6月6日(木)木内昇『惣十郎浮世始末』
木内昇、いったいどうなってるんだ?!
去年『かたばみ』(KADOKAWA)で、戦中戦後の市政の人の暮らしを朗らかに描き、近年稀に見る傑作を世に出したかと思ったが、今度は『惣十郎浮世始末』(中央公論新社)でどっぷり江戸の、しかも捕物帳ときたものだ。
ついぞ木内昇がエンタメのど真ん中に唸りをあげたストレートを投げ込んできたわけだが、それが傑作も傑作。大傑作。こんなの三球三振、バットも振れず、棒立ちだ。群を抜いた面白さだぜ。
物語は薬種問屋の不審な火事から始まる。北町奉行所定町廻同人の服部惣十郎は、犯人を捕まえてみたけれど、どうもそれだけでは解決にならず、その先の謎を追っていくうちに想像もできない展開が待ち受けている。
そんな一気読み間違いなしのストーリーのなかに漢方医と蘭方医の争いや種痘の話が盛り込まれ、その背景には政(まつりごと)も見え隠れする。
そしてどの登場人物も魅力的なのだ。「欲を出すな、分をわきまえろ、一度取りかかったことは手を抜くことなく終いまでやり遂げろ、そうして、なにがあっても人を憎むな」という母親の教えを背骨にして仕事に励む惣十郎はもちろん、小者の佐吉、医者の梨春、岡っ引の完治、下女のお雅など、つい感情移入してしまい胸がいっぱいになってしまう。
さらになにより文章がいきいきしており、読んでいるこちらもまるで江戸の町で暮らしている心地になってくる。描写力の素晴らしさ、当時の言葉遣いの再現と表現力の豊さ、宮部みゆきや角田光代と並び、木内昇もまさしく小説を書くために生まれてきた人なのだろう。
時代小説ではあるけれど、親子の葛藤や老いていく母親の世話、承認欲求に振り回される人間など、現代とまったく同じ問題が語られるので、これは普遍の物語といっていいだろう。余談だが、現在、母親の介護をしている私は、ぽろぽろと涙をこぼしてしまった。
2024年のベスト1は、『死んだ山田と教室』に決まったけれど、2024年の時代小説の第1位は、木内昇『惣十郎浮世始末』(中央公論新社)で決定だ。ついでにミステリーとしても大変読み応えがあり、ミステリー部門の3位も当確!