« 2025年2月 | 2025年3月 | 2025年4月 »

3月29日(土)朝比奈秋『受け手のいない祈り』

  • 受け手のいない祈り
  • 『受け手のいない祈り』
    朝比奈 秋
    新潮社
    2,090円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

明日のイベントのため週末介護はお休み。母親にはショートステイで施設にいてもらうのだった。

朝から朝比奈秋『受け手のいない祈り』(新潮社)を読み出す。読み始めてすぐあーこれ絶対面白い本だとわかった。

「夜の最後尾にいて今から誰よりも遅い睡眠をとるはずが、私はもう朝の先頭に追いやられていた。先に寝た者はその後も私が働いていることを知らず、これから起きる者は私が前から働いていることを知らない。」

主人公の公河は、「誰の命も見捨てない」を院是に掲げる病院に勤務する外科医なのだが、二日も三日も家に帰れず食事もままならぬなか働き続ける様子が恐ろしいほど克明に綴られる。

"プロレタリア文学"というのは、確か工場やブラック企業などて働く労働者の小説だと思っていたのだが、今やエリートであるはずの医者もそれ以上の労働者になっているということだろうか。

なによりも徹夜仕事をこんな文章で表現される小説がつまらないわけないのだった。

その安心感というか喜びというか、今日一日何があってもその本を読んで過ごす時間だけは絶対幸せになると確信する。

夜、読み終え、はじめに想像していた以上の面白さに感服する。なぜか朝比奈氏と芥川賞を同時受賞した松永K三蔵の『バリ山行』(講談社)と共通点があるような面白さだ。

松永氏の提唱する「オモロイ純文学」がとても増えている。

3月28日(金)喫茶店 

最近はゲラを読むために喫茶店に行っている。しかしスタバにはまだ行けてない。

3月27日(木)最終学歴

池袋の旭屋書店さんに『酒を主食とする人々』と『酒場とコロナ』を直納する。

書店員さんから「売れてるよ!」と声をかけられ、全身に電気が走り、天にも昇る気持ちとなる。

やはり私は「いい本だね」と言われるよりも、「売れてるよ」と言われた方が1000倍気持ちがいい。「I LOVE YOU」を訳せと言われたら、「売れてるよ」と答えるだろう。

夜、消防自動車で取り囲まれている小川町3丁目の「はなび」で、八重洲ブックセンターのアルバイト時代の大先輩たちと酒。

「おれ、最終学歴を聞かれたら八重洲(ブックセンター)って答えてるよ」と話す先輩から、「杉江はほんと本屋大賞やって偉いよ」と認めてもらえ、泣きそうになる。

私も最終学歴は八重洲だと思っている。

3月26日(水)しまぶっく

清澄白河を訪れるとたくさんの人が街を歩いている。東京都現代美術館で開催されている坂本龍一展に向かっているらしい。深川資料館通りのしまぶっくもたくさんの人で店内が賑わっており、渡辺さんとの会話も短めに済ませお店をあとにする。

それにしてもこのお店ももうオープンして15年となるのだ。すっかり街に溶け込んでいるけれど、ネット販売もせず、基本買取もせず、唯一無二の商売の仕方でお店が続いているのは、快挙といえるのではなかろうか。

3月25日(火)佐藤正午『熟柿』

  • 熟柿
  • 『熟柿』
    佐藤 正午
    KADOKAWA
    2,035円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

佐藤正午『熟柿』(KADOKAWA)は、震えがくるほどすごい小説だった。

産んだばかりの息子と会えなくなってしまった母親。しかも世間に背を向けて暮らしていかねばならず、住む場所と職を転々としていく。まるでロードノベルのようでもあり、子を想う母性を描いた歪な家族小説のようでもある。

それにしても破格で別格の傑作だ。

小説としてまったく格が違うのだ。去年、角田光代の『方舟を燃やす』(新潮社)を読んだときにも思ったけれど、ベテラン作家が本気で小説を書いた時の凄みと、それでいて軽やかに読者を物語の世界に没頭させる技術、そういうものが頭抜けている。

母と子のお涙ちょうだいの物語になってもおかしくない展開であるがしっかり踏みとどまり、小説に大きな迫力を生み出している。

さらに、章ごとに少し時間を経過させ、そこから過去を振り返りつつ現状を語る構成が見事だ。果たしてこの物語はどこへ行き着くのかと、夜になっても眠るのを忘れてページをめくってしまった。

タイトルの『熟柿』には、帯にあるとおり「気長に時期が来るのを待つこと」という意味があるそうだ。

善悪をすぐに判断する世の中を、一度の誤りを許さぬ世界を、そしてすぐ結果を求める現代への、アンチテーゼの物語でもあるのだろう。

2025年を代表する小説だ。

3月24日(月)ZINE神保町

介護施設のお迎えの車に母親を預け、春日部から出社。

白水社のKさんとNさんが来て、コロナ以来ゲリラ的に開催している神保町ブックフリマの打ち合わせ。今年は念願だったスタンプラリーを開催するらしい。

その打ち合わせをしているところにDRUM UPのNさんがやってきたので、白水社の面々を紹介する。雑談しているうちに「じん」だけに神保町のZINEを作ろうと盛り上がる。

くまざわ書店さんから届いた『酒場とコロナ』のFAX注文に「3/29 朝日」とメモ書きがあり、慌てて「次回の読書面」を確認すると『酒場とコロナ』が掲載されているではないか。

毎週のように『酒を主食とする人々』の書評掲載が続き大わらわしている中に、今度は『酒場とコロナ』の書評が朝日新聞に掲載されるとは! 本の雑誌社、確変タイム突入か。

3月23日(日)母親譲り

終日介護。午後、母親の友達がやってくる。「旦那が死んで話相手いないから日本語忘れそうだったのよ」と3時間ノンストップでおしゃべりし、「あースッキリした」と帰っていった。

そういえば母親はいつも聞くばっかりで、もしかすると私の営業スタイルは母親譲りなのかもしれない。

3月22日(土)アイス

朝、妻と一緒に母親を介護施設へ迎えにいく。晴天。25度近くまで気温があがる。午後、車椅子を押して父親の墓参りと散歩。母親の友達の家でアイスを食べながらおしゃべり。

3月21日(金)春の古本まつり

昨日から開催されている春の古本まつりを覗くと、盛林堂書房さんのところに当然のようにして古ツアさんこと小山力也さんが店番をしており、小山さんには現在5月刊行予定の『古本屋ツアー・イン・日下三蔵邸』の再校ゲラを預けているので、こんなことをしている場合ではないですよ!と説諭していたところ、大量に本を抱えて隣で棚を物色しているのが日下三蔵さんであった。

日下さんは同日刊行予定の『断捨離血風録』の初校(!)ゲラを見ていただいているところであり、小山さん以上にこんなことしている場合じゃないですよ!と叫んだところ、なんと初校ゲラを持ってきたところだったそう。失礼しましたと謝りつつもそれなら初校ゲラを先に届けて、その後古本を物色するということにはならないところが、日下三蔵さんであり、古本者なのである。

午後、その日下さんが初校ゲラを持ってきて、諸々打ち合わせ。

結局古本まつりで50冊ほど本を買ってきたというのだが、あれだけ蔵書があるのにまだ買う本があるのかと驚く。どんな人生を送っても、欲しい本がすべて手に入るということはないのだ。

「本の雑誌」4月号の山本貴光さんの書斎のカラーグラビアを見て、「結局こうなるんですよ」とうれしそうに笑っていた。まさしく「同類相憐れむ」。

3月20日(木・祝)待望の昼寝

土日は介護にあたっているため、久しぶりに本当の休日。ボールを蹴って、酒を飲んで、待望の昼寝。

3月19日(水)あらすじ

夕方、会社に遊びにきた本好きの版元営業の人が、とある新刊を買おうと思って手に取ったが、タイトルを見てもどんな話かわからず、帯を確認したら、表は絶賛コメントが並び、裏は既刊紹介で買うのをためらったんですよと話し出したので驚く。

なぜなら私も昨日その本を手にし、まったく同様に思い、棚に戻したのだった。

当たり前だけれど、あらすじ(内容紹介)大事。肝に銘じる。

3月18日(火)栗田シメイ『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』

  • ルポ 秀和幡ケ谷レジデンス
  • 『ルポ 秀和幡ケ谷レジデンス』
    栗田 シメイ
    毎日新聞出版
    1,760円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS
  • 対馬の海に沈む
  • 『対馬の海に沈む』
    窪田 新之助
    集英社
    2,310円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

ノンフィクション読んで泣くことなんてほとんどないのだけど、栗田シメイ『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)はこみ上げてくるものがあり、涙がどっとあふれてきた。

秀和レジデンスというのはマンションの先駆けとなった人気のブランドマンションだそうで、今でもそのデザイン性や立地のよさなどから中古で人気を誇るマンションなのだが、幡ヶ谷のここだけは周りの相場より相当低くてしても買い手がつかないらしいのだ。

なぜかといえば約30年に渡って理事会を牛耳っている連中がおり、その人たちがめちゃくちゃなルールを作っているからなのだった。

たとえば入居する人を全員面接するとか、リフォームも許さないとか、人を泊めたら金を取るとか、17時以降介護事業者も入れないとか、郵便物を管理人がチェックするとか、引越に立ち会い搬入物を確認するとか、監視カメラが50台以上設置されているとか、噂は噂を呼び、「渋谷の北朝鮮」とも称されているマンションなのである。

そんなめちゃくちゃなルール直せばいいじゃん!と思うだろう。私だってそう思ったのだ。

では、マンションのルールはどうやって変えるのか? どうすれば変えることができるのか。総会で変えるしかないのだ。総会とは民主主義で票の対決だ。ならば簡単ではないか、と思うだろう。

ではあなたは総会に参加しているだろうか? 委任状を預けたりしていないだろうか? 恥ずかしながら私は今住む町に引っ越して以来、自治会の総会には一度しか出席していない。その一度のときに地元のおっさんたちが時代錯誤に赤ちゃんのいる場でタバコ吸いながら会議をしているのに呆れ、二度と参加していないのだった。

だから私のように関わりたくないから委任状をだしとけみたいな人間がいると、現理事会が承認されてしまい、めちゃくちゃなルールは永遠に続くのだ。

しかし、やっぱりその横暴さやめちゃくちゃさに我慢できず立ち上がる人がいる。そうした正義のもとに集まった住民や弁護士やいろんな人たちが理事会を変えるために奮闘していく。

ただし正義を決めるのはマンションの住民なのだ。約300戸の住民がどちら側につくのか。選挙の投票率を見ればわかるとおり、みんな無関心だし、めんどくさいし、変わるわけないなんてあきらめたりしているわけだ。

そう、これは「自治」を描いたノンフィクションだ。果たして一票一票をどのように獲得していくのか。みんなの手にマンションを取り戻すことはできるのか。

そして人間の業という意味では、おそらく今年のノンフィクション賞を総なめするであろう『対馬の海に沈む』(窪田新之助/集英社)ととても似ているのだった。一人の悪だけが悪ではなく、その悪に群がる人間がおり、見て見ぬふりをする私たちがいる。

だから「渋谷の北朝鮮」の話ではない。私たちの話だ。それゆえに涙があふれてくるのだ。

3月17日(月)注文

朝、出勤前に親父のお墓にお線香をあげにいくと、ちょうどお坊さんがいたので、来月の三回忌の日程を相談しようと思い、「おはようございます。杉江です」と声をかけた。

するとお坊さんは、私が杉江の墓を探してる人間だと思い、「杉江さんのお墓はあちらです」と指をさすのだった。

「いやいや、そうじゃなくて三回忌のお願いなんですが」と言うと、坊さんは、「あっ注文でしたか!」と慌ててスマホを手にして、スケジュールを確認しだしたのだった。

注文?!
確かに注文だ。

坊さんの口元に浮かぶ微笑みを見たら、妙に親近感が湧いてくる。

3月16日(日)おはぎ

終日雨。母親の友達が傘をさして、「お父さんにお供えして」と手作りのおはぎを持ってやってくる。

3月15日(土)戌井昭人『芥川賞落選小説集』

  • 戌井昭人 芥川賞落選小説集 (ちくま文庫い-107-1)
  • 『戌井昭人 芥川賞落選小説集 (ちくま文庫い-107-1)』
    戌井 昭人
    筑摩書房
    1,320円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

週末実家介護のため朝9時に母親を施設に迎えにいく。午後コンサートを観にいく妻はすぐに帰宅。

戌井昭人『芥川賞落選小説集』(ちくま文庫)読了。ダメな人を偽善的でもなく偽悪的でもなく、こんな風に自然に書ける作家がいるだなんてとすっかり虜になって、5編を一気読みしてしまう。これはこれまでの既刊作品すべてを買い揃えなければ。

3月14日(金)蔵書整理

古書現世の向井さんよりヘルプの連絡あり、代休を取って都内某所へ蔵書整理に伺う。昨日の教科書販売による筋肉痛が腿の内側にあり、階段の登り降りに若干苦労する。約1600冊。

午後3時に早稲田に戻り、「大王ラーメン」で味噌ロースラーメン。味噌ラーメンにロースの唐揚げがドンと乗る逸品で、カリカリ&しゅわじゅわの分厚い肉が空腹にしみる。

3月13日(木)教科書販売

今野書店の今野さんよりヘルプの連絡があり、代休を取って都内某高校の教科書販売のお手伝い。トラック満載の教科書を大学生と一緒に積み下ろし。その後、生徒ごとに組み作業に勤しむ。毎年のことながら体力と神経を使う大変な仕事だ。

夜、今野さんご夫妻と食事。おふたりでお店のことや仕事のことなどを語り合っている姿を見て、同様に同じ職場で働いていたわが父親と母親もこうして会社のことを話し合っていたのかもと思ったら、涙があふれそうになる。

西荻窪の改札で、私が中央線のホームに消えるまで、ふたりは手を振り続けていた。

3月12日(水)星羊社と本屋 象の旅

しとしと雨降る中、野毛の星羊社さんに直納に伺う。「こんな雨の中ありがとうございます!」と声をかけられるも、こんな雨の中でも開いているのがお店であり、お店というのはこうしてお客さんをいつでも待っているものなのだ。

マグカップをはじめトートやハンカチなど猫印ミルクのグッズが大人気の星羊社さんだが、この2月に"人類初?! 魚卵を巡る呑兵衛紀行"『ギョラン ギョラン』を刊行されたのだった。これがまさに類書のない「人類初」の本で、余計なことを考えず、作りたい本を作るに徹したそう。いやはや出版とはそうでなくてはとこちらも身が引き締まる。

続いて、阪東橋の本屋 象の旅さんを訪問する。久しぶりの訪問となってしまったが、扉を開けるとびっしり揃った背表紙が迎えてくれ、挨拶もそこそこに目は棚に向かってしまう。気づけば何冊もの本を抱えており、いやはやこのお店の選書は私の好奇心を刺激する。

特にうれしかったのは横須賀のZINE「ヨソモノ」だ。平積みになっているその雑誌を何気なく広げてみると、なんとBooks & Coffee AMISの稲葉さんがインタビューされているではないか。稲葉さんといえば青山ブックセンターや東京ランダムウォークの礎を築いた書店員さんの一人で、私もいつか稲葉さんの言葉をまとめたいと思っていたのだ。誌面には「稲葉さんらしい」言葉が並んでおり、思わず胸がいっぱいになる。

棚を通して、こんな奇跡が起こるとは。やはり本屋は最高なのだ。

3月11日(火)マイブック

  • マイブック:―2025年の記録― (新潮文庫 ん 70-27)
  • 『マイブック:―2025年の記録― (新潮文庫 ん 70-27)』
    大貫 卓也
    新潮社
    473円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

代休。もはや1ヶ月休めるくらい代休があるのだけれど、とりあえず1日休む。

介護で実家に行かず、自宅でこうしてゆっくり休むのは正月以来だろうか。実家でも日がな一日本を読んで過ごしているのだからやっていることは一緒なのに、なぜか気が休まらないのだった。

先日の訃報以来、相澤さんとの思い出を振り返ってみるもののあまりに忘れていることが多く、例えば相澤さんは前職で大ベストセラーを出したのだけれど、調子に乗って続編を出したらまったく売れず、それを少しでも現金化するために苦労したりしたのだが、その話の具体的なディテールが私の記憶から抜け落ちているのだった。

どうでもいいことじゃないかと思われるだろうが、苦労して現金化するところに相澤さんの凄さがあり、それをたいそう尊敬しながら聞いていたのに思い出せないことが腹立たしい。

なので昨日、今年大流行で増刷にいたった新潮文庫の『マイブック』を買い求めてきた。これで日々、人様から聞いた大切な話を記録していこうと思う。

ひとまず最初に書いたのは

「3月7日(金) 青土社のエノ氏から電話。『杉江さんは怒りすぎだとS社のAさんとI社のWさんが言っていた』」

である。

3月10日(月)お通夜


母親を迎えの車に預け、週末実家介護から解き放たれ、春日部から出社。

すぐに『酒を主食とする人々』の在庫を確認し、重版を決める。

午後、「本の雑誌」4月号が出来上がってきたので、駒込のBOOKS青いカバさんに納品にあがる。

夜、練馬高野台の東高野会館で相澤さんのお通夜に参列する。大きな式場だったにも関わらずすぐに参列者でいっぱいとなり、階段に列ができ、一階の控室まで焼香を待つ人々で埋め尽くされていた。

相澤さんは『絶景本棚2』に収録されている地下1階10畳を壁面すべて本棚にした書庫を持つ蔵書家で、「長いものを読まなければダメです」と『大菩薩峠』を2度読み、毎年ひとりの作家の個人全集も読破するという読書人でもあった。

いちばん好きなのは川崎長太郎で、酒を飲んでは長太郎の作品論を語っていたものだ。相澤さんを中心に、「本の雑誌」で長太郎特集をしようとしていた矢先に体調を崩されてしまい実現できなかったのがたいへんな後悔のひとつだ。

私の紹介で相澤さんと親しくなり、編集仕事を請け負っていたAISAの渡さんと秋津の酒場で献杯。思い出話に杯を重ね、渡さんと駅のホームで別れ、武蔵野線に乗ったところで、涙が止まらなくなってしまう。

3月9日(日)山森英輔、有元優喜『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』

  • 異形のヒグマ OSO18を創り出したもの
  • 『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』
    山森 英輔,有元 優喜
    講談社
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

昨日と一転、晴天となる。母親の車椅子を押して、父親の墓参りと散歩。梅の木にメジロ発見。

山森英輔、有元優喜『異形のヒグマ OSO18を創り出したもの』(講談社)読了。

「家畜の糞尿が長期間貯め置かれ、増殖したアンモニア臭。腐敗した野生動物の内臓や毛皮から発生する、酸っぱさの混じったすえた匂い。生物の生きた名残が、蒸発しきらずにゆらゆらと宙に漂っている。堆肥の山から二〇mは離れていたが、それはまるで私の顔の前に存在しているかのように、鼻腔を突き刺してくる。」

番組を見た時に驚愕したのだが、ディレクターの方が解体場の堆肥場からOSO18の骨を見つけるために、酷暑の中、防御服と医療用N95マスクでスコップで掘り起こしていた異様な執念のその理由がこの本読んでわかった。

藤本靖『OSO18を追え』(文藝春秋)という先行書があったので一瞬買うのをためらったが、視点も異なり、またドキュメント番組を作る苦難も記され、とても面白かった。

3月8日(土)日本経済新聞

朝、SNSを書名で検索していたら「日経新聞」と「酒を主食とする人々」の文字がひっかかる。よくわからずにリンクを押すと、日経新聞に高野秀行『酒を主食とする人々』の書評が掲載されていた。

びっくりである。

介護施設に母親を迎えにいく準備をしていたのだが、慌てて車を走らせコンビニへ向かい、日経新聞を購入する。

駐車場に停めた車に乗り込み、書評ページを探すも、どのあたりに書評欄があるのかわからず、「投資」なんでページがいっぱいあってページをいったりきたりする。やっと見つけたときには手が震えていた。

読売新聞に続いて、まさかの2週連続で新聞書評掲載とは。

19連勤して京都や高崎も含め6カ所でイベントしたことや高野さんに会社に来ていただき1000冊以上のサイン本を作っていただいたときの様子などが走馬灯のように蘇ってくる。まだたった2ヶ月前のことなんだけれど。

気持ちを落ち着かせ、介護施設に母親を迎えに行く。午後は妻に母親を任せ、春日部から自転車で埼玉スタジアムへ。ゴール裏から2025年初勝利を後押しする。

3月7日(金)佐久間文子『美しい人 佐多稲子の昭和』

  • 美しい人-佐多稲子の昭和
  • 『美しい人-佐多稲子の昭和』
    佐久間文子
    芸術新聞社
    3,300円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

夜、ジュンク堂書店池袋本店で開催された『美しい人 佐多稲子の昭和』(芸術新聞社)刊行記念の佐久間文子さんと平山周吉さんのトークイベントに参加。

イベントの冒頭、この本を作った芸術新聞社会長の相澤正夫さんの訃報が告げられる。

相澤さんは75歳という年齢で都リーグに所属する現役のサッカー選手でもあり、私も一緒に出版健保の体育館でボールを蹴ったり、またことあるごとにランチやお酒をご一緒し、出版業界のあれこれを深く楽しく教えてもらった先輩だ。

いや、出版業界の先輩というよりは人として尊敬する人物であり、気持ち的には頼りになる叔父のような、もっと言ってしまえば歳の離れた友達のような、そんな思いで長年ご一緒させていただいていた。

体調不良は伺っていたのだけれども、先週にも本人からイベントの案内が届いており、この日に会えるのを楽しみにしていたのだ。

そんなところに訃報である。

佐久間文子『美しい人 佐多稲子の昭和』は、13年前に相澤さんが佐久間さんに依頼し、去年の11月にやっとやっと念願叶ってできあがった本なのだ。

出版が相澤さんの人生に間に合ったのは行幸である。けれど檜舞台であるはずのイベントの週に亡くなってしまうとは、本の神様はなんて残酷なんだろうと少し呪ってしまった。

相澤さんと古くから親交のある登壇者の平山周吉さんが報告されたところによると、6日前の3月1日に、『美しい人』の書評が朝日新聞に掲載され、「よかったね」と連絡をしたが返信はなかった。実はその3月1日土曜日に相澤さんは体調を崩し、入院されていたというのだ。

また本の神様を呪いそうになってしまったが、平山さんがご遺族に確認したところ相澤さんはその書評を読んだそう。

坪内祐三さんとお酒を飲んだ時に坪内さんがおっしゃっていた言葉を思い出す。

「杉江くん、本はね、墓標なんだよ」

本の神様に感謝。
そして、相澤さんに、たくさんたくさん感謝。

3月6日(木)不忍池

午前中、隠密行動。

午後、トーハンに行き、「トーハン書店大学 オンラインセミナー 書店員 の 仕事 ~1冊でも多く本を売るために~」の講演を矢部潤子さんの司会進行をする。

オンラインのみということで、いまいち反応がつかめず苦戦するものの、時間配分は完璧で褒められる。

19連勤中に高野秀行さんのイベントが6本あり(高崎、京都出張含む)、それにプラスして大槻ケンヂさんのサイン会、さらにその前後に矢部さんのセミナーが2本あるというサラリーマン史上最高激務状態だったのだけれど、そのすべてが本日終わった。

コンビニで缶ビールを買い、不忍池のほとりで、ひとり達成感を覚えつつ乾杯。

3月5日(水)狂気

夜、本屋大賞の会議をしていて、ふと思う。われわれは相当狂っているのではなかろうか。

なにせまったくの無報酬、さらに正直ほとんど誰にも感謝されることのない文学賞というものの運営を22年に渡って嬉々としてやっているのだ。

現に本日も19時に集まり、会議が終わったのは22時。机の上には紙コップに注いだ麦茶とアルフォートやおかきといったまるで子供の頃の誕生日会やお遊戯会のごとくお菓子が並び、素面も素面で喧喧諤諤の議論をしているのだった。

こうしたボランティアは1年は誰にもできるだろう。3年もその勢いでできるし、5年は仲違いなどしながら疲労を覚えつつ続けられるだろう。そして10年やったら多くは満足してやめるのではなかろうか。

ところが本屋大賞は、22年だ。狂ってなければできない。

何に狂っているかといえば、本だ。本屋だ。本のために、本屋のためになるなら、こんなうれしいことはない。

その想いだけで実行委員みな22年こうして夜な夜な集まっているのだった。

3月4日(火)遠田潤子『ミナミの春』

  • ミナミの春
  • 『ミナミの春』
    遠田 潤子
    文藝春秋
    1,980円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

遠田潤子『ミナミの春』(文藝春秋)読了。

「人の「あたたかさ」を照らす群像劇」とか「痛みも後悔も乗り越えて、いつかみんなできっと笑える」と帯にあり、遠田潤子もそっちの一般小説にコロんでしまったのかと不安を覚えつつ読み始めたのだ。

しかし遠田潤子は、やはり遠田潤子だった。

坂本冬美がロックを歌おうと、八代亜紀がジャズを歌おうと、やっぱり坂本冬美であり、八代亜紀であるように、遠田潤子が「家族小説」を書いてもやっぱり遠田潤子なのだ。

息苦しくなる不穏な空気があちこちに漂っており、底知れぬ苦しみが登場人物に襲いかかるのではとドキドキしながら読み進んだ。

ところが今作で襲いかかるのは不幸ではなく幸福で、こういう遠田潤子を(も)読みたかった!と号泣しながら読み終えたのだった。

いろいろと魅力あふれているので書ききれないけれど、大阪を舞台にした(主に漫才師)6篇で構成された連作短編ながら、その一篇一篇がまるで長編のような読み応えだ。

短編の中にも遠田潤子ならではのジェットコースターなストーリーが織り込まれ、さらに全編通して感動のうねりがやってくる。

それとともに一篇一篇にことわざというか格言というか人生の支えになるような言葉が記されており、読んでるこちらもその言葉を大切に今後の人生を歩いていきたくなるのだ。

いやーシン遠田潤子あっぱれ! この進化、北上次郎さんにも驚いて欲しかった。

なんで北上さんは本が読めないところに行っちゃったんだろうか。二年の月日が経ち、より不在の穴が大きく感じている。

3月3日(月)FAXは熱いうちに打て

「FAXは熱いうちに打て!」の鉄則に従い、会社に着くとすぐに書評掲載の注文書を作り、書店さんにFAX送信。

新聞に書評掲載となれば当事者である著者や編集、営業は一大事なのである。朝から書店さんの販売データを眺めたり、Amazonの順位を何度も確認したりと天下取った気分で大わらわなんだけれど、書店さんにとってはたくさんある本の中の一冊であり、書評掲載されたことも知らない可能性が高いのだ。

本を売るには、その前に情報を届けなくてはならない。たくさん出ている本の中から、気になる本、売れるかもしれない本と認識してもらわないといけない。

いくらいい本を作ってもいくら売れる(かもしれない)本を作っても、知ってもらわなければ意味がないのだ。書店さんに知ってもらうのが営業であり、読者に知ってもらうのがプロモーションということだろう。

複合機をしばらく占領し、FAXを送る。想いと祈りを込めて。

3月2日(日)新聞を買いに

硬い実家のベッドで4時半に目が覚まし、まんじりと時を過ごす。新聞がコンビニに配達されるのは何時だろうか。我が家に届く新聞は5時過ぎのような気がするが、果たしてコンビニには何時に着くのだろうか。

5時では早すぎるかもしれず、6時ならさすがに並んでいるだろうと考え、5時55分に家を出て、歩いて3分のコンビニに向かう。

母親の週末実家介護を始めてから約一年、母親を家にひとり残して外に出るのは、ゴミ出し以外で初めてのことだ。母親は8時まで起きないことは経験上わかっているのだけれど、つい駆け足になってしまう。いや駆けているのは早く新聞を手にしたいからでもあった。

なぜそんなに新聞を手に入れようとしているかといえば、本日発売の読売新聞で、高野秀行著『酒を主食とする人々』が紹介されるからだった。

ホームページの次週紹介する本で掲載されて以来、この日を楽しみにしてきたのだ。

小学校の校庭に植えられた樹木の枝に止まる鳥がうるさいくらいに鳴いている。青い空に白い雲が流れている。

コンビニの駐車場には何台もの車が並んでおり、店内に入るとコンビニ特有の匂いが鼻につく。

入り口脇に設置されたラックに目当ての新聞がさされていた。

昨日の新聞でないことを祈りながら日付を確認するとしっかりそこに本日3月2日の日付が印刷されていた。落ち着く意味も込めて缶コーヒーと一緒に買い求め、コンビニをあとにした。

家にたどり着くのも待てず、歩きながら四つ折りされた新聞のはじをめくり、書評ページがあることを確認する。一度目では見つけられず、もしかして掲載曜日を間違えたかと立ち止まり、もう一度最初からゆっくりめくり、該当のページを見つけた。

まるで年末ジャンボ宝くじの当選番号を確かめるかのようにそのページを開く。

そこには書影入りで、東畑開人さんによる大きな書評が掲載されていた。

すぐに読む。胸が熱くなる。もう一度読む。何度も頷く。

新聞を閉じて、家まで歩く。缶コーヒーが手のひらを温める。

これが、本を作る醍醐味だ。本を売る醍醐味だ。

3月1日(土)いつもの席

朝、コーヒーを飲んでいると、息子が「父ちゃん、明日、ナオトも一緒に応援するって」と話しかけてくる。

明日というのは浦和レッズの2025年ホーム開幕戦で、ナオトというのは息子の小学生の時からの友達だ。

埼スタで浦和レッズを応援するのに、いつの間にか息子の友達たちも一緒になっていた。20歳そこそこの彼らを「ヤング軍団」と呼んで、私たち観戦仲間は頼もしく感じていた。

ナオトもその中のひとりだった。シーズンチケットを購入し、ホームの試合だけでなく、アウェイも繰り出し応援する熱いサポーターだ。

そんなナオトはいつも埼スタで、私の前の席に立つ。そして後ろを振り返り、「あれ? ゴウ(我が息子)の父ちゃん一段上にいるのに俺の目線と変わらなくね?」と背の低い私をいつもバカにするのだった。

幼き頃からナオトを知っている私は笑ってそれに応え、すっかり背の伸びたナオトの成長をうれしく思っていた。

そんなナオトが学校で倒れ、心臓の手術をしたことを暗い顔をした息子が報告してきたのは昨秋のことだった。手術は無事終わったけれど、しばらくは埼スタの試合も座って観られる南側で観戦するといい、シーズンを終えるまで顔を見ることはなかった。

そのナオトが、われらゴール裏に復帰するらしい。

「大丈夫なのか?」と息子に聞くと、もうすっかり体調は回復したという。

「ナオトがさ、いつもの席で応援したいっていうから、いつもの席ってなんだよ?って言ったんだよ。オレたち自由席だからいつもの席なんてないじゃん」

息子の言うとおり、私たちはおおよそのエリアは決まっているものの、席はそのときそのときで変わるのだった。

「そしたらさ、ナオトが言うんだよ。おれ、ゴウの父ちゃんの前がいいんだよって。なんだよそれ?って聞いたら、後ろからゴウの父ちゃんのでかい声聞こえるとがんばれるんだってさ」

明日、私はゴール裏で3か月ぶりに声を出す。いつも以上の声を出す。選手とナオトのために。

2月28日(金)19連勤

午前中、椎名誠『哀愁の町に何が降るというのだ。」の見本が届いたので、初回注文〆作業。椎名さんの本を本の雑誌社から刊行するのは、2006年刊の写真集『ONCE UPON A TIME』以来の19年ぶり。

午後、高野秀行さんと都内某所に向かい、某人気YouTubeの収録。

本の売上に影響あるものがすっかり移ろい、今や新聞や雑誌に取り上げられるよりも、YouTubeが主勢力になっているので、大変ありがたい。

しかしそれはかつての、というか今もその影響力を誇るテレビと一緒で、要するに「読む人」でなく、「見る人」に届けなくてはならないということだろう。

夜、帰宅後ランニング。

19連勤が本日で終わる。この間に起きたことを走馬灯のように振り返りながら走る。

そもそもスケジュールを組んでいたときには休みがあったはずなのだが、さらに突発的にイベントが組み込まれ、気づけば二つの祝日も含め19日のうち6日あった休みは全部イベント立ち会いとなり、連続出勤状態に陥ってしまったのだった。

マジか、と思ったものの、私ももう30年以上働いているわけで、一日は一日で24時間であることは変わらず、それをたんたんと19日間続けたら、必ず仕事は終わり休みが来るということはわかっているのであった。

だから先のことは考えず、とにかく今日一日を必死に過ごすようにしたのだった。

そして、おそらく今後も含めてこんなに求められる日が続くというのもないだろうと、ひとつとお祭りとしてとらえて過ごしたため、あまり疲弊せずに19日間乗り越えることができた。

イベントをやって本が売れるのか? おそらくやってもやらなくても売上は変わらないだろう。

しかし、変わらないならやらない、ではなく、変わらないならやる、というのが私のポリシーなのだった。なぜならやった方が楽しいからだ。そして、変わらないように見えて、実は少しずつ変わっているのだ。

そんなことを考えながら8キロほど走り、連勤終了を自ら労う。

2月27日(木)YouTube収録

午前中、来週トーハンコンサルティングで行われる『本を売る技術』の矢部潤子さんの資料作りに勤しむ。いったい私は何をしているんだろうと思わないわけではないけれど、本屋さんのためになるならと2時間集中。

午後、府中の辺境スタジオへ。高野秀行さんと内澤旬子さんの対談をZoomで収録。こちらはYouTubeで配信予定。

夜、樽平にて辺境チャンネルの渡さんと酒。

« 2025年2月 | 2025年3月 | 2025年4月 »