3月18日(火)栗田シメイ『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』
ノンフィクション読んで泣くことなんてほとんどないのだけど、栗田シメイ『ルポ 秀和幡ヶ谷レジデンス』(毎日新聞出版)はこみ上げてくるものがあり、涙がどっとあふれてきた。
秀和レジデンスというのはマンションの先駆けとなった人気のブランドマンションだそうで、今でもそのデザイン性や立地のよさなどから中古で人気を誇るマンションなのだが、幡ヶ谷のここだけは周りの相場より相当低くてしても買い手がつかないらしいのだ。
なぜかといえば約30年に渡って理事会を牛耳っている連中がおり、その人たちがめちゃくちゃなルールを作っているからなのだった。
たとえば入居する人を全員面接するとか、リフォームも許さないとか、人を泊めたら金を取るとか、17時以降介護事業者も入れないとか、郵便物を管理人がチェックするとか、引越に立ち会い搬入物を確認するとか、監視カメラが50台以上設置されているとか、噂は噂を呼び、「渋谷の北朝鮮」とも称されているマンションなのである。
そんなめちゃくちゃなルール直せばいいじゃん!と思うだろう。私だってそう思ったのだ。
では、マンションのルールはどうやって変えるのか? どうすれば変えることができるのか。総会で変えるしかないのだ。総会とは民主主義で票の対決だ。ならば簡単ではないか、と思うだろう。
ではあなたは総会に参加しているだろうか? 委任状を預けたりしていないだろうか? 恥ずかしながら私は今住む町に引っ越して以来、自治会の総会には一度しか出席していない。その一度のときに地元のおっさんたちが時代錯誤に赤ちゃんのいる場でタバコ吸いながら会議をしているのに呆れ、二度と参加していないのだった。
だから私のように関わりたくないから委任状をだしとけみたいな人間がいると、現理事会が承認されてしまい、めちゃくちゃなルールは永遠に続くのだ。
しかし、やっぱりその横暴さやめちゃくちゃさに我慢できず立ち上がる人がいる。そうした正義のもとに集まった住民や弁護士やいろんな人たちが理事会を変えるために奮闘していく。
ただし正義を決めるのはマンションの住民なのだ。約300戸の住民がどちら側につくのか。選挙の投票率を見ればわかるとおり、みんな無関心だし、めんどくさいし、変わるわけないなんてあきらめたりしているわけだ。
そう、これは「自治」を描いたノンフィクションだ。果たして一票一票をどのように獲得していくのか。みんなの手にマンションを取り戻すことはできるのか。
そして人間の業という意味では、おそらく今年のノンフィクション賞を総なめするであろう『対馬の海に沈む』(窪田新之助/集英社)ととても似ているのだった。一人の悪だけが悪ではなく、その悪に群がる人間がおり、見て見ぬふりをする私たちがいる。
だから「渋谷の北朝鮮」の話ではない。私たちの話だ。それゆえに涙があふれてくるのだ。