけましたよ、堀川さん」
「見つけたって何を」
「小川範子の写真集ですよ。さっき、高円寺に行ってたんですけど、そこの古本屋で見つけたんです」
 これだ!! とばかりに写真集を編集長に差し出す。
「ほぉ、これが...」
 編集長が、受け取って写真集をパラパラやりだすと、オレはどんなオホメの言葉が飛び出すやらとワクワクしていた。
「これは、本物に間違いないな。でも、ウチじゃ使えないよ」
(えっ...)
 大スクープを見つけてアドバルーンくらいに膨れ上がった喜びが、急速にしぼんでゆく。
「そうですか...」
(なんで、こんな大スクープを使わないんだよ!!)
 胸の中で毒づきながらも、編集長がダメと言ったらダメ。オレはナエナエになりながら、自分の席に戻り、写真集を机の一番下の引出しの奥にしまった。落ち着くために飲んだコーヒーは、何の味もしなかった。

 今になって思えば、当時の「投稿写真」は、前述の通り、マニア向けアイドル誌として静かなるリニューアルを終えたばかり。スクープとしてのパンチラは掲載するが、アイドルのスキャンダルを載せる雑誌ではない。いくらアイドル絡みとはいえ、そこであんな爆弾まがいのスクープをしたら、芸能界や読者を敵に回しかねない。そうなれば、手間暇かけて完成した折角のリニューアルの意味がなくなってしまう。おそらく、この時の編集長の判断は、こんなトコだろう。
 だが、編集経験2年足らずのオレは、そこまでの大局観を持っていなかった、というより目の前の大スクープに目どころか心までクラんでいた。使ってくれない編集長を恨むようなことはなかったが、気分の高揚と落胆の天国と地獄を一日の内に味わい、ただただ落ち込むだけだった。