11月3日(日)柿

あれはどこの書店員さんから聞いたのか、あるいは書店員さんが書いた文章で読んだのか忘れてしまったのだけれど、その書店員さんがイベントで勝間和代さんに会ったとき、「勝間さんが小さな約束を守るのが大切と話していたのを聞いて自分もそうするようにしている」とおっしゃっていたのだ。私もその教えをまた聞きして以来、その言葉がずっと胸に残っていた。

去年の年末、父親の親友で共に町工場を営んでいたおじさんから一緒にメシでも食おうと誘われ、その最後に出てきたのがおじさんの家の庭に植えてある柿の木から採れた柿だった。

聞けば82歳になるおばさんがハシゴをかけてもいでいるというではないか。あぶねえだろそれっと思って、来年は俺がもぎにきますよと申し出たのであった。

それがずっと頭に残っていた。道を歩いていたり、ランニングをしていて柿の木が目に入るとその色づき具合を確認していた。おばさんが覚えてるかどうかわからないけれど、私の中では約束したことになっていた。でも正直めんどくさいといえばめんどくさいし、時間もない。そもそも私は柿が好きじゃなかった。

伊野尾書店さんの本の産直市が雨で日程変更になり、事務の浜田がその初日に行くことになった今日、母親は介護施設に預けたままでぽっかり時間が空いていた。電話をして父親の親友の家に行くと、おばさんはハシゴと枝切り鋏を持って待っていた。

「今年はツグが取ってくれるって言ってたからもがずに待ってたんだよ。ちょうどいいくらいに実ってるよ」

ハシゴに乗って、ときには枝にしがみついて、1時間ほどかけて200個ほどの柿を収穫した。筵に並べた柿が、沈む夕日のように輝いていた。

11月2日(土)THE FOOLS 愚か者たちの歌

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雨のため伊野尾書店さんで開催される予定だった「本の産直市」が、明日、明後日に順延となる。先週は神保町ブックフェスティバルで土日出勤していたので、あやうく14連勤になるところが12連勤で済んだので、私と事務の浜田にとっては恵みの雨となった。

バイト先に娘を送り、午前中だけパートにいく妻を見送ると、昨日観てすっかり魂を持っていかれた「THE FOOLS 愚か者たちの歌」を最初から観直す。

自分がいつから真面目に生きるようになったのかというと、八重洲ブックセンターでアルバイトを始めたときからだった。それまでの学校生活では遅刻早退欠席繰り返し、先生とは毎日反目し合っていたのだ。

それがアルバイトを始めて一気に真面目になったのは、八重洲ブックセンターの人たちがそれだけ誇りをもって働いていたからだ。何も知らずにバカにしていたサラリーマンと呼ばれる人たちが、こんなにかっこよく生きているとは思いもしなかった。実際の社会に出た私は、レジに立てば膝が震え、お客さんの問い合わせには何も答えられず、使いものにはならなかった。

「THE FOOLS 愚か者たちの歌」は、金の匂いのするメジャーシーンに背を向け、演奏する自分たちと呼応するオーディエンスと、そして爆音を鳴らせる箱(ライブハウス)さえあればいいと、長きに渡ってアンダーグラウンドの帝王と君臨してきたバンドを追ったドキュメント映画だ。

恥ずかしながら告白すると、私はひと月前までTHE FOOLSを知らなかった。映画のことも知らなかった。40年前埼玉の郊外に住んでいた中学生には、この伝説のバンドは届かなかったし、映画を観ない私には異例のロングランとなっている話題も耳に入らなかった。

毎日聴いているロバート・ハリスのラジオ「Otona no Radio Alexandria」に、この映画の監督である高橋慎一氏が出演し、映画の話と一曲だけかかったTHE FOOLSの曲を聴いて、衝動的に予約ボタンを押したのだった。

映画はバンドのボーカリスト、伊藤耕の出所シーンから始まる。伊藤は覚醒剤取締法違反などで何度も捕まっているのだが、画面を通して私は一瞬怖気づいた。

その時は何に怖気づいたのかわからなかったのだけれど、後にインタビューを受ける当時ブルーハーツの甲本ヒロト氏の言葉でその理由がわかった。

甲元ヒロト氏は、対バンとして一緒のライブで出た時、THE FOOLSを見て、こう思ったのだそうだ。

「なんか、ほ、本物?っていうのは変な話ですけど、本物じゃねえなあ、本物というのとはなんか違うな、本当の感じがしたの」

そう、私は「本当」に怖気づいたのだ。

出所後のライブのシーンが映る。

よれよれの伊藤はがなりながら歌う。その歌は上手いとか下手とかの歌ではない。魂の歌だった。

「お前の自由のために時間を使え
お前の自由のために愛を使え
お前の自由のために金をはたけ
俺の自由のために俺が仕事でもしよう」

この伊藤の、いや伊藤だけでなく、ギターの川田良、そのほかTHE FOOLS全メンバー、THE FOOLSに関わったすべての人から伝わる「本当」の姿に怖気づき、引き込まれ、再視聴にも関わらず、2時間固唾を飲んで観た。

ここに映し出されるのは、すべて本当の人間の姿だった。本当の人生だった。本当のロックだった。

普通の人からみたらここに出てくる人みんな、だらしがない人たちに見えるかもしれない。ドラッグもあれば、酒もあり、タバコもあり、経済的に裕福には見えない。

しかし、人生のすべてを音楽に捧げ、その音楽を求める人たちがいて、最後にはたくさんの人たちに見送られてあの世にいくこの人たちを超える人生をあなたは送れるのか。

私は送れるのか。

カヌーイストの野田知佑さんが若い頃、日本中の川を旅していたとき、役人かサラリーマンに「真面目に生きろ」と言われて、「あんたより真面目に生きているよ」と言い返したことがあったという。

真面目に生きるとはそういうことだ。
自分の人生に責任を持つということだ。

THE FOOLSほど真面目に生きてきた人たちはいないと思った。
私ももっと真面目に生きようと思った。

11月1日(金)表紙画像

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9時半出社。昨日渡さんに取り出してもらったハードディスクを新しいMacBookに繋げ、必要なデータを抜き出していく。

私のパソコンの中で最も変えの効かない大切なデータはなにかというと、表紙の画像なのだった。

思い返せば表紙を画像データにするようになったのは、Amazon等ネット書店ができてすぐではなく、当時は取次店さんの窓口にいくと、その奥で画像をスキャンしていた人がいたように、それらの取次店さんかネット書店さん各々で表紙を取り込み商品ページに掲載していたのだ。

それがいつぞやから版元である我々が商品ページのデータを入力するようになり、そして表紙画像も自らアップロードするようになったのだった。

そうして今では、書籍や雑誌ができあがる度に(実際にはできあがる前)、編集から表紙の表一の帯あり、帯なしのデータが営業である私に届けられる。それはもはや紙に印刷されたカバーをスキャンしたデータではなく、デザイナーさんから届いたデジタル上のデータだ。

でだ。各々編集者からそうして届けられたデータを営業である私はせこせことアップロードした後、「表紙画像」というフォルダーに保存していた。

アップロードしてしまえば必要なさそうなものなのだがこれがまた自社の既刊本のチラシやあるいは雑誌やネット記事などから表紙画像がほしいという依頼がちらほらあったりして、結構使う頻度があるものなのだった。

それぞれ編集者も保存しているかもしれないけれど、すでに担当が退職していたり、あるいはメールを掘り起こすのも大変だろうで、本の雑誌社の表紙画像が一元保存されているのは私のパソコン(ハードディスク)だけなのだ。

だから今回画面が真っ白になったときに、まあもう新しいMacBookが手に入るならデータなんてどうでもいいかと思っていたものの、表紙画像のことを思い出し、私の頭も真っ白になったのだった。

かろうじて生きていたハードディスクから「表紙画像」をコピーする。あっという間に横棒がスライドしていきコピー完了となる。そして昨日渡さんが教えてくれたクラウドにも保存する。

果たして出版点数の多い出版社は、表紙画像をどのように管理しているのだろうか。

帰宅後、届いていたDVD「THE FOOLS 愚か者たちの歌」を観る。カッコ良すぎてノックアウト。

10月31日(木)パソコン修理

半年? いや一年近く待った原稿が大竹聡さんから届き、感無量となる。これでついにすべてが揃い、編集作業を進めるのだった。書けぬものを待つ、ただひたすら待ち続けるのが仕事なのだ。

午後、壊れたMacBookと新たに購入したMacBookと、そして自宅で使っている個人のMacBookを持って、府中の辺境スタジオへ。機材大好きなAISAの小林渡さんに修復と移行をお願いしたのだった。

到着するなりすぐに特殊器具で持って壊れたMacBookを開け、ハードディスクを取り出す。このハードディスクが生きているかどうかで今後の私の身の振り方が変わってくるので、両手を合わせ祈る気持ちで、別のパソコンに繋げる様子を見ていると、おおお、そこにハードディスクがマウントされたではないか。

というわけで移行アシスタントを使って個人のMacBookから新しいMacBookを立ち上げ、飛び出したハードディスクからいくつかのデータを移す。これでどうにか明日から滞りなく仕事ができるようになったので、御礼方々「樽平」で祝杯をあげる。

10月30日(水)健康診断

一年で最も憂鬱な日である健康診断を受ける。受け付け時間が8時40分なので、いつもより1時間以上早く家を出るも京浜東北線が遅れており、会場である出版健保にギリギリの到着となる。

薬のおかげか痛風の原因である尿酸値は6.8と基準以下に下がっており、イエローカードをもらったのは中性脂肪のみだった。

期末テストを終えた高校生のような気分に浸り、神田古本まつりを冷やかす。

田中鈞一『虎を撃つ』(講談社)を購入。「満ソ国境のこの白色地帯を中心とした酷寒の大原始林で幾多の猛獣と対決、大虎七頭、まぼろしの白一頭、巨熊九頭、そして数百頭におよぶ猪に挑み、これをうち斃してきた」とあり、大変面白そう。

夜、Asahi「GINON」を片手に上野まで歩いて帰る。

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