7月11日(木)大林堂書店
「いらっしゃーい。お帰り。今日は2冊ねー」
常連さんが買い求める雑誌を覚えており、すぐに棚や取り置きスペースから差し出す弘明寺駅前の大林堂書店さんは、8月半ばに49年の営業を終える。
いつも明るく応対している店主さんは、両親がはじめた本屋を25歳のとき突如引き継ぐことになった。本屋のことはもちろん、本のこともまったくわからなかった。接客業の経験もなかった。
「私、人見知りでね、一日一人は話しかけようって決めたの。天気のことでもいいからとにかくなんか話そうって」
今ではこのお店を訪れるほとんどのお客さんと会話を交わしている。いやちょっとした会話をするためにお客さんはお店に来てるようでもある。
「お店閉めるって決めたらさ、レジの調子はおかしくなるし、FAXの8のボタンは押せなくなるし、トイレのタンクも壊れちゃったの。そういうもんなんだね。」
お父さんが開業時に取り付けた間口いっぱいの看板は、取り外すのに10万円かかるとため息をつく。
「もうほんとコミックが売れなくなった。雑誌も女性誌が売れなくなって、今はNHKテキストとクロスワードくらいかなあ」
そういう目の前で「文藝春秋」を買っていくおじいさんがいる。
「いらっしゃーい。病院行ってきた? ごめんね、今月はすんごく高いのよ。1450円。ある?」
おじいさんは手のひらを開き、まるで子供のおこづかいのように千円札と450円をレジに置いた。
「あの人にも閉店の報告をしなきゃいけないんだけど、まだ来月号はお渡しできるからそのときにしようと思って」
閉店を決めるまでも大変だったが、閉店を決めてからは家に帰るとどっと疲れがでて、何もする気が起きないらしい。
「お店を継いでから、とにかくお客さんのほしいと言った本を仕入れることを必死にやってきた」
そう話す店主さんの手元には、お客様の探求書リストがあった。
閉店のその日まで本を仕入れ、お客さんに届けることだろう。