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3月1日(金)山田高司さんの教え

9時半出社。

午前中、デスクワークの後、午後からは、2017年5月号の「国語教科書の悦びと哀しみ」の取材以来、毎年恒例となった教科書販売のお手伝いのため西荻窪の今野書店さんへ。

倉庫に山のように積まれた教科書を、大学生5人に混じって、2つの高校に運び入れる。

なぜ私が肉体労働が好きなのかというと

一、身体を鍛えられる

二、ご飯が美味しくなる

三、酒も美味くなる

四、よく眠れる

五、達成感がある

からだろう。

段ボール約300箱を運び終えると6時。慌てて府中にある辺境スタジオへ向かう。本日は植村直己冒険賞受賞記念で、高野秀行さんと山田高司さんによるオンラインイベント「辺境チャンネル」の配信なのだった。

山田高司さんは高野秀行さんとともにイラクの湿地帯を旅し、『イラク水滸伝』のパートナーとして活躍したのはもちろんのこと、高野さんが「隊長」と呼び、最も尊敬する探検家なのだった。

そんな山田隊長は幼き頃、高知の辺境で全身に自然を受け入れながら過ごし、農大探検部では、山と川で日本トップになるほど探検力を鍛え、その後は様々な土地のもっとも下にある「川」という視座を旅して世の中を見つめ、世界中の国々に木を植えるプロジェクトをしてきた人だ。

たくさんの言葉が胸に響いたのだが、その中でも、「一度切った山は自然に戻るまで200年かかる。それはアメリカの原住民が、『7世代先のことを考えて物事を行え』と言っているのと一緒だ」ということだった。

山田さんが一本一本植えている木が、木として成熟するまでに200年かかるということは、山田さん自身はその成果を見ることはできない。それでもずっと先の人の暮らしを考え、山田さんは木を植えたり、山を整えているのだ。

翻って、私の仕事だ。

本は長く読まれるもの、とかつては言われていたものが、もはや2週間や1カ月の売上でその本の価値を判断していたりする。

かつてとある編集者に本作りの目標をたずねた時のことを思い出した。その人は「1000年読み継がれる本を作りたいです」と答えたのだった。

これがそこらの編集者が言ったのなら鼻で笑ってしまったかもしれないが、その人は実際に1000年以上前に書かれた本と格闘しているので、説得力が違った。

またスッキリ隊で一緒に活動している古書現世の向井さんが話していたことも思い出した。

「どんなに売れてもあっという間に均一台でも売れなくなる本もあり、ベストセラーでなくても10年、20年、50年と古書として価値を持ち続ける本もある」

私はこれまで50軒以上買取のお手伝いをしてきたが、ほんとにゴミのように本が捨てられていく現場を何度も見てきた。その中にはみんなの知ってる本や本が出たときには脚光を浴びた本も多数あり、あっという間に賞味期限が切れた本は、そうしてゴミとなっていくのだった。

日頃、物事を深く考えたりしない私でも、さすがに何を作っているんだろうと考えてしまう。また、私はどちらを目指したいのだろうとも考える。

山田さんの言葉でもう一つ心に刺さったのは、「(木を植えるのを)一万本目指すなら、目標設定は10万本にしなければならない。そうすれば3万本は楽に植えられる」とのことだった。

これは打率10割を目指したイチローと同じことだそうで、山田さんはこれまで目標設定の10倍を目指して活動してきたらしい。

先ほどまでの話と真逆になるのだが、これは営業として刮目する考えだった。

一万部の本を売ろうと思ったら、私はこれまで一万部を目標にしていた。そして結局、5000部や7000部で終わる。それは取り組み方に元々甘えがあったからだと気付かされたのだった。

結局、未だ私は何を目指しているのかはっきりしない。7代先の読者に向けて本を作るのか、売れるものを作りたいのか。

山田さんや高野さんは、精神的にそのどちらも目指しているような気がした。実は、それを「探検」と呼ぶのかもしれない。

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