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8月29日(金)ランキング

朝ランしながら聴いていた内沼晋太郎さんのPodcast「なぜいま本のヒットチャートなのか ビルボードが可視化する過去・現在・未来」がたいそう面白く、聞き終わるまで走ってしまう。

ホット100という独自の集計方法で音楽のランキングを発表しているビルボードが、本のランキングを作ろうとしているところの話なのだが、ビルボードの礒崎誠二さんの話が非常に論理的であり、そして出版業界の中にいる人間にとってはかなり刺激的なのだった。

思い返せば今や出版業界の人だけでなく著者もその動向を日々問いかけているAmazonのランキングだって、Amazonができた頃はみなまったく気にせずにいたのだ。

来年にはスタートするらしい、ビルボードのランキングが非常に楽しみ。

ぼうっとしてくる暑さの中、9時45分に出社。普通の気温というのをもう忘れてしまった。

「本の雑誌」12月号の特集の背骨になる原稿をとある方に依頼。すぐに快諾いただきうれしくて飛び上がりそうになる。と同時に良い特集にしなくてはと責任を噛み締めていると、進行の松村から「本の雑誌」10月号の最終ゲラを目を通すよう渡される。

こうして毎月当たり前のように「本の雑誌」を刊行しているけれど、実はそれは奇跡であり幸せなのだと改めて思う。

午後、新宿の紀伊國屋書店さんから注文いただいた大山顕『マンションポエム東京論』を納品にあがる。今年の夏は相当腕力を鍛えられた気がする。

夜、息子が職場で「君ほど真面目に働く若い人を見たことがない」と先輩から褒められた話をしている。息子が褒められたことともに、褒める人がいる中で息子が働けていることがうれしい。

8月28日(木)酒宴

強烈な暑さの中、9時45分に出社。

9月13日、14日にお茶の水の丸善さんで開催される「お茶丸広場×ブックマーケット」の準備をする。机のサイズを測り、そこに積めるだけの本を倉庫から出していく。

昼、「町にはとんかつが必要だ!」の取材のため、キンさんと西日暮里のとんかつ屋さんへ。美味いとんかつと面白い話を堪能する。

夜、神保町の「はなび」で書店員さんと酒。「●●がすごい売れてるんだよ!」とか「●●は頼みすぎちゃった」なんて話を聞いているのがやっぱり一番楽しい。そうしてそういう会話の中に、売るためのヒントがたくさん隠れている。酔っているけど覚めているそういう酒宴。

8月27日(水)ZINE

自転車を漕いで駅に着き、薄暗いホームで武蔵野線を待っていると、尋常でない量の汗が噴き出す。今週は暑い。

いつだかの会議で「神保町ブックフェスティバルの目玉商品が欲しい」と言われ、本末転倒、日常の目玉商品を作れよという言葉をぐっと飲み込み企画した本の雑誌社初のZINE『神保町日記2025』の初稿ゲラを松村から渡される。

書籍編集の近藤、営業事務兼経理の浜田、編集発行人の浜本、進行の松村、そして私のそれぞれが2025年7月15日から8月14日を記した日記なのだが(私はこの期間二つの日記を記すという謎展開)、こんなもん目玉商品になるのか⁉︎と訝しみながら目を通す。

初売りは10/11、10/12に京都で行われる下鴨中通ブックフェアで、その後神保町ブックフェスティバル、さらに文学フリマで販売する予定。

夜、埼スタに行って発狂する。

8月26日(火)目的地

朝ラン6キロ。日、月は介護のため走れずなので火曜のランニングは足も心も休息十分で大変軽い。

シャワーを浴びて、本日も猛烈な暑さの中、9時半に出社。午前中はフェア用のパネルと注文書作り。

午後、渋谷へ。HMVさんを訪問すると何やらたくさんの人がビルに吸い込まれていく。もしや⁉︎と思ったら、5階のCD売り場も6階の書籍の売り場もすごい人。6階ではレジに並ぶお客さんが50メートル以上列を作っており、あわてて店内掲示を確認するとStray Kidsというグループのアルバム発売日らしい。誰かが以前CDの発売は毎週水曜日だからその日を外すといいとアドバイスしてくれたのだがどうやらそうとは限らないようだ(後に娘に聞くと輸入版だからといっていた)。

これはレジから火が吹くのではなかろうかと思いつつ、とてもお話しどころではないので退散。それにしても推し力ってすごい。

続いて奥渋にあるSPBSさんを覗くとこの暑さにも関わらず、店内に10人ほどのお客様がいてびっくり。それでも来たい場所になっているということだろう。本屋さんはぶらりと寄る場所ではなく、目的地にならなければならないということか。放課後の校庭が閉じられてしまったように世の中みんなそういう場所になってしまったということかもしれない。前田隆弘『今の自分が最強ラッキー説』、品品『品品喫茶譚 Ⅳ』を購入する。



アイスを二つ食べる。

8月25日(月)島沢優子『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』

  • 叱らない時代の指導術: 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践 (NHK出版新書 748)
  • 『叱らない時代の指導術: 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践 (NHK出版新書 748)』
    島沢 優子
    NHK出版
    1,023円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

島沢優子『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』 (NHK出版新書)を読了する。

息子が小学生のときに入っていた少年団は明らかに「叱る」指導で、叱るどころか子供の襟首捕まえてぶん回すようなコーチだった。

アホだなあと冷めた目で見ていたのが悪かったのか、今から考えると私に対しての報復措置だったのだろう。小学6年生となり卒団まで残り3ヶ月となったところで息子が標的にされた。

練習や試合に行けば至近距離で怒鳴られ、浦和レッズの応援で休んだら呼び出された。少年団の規則を紐解くとJリーグを観に行くのは欠席にならないと記されているのにだ。

息子もパンク寸前だったが、妻の方が限界だった。

これは前にも書いたような気がするけれど、ある夕方、息子とランニングしながら考えた。少年団を続けるか、やめるか。というか「やめるか?」と私が訊いたら、息子は「やめていいの?」と驚いた顔をして聞き返してきたのだ。

そりゃあやめていいだろ。サッカーは楽しむためにやってるのに、楽しくないならやめた方がいい。

そして、息子は少年団をやめた。

いまだにわからないのはその後の妻の行動だ。

妻はあちこちのサッカークラブを検索し、小6の冬から入れるクラブを探し出したのだ。

息子は少年団でもレギュラーになれないくらい下手だった。Jリーガーになんて絶対なれないし、高校選手権にも出られるわけもない。サッカーを続ける必要なんてなかったのだ。

それなのに妻は必死にクラブを探した。そして埼スタサッカースクールというサッカークラブを探し当て、息子を連れて話を聞きに行き、車の運転が嫌いなのに送迎をすることにして、入会した。

その埼スタサッカースクールはまったく「叱らない指導」だった。グラウンドに響き渡るのはコーチの「ナイス!」という褒める声ばかりで、息子はそこで生まれて初めてサッカーを楽しんだ。大笑いしながらサッカーをして、意味もなくマルセイユ・ルーレットを何周もしていた。

息子の通っていた少年団の子たちは、ほとんど中学でサッカーをやめてしまった。

その少年団を残り3ヶ月でやめた息子は今、サッカーの仕事に就いて、毎日ボールを蹴っている。

8月24日(日)週末介護の日曜日にはスズキナオの本を読む

  • 酒ともやしと横になる私
  • 『酒ともやしと横になる私』
    スズキナオ
    シカク出版
    1,430円(税込)
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  • 遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ
  • 『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』
    スズキナオ
    スタンド・ブックス
    1,813円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

本日も激暑。防災無線で熱中症の予防を呼びかけている。お墓参りも散歩もあきらめ、母親の見守りという読者タイム。

実家での介護が始まってから、おおよそ1000冊くらいの未読本を自宅から運んできている。実家は私が20歳過ぎたときに建て直しており、当時バブルの絶頂にいた父親から部屋を好きなようにしていいと言われた私は、屋根裏部屋を作り、天井も壁も全部丸太小屋に見えるよう板張りにし、さらに壁一面を造り付けの本棚にしたのだった。

その本棚にはもちろん本がぎっちり収めたまま家を出たのだけれど、半世紀過ぎてみればもはや興味の対象ではない本も多く、介護が始まると同時にほとんどを整理し、その空いた棚にわが愛おしの積読本を並べているわけだ。

介護という時間だけはある中に身を置いて過ごしていると、その日の自分の気分というものを見つめることになり、さらにその都度改めて興味をもつものを考える。これは掛け算であり、無限の回答が必要だ。その無限の回答こそが積読本であり、今日はそんな積読の棚からスズキナオさんの『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)に手を伸ばす。

土曜日曜と何もできず実家にこもっているとなんて無駄な時間を過ごしているのだろうと焦燥感に駆られることがある。SNSを見れば旅行している人もいれば、本屋に行ってる人もいて、そして美味しいものを食べている人もいる。

世の中からひとり取り残されているような気持ちに支配されそうになったとき、スズキナオさんの著作はとてもいい。激しい喜怒哀楽がなく、誰とも比較せず、平坦な気持ちのなかで、おかしみが湧いてくる。

スズキナオさんの著作に『遅く起きた日曜日にいつもの自分じゃないほうを選ぶ』(スタンド・ブックス)という著作があるが、私は「週末介護の日曜日にはスズキナオの本を読む」という感じ。

もしかするとスズキナオさんの本は、入院している人にもぴったりかもしれない。

8月23日(土)キャンピングカー

埼玉は37度超えの中、週末実家介護のため母親を施設に迎えにいき、実家に向かう。本日も残念ながら父親の墓参りも散歩も断念し、終日クーラーの効いた部屋で過ごす。

午後、中学校からの子分ダボがやってくる。車の運転が好きで、今それを仕事にしている彼は、最近キャンピングカーに夢中で、あちこちで開催されている展示会に通っているという。

キャンピングカー仕様に改造したハイエースが欲しいらしいがそれは相当な値段で現実性は乏しく、それでもYouTubeを見たりカタログを見たりしている時間が楽しいらしい。

YouTubeの部分がかつては雑誌の役割だったんだろうなあと思いながら話を聞いていた。

8月22日(金)レベルアップ

本日も激暑。ふらふらになって9時半に出社し、書店さん向けDM作成に勤しんでいるとお隣さんの書泉のKさんがやってくる。Kさんは元取次店勤務で経験豊富のため出版業界の隅々まで知っている。

そのKさんにここ数週間ずっと考えていたことを質問する。それは書籍、雑誌、コミック、文庫とすべてのジャンルを取り揃えた総合書店というのは、今後商売として成り立つのかというあまりに雲をつかむような質問だった。しかしKさんは数字も交えて論理的に説明してくれ、頭の中にあったモヤモヤはくっきり晴れていった。

昼、昼食をとりにいくふりをして、古書会館で行われているぐろりや展を物色。

中野朗『変奇館の主人 山口瞳 評伝・書誌』(響文社)、宮嶋康彦『紀の漁師黒潮に鰹を追う(草思社)、内田五郎『鰊場物語』(北海道新聞社)を買い求める。値札をみるとすべて鎌倉の公文堂書店という古書店であった。もしかすると品揃えが私の読書傾向とドンピシャなのかもしれない。お店があるならいつか行ってみたいとメモし、ファミリーマートでお赤飯のおにぎりと野菜ジュースを買って帰社。

午後もDM作成に勤しんでいると、書籍編集の近藤が企画の相談で声をかけてくる。

最近、本の雑誌社で一番書籍を作っているのが私ということで(なんでやねん!)、「タイトルこれでいいですか?」「帯文見てもらいますか?」「この企画なんですけど」なんて相談される機会がとても増えた。

しかし、これが難しい。見た瞬間に私なりの考えも浮かぶ。私色に染めていいならすぐさま近藤を浦和レッズサポーターに染めてやる。しかし本作りはそういうものではなく、当然ながら私の考えが正しいわけでもない。

また売れる売れないは結果論になってしまいがちだし、さらに書籍というのは著者と編集者が対峙して作るものだから、そこにこれまでの経緯や思惑をまったく理解していない人間(私)が口を挟んでいいのかと首を傾げてしまう。

なので「好きなように作っていいよ」と答えることが多いのだけれど、そうするとあなた今、飲み屋で「とりあえずビール」って頼んだかの如く投げやりな言い方しましたよねと不信感をもたれ、とても不安そうな顔をされたりする。

今日、近藤と話していて気づいたことがあった。相談というのは答えを求めているのではないのだ。話を聞いてほしいのだ。答えは本人の中にあり、それに気づくまで対話して欲しいということだ。要するに本を真ん中に置いて雑談すればいいだけのことだったのだ。スギエはレベル5にあがった。

夜、西荻窪の今野書店さんに行き、今野さんご夫妻と食事にいく。

サンブックス浜田山さんですら閉店してしまったように、いまやどこの本屋さんも崖っぷち、いや断崖絶壁を転げ落ちている途中、かもしれない。

そんな中、「この街(西荻窪)から本屋を無くすなんて考えられない」と必死に店を存続されている今野さん。いったいそのためにどれだけの苦労を背負っているのかは計り知れない。

その想いに応える方法は今野書店さんで本を買うことしかなく、デイヴィッド・ピース『GB84』(文藝春秋)と島沢優子『叱らない時代の指導術 主体性を伸ばすスポーツ現場の実践』(NHK出版新書)を購入したのだけれど、もっと何かあればいいのにと思った夜だった。

8月21日(木)サイボーグ

 本日も激暑。最高気温37度。

 午前中、デスクワークをしていると「つまらなかったら返品承ります!」という販促をしている丸善お茶の水店のSさんから電話。「昨日休みだったんだけど、今日出社してみたらすごい売れててさ、思わず電話しちゃったよ!」。訊けば櫻田智也『失われた貌』(新潮社)が昨日だけで10冊以上売れたという。すごい!

 いやはややっぱり本屋さんはもっと自由に本を売るべきなのだ。返品率とか版元の思惑とかお仕着せの販促物とか報奨金とかに縛られるのではなく、書店員さん自身の嗅覚で創意工夫しながらお店の力を最大限に引き出す展開をすべきなのだ。

 なんだか聞いていてとってもうれしくなる。そうだそうだもっとやってやれ!と拳を突き上げたくなる。10年、20年前は、そうしていろんな書店さんが、いろんな方法で、いろんな本をばんばん売っていたのだ。

 舞い上がった気分を利用して、熱波の中『マンションポエム東京論』33冊と『モールの創造力』10冊を持って直納に向かう。昨日はスッキリ隊出動で、クーラーのないところで1500冊の本を整理し運んだことに比べたらこんな暑さも重さもなんでもない。

 中井の伊野尾書店さんを訪問すると、レジに見たことのある人が立っていて思わず二度見する。なんと元三省堂書店で現踊り子の新井さんがそこにいるではないか。どういうことかと思ったら、月に一日、二日、伊野尾書店で書店員になっているらしい。

 10年ぶりくらいの再会なのだが、新井さんから「びっくりするくらい見た目が変わっていない」と驚かれる。もしかすると私はサイボーグなのかもしれない。

8月20日(水)小野寺史宜『あなたが僕の父』

  • あなたが僕の父
  • 『あなたが僕の父』
    小野寺史宜
    双葉社
    1,870円(税込)
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    HMV&BOOKS

ここのところ正直あまりハマる作品がなかった小野寺史宜。そろそろ新刊を追わなくてもいいかもと考えていたところに出たのが、『あなたが僕の父』(双葉社)だった。

よし、これを読んで最終判断を下そう、なんて上から目線で本を手に取った自分をぶっ飛ばしてやりたい。「おまえ、小野寺史宜ナメんなよ!」と。

むせび泣いてしまった。『ひと』以来の感動だ。『ひと』以上の切なさだ。これが人生だよね。なんでもない人生を書かせたら、やはり小野寺史宜の右に出る者はいない。

一人暮らしの父親の物忘れが心配で、一年ぶりに館山の実家に帰省すると車のバンパーが凹んでいた。その原因を父親に訊ねても覚えていないらしい。40歳の主人公は考える。父親といっても十代の頃からほとんど口を聞いておらず、その人生もほとんどわからない。このまま何も知らないままでいいのか──。

年老いた父親の造形が見事。高齢男性の特徴をしっかり捉えており、歳をとった父と息子の微妙な距離感の会話もとてもリアルで、会話文を得意とする小野寺史宜の真骨頂だろう。

そしてバランスが絶妙だ。父親のこと、彼女のこと、東京のこと、館山のこと、近所のひとたちのこと、過去のこと、未来のこと。さりげなく、過不足なく語られる。

その先に、これまでの小野寺史宜とはちょっと違う展開が待っている。切ない。切なすぎる。頼むから続編を書いてくれ。あるいは他の作品で彼らを登場させて、その後の人生を見せてほしい。

「介護」以前の「介助」と呼べばいいのだろうか。まだ「護る」ほどではなく、「助ける」あるいは「見守る」ことが必要になった親がいる年頃の人には特に胸締めつけられる物語だ。

小野寺史宜をナメない方がいいぜよ。

8月19日(火)つまらなかったら返品承ります!

  • 失われた貌
  • 『失われた貌』
    櫻田 智也
    新潮社
    3,980円(税込)
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    Amazon
    HMV&BOOKS
  • キャプテン2 16 (ジャンプコミックス)
  • 『キャプテン2 16 (ジャンプコミックス)』
    コージィ城倉,ちば あきお
    集英社
    572円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

朝4時起床。太陽が昇るのが少しずつゆっくりになり、まだ陽がでていない。5時を過ぎて明るくなってきたので、ランニングへ。

最近は、さいたまマラソンに申し込んだ息子も朝ランを始めたのだけれど、その足の速さにまったくついていけない。胸板も厚く、肩幅も広く、太ももはぱんぱん、もちろん私より背が高い、その肉体がとにかく羨ましく、頼もしい。本気でサッカーに向き合っている人間だけが手に入れられる身体と心。

本日も浜田が夏休みのため9時に出社し、電話番。秘密の本の原稿をチェックし、書店さん向けDM作りに勤しむ。

夕方、電話でいただいた注文を短冊に書き写していると書店コードが一桁足りず、顔面蒼白。書店さんに電話し、改めて確認する。忙しい時間帯にお手間をとらせてしまい申し訳ない気持ちでいっぱいとなる。

落ち込んでいるとS土社のエノ氏から電話があり、「杉江さん、僕は本当に杉江さんに大変失礼なことをしていました。本当にすみません」と謝られ、なに?なに?と背筋がゾッとする。

エノ氏はどこやらの団体で出版勉強会を主催しているそうで、そこでは出版業会の中で仕事のできる人に話を聞いているそうなのだが、今日という今日まで私杉江を仕事のできる人と認識していなかったと。しかしよくよく振り返ってみるとこの暑い中、頭おかしいくらい直納を続けている杉江という人間は、もしかして仕事ができるのではと思い至り、その仕事の哲学を若手の出版人の前で具体的に話してくれないかという依頼であった。

エノ氏もどうもこの暑さで私以上に頭がおかしくなってしまったらしい。とりあえず秋になって28度を下回ったらもう一度連絡するようアドバイスする。

夕方、元B書店のAさんが、出版社に転職したと挨拶にやってくる。出版社に勤めるとなると自社本優先となり、大好きな文芸書を公平に扱うことができなくなるのが嫌で、専門出版社に入ったとのこと。その感覚がとても書店員さんぽくて感動する。

仕事を終えて、コージィ城倉/ちばあきお原案『キャプテン2 第16巻』 を買いにお茶の水の丸善さんに赴くと、入り口平台一等地に大きなパネルが立っており、何かと思ったら「つまらなかったら返品承ります!」とデカデカと書かれていた。

これは!! 2011年に宮田珠己さんの『だいたい四国八十八ヶ所』以来の伝家の宝刀ではないか!

今回返品を承るほど自信をもっておすすめされているのは櫻田智也『失われた貌』(新潮社)であった。

なんだか楽しくなる。なぜなら売り場がとっても楽しいからだ。本屋さんはこうでなくちゃ。

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8月18日(月)レンタル雑談する人

 朝、介護施設の迎えの車に母親を乗せ、無事今週も週末実家介護を終える。父親の墓参りをした後、東武伊勢崎線武里駅より出社。本日も浜田が夏休みのため終日電話番。お盆休み明けのため、注文の電話がよく鳴るのだった。

 昨日届いたとある単行本用の原稿を整理。これで「あとがき」以外はすべて揃ったのでデザイナーさんに送る。この「誰もまだ知らないけど、俺、今すごい本作ってるんだもんね」という瞬間が好きだ。

 午後、博報堂のTさんとdrum upのNさんがやってくる。とあるムックの企画を考えてくれという依頼。雑談しているうちに台割ができあがる。「レンタルなんもしない人」というのあるけれど、私は「レンタル雑談する人」という商売した方がいいのかもしれない。

 新宿の紀伊國屋書店さんから『マンションポエム東京論』の注文が入ったので、電話番を編集の松村と近藤に任せ、直納にあがる。仕入の方から「よく売れてますね!」と声をかけられ、うれしくなる。

 昼飯を食べそびれていたので、わが下積みメシである「たつ屋」で牛どん(530円)を食べる。ここの牛どんは肉と玉ねぎの他に豆腐も入っており、その豆腐がうまい。

 会社に戻ると雷の音が聞こえ、どこで雨が降っているのだろうと雨雲レーダーを見たら、わが自宅の方が真っ赤になっていた。埼玉はゲリラ豪雨のメッカとなっている。

 上野まで歩いてそこから京浜東北線に乗って帰る。家に着く頃には雨はやんでおり、私の被害はゼロ。

8月17日(日)ジェームズ・ティペット『エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』

  • xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー
  • 『xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』
    ジェームズ・ティペット,田邊雅之
    イースト・プレス
    2,420円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

ジェームズ・ティペット『エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』(イースト・プレス)読了。面白すぎて一気読みだった。こんな知的興奮が味わえるサッカー本ははじめてだ。歴史的サッカー本!である。

これまでノイズ(様々な現象と偶然)が多すぎてデータを収集することが難しかったサッカーに、「ゴール期待値(xG)」という概念が持ち込まれたところから分析の革命が始まる。

最も初めにそれらを取り入れ出したプレミアリーグのサッカークラブ、ブライトンやブレントフォード、そしてリバプールを中心に、最先端のサッカークラブでどんなデータが開発され、どう利用されているのかが、つまびらかに語られる。

目から鱗が落ちるどころか何度も目ん玉飛び出し、付箋でいっぱいになった。何もかも数字で語られるので、私がこれまでサッカーを観て(おそらく1000試合くらいスタジアムで観戦している)「打てー」やら「この時間は守りだー」なんて叫んでいたことが、ほとんど間違いであったことをくっきりはっきり教えられた。

クロスからゴールが決まるのは65回に一回とか、両チーム一試合に60回ずつセットプレーがあるとか、ロングシュートは打たない方がいいとか、監督が成績に与える影響は少ないとか、クリスティアーノ・ロナウドは決して決定力が高いわけではないとか、ほとんど1ページ毎に価値観がひっくり変えるほどの衝撃がある。

クラブワールドカップで大敗北を期した我らが浦和レッズは、改めて何世代かけても「世界制覇」を目標に掲げた。ということは選手だけでなく、クラブがこの本で描かれている以上のクラブにならなければいけないということだ。セットプレーのコーチだけでも、戦略を練る人だけでなく、スローインのコーチにキックのコーチまでも居て、さらに試合の分析にはエリート中のエリートも雇う。いったいどれだけの数のスタッフがクラブにいるのだろうか。そうした「世界」の基準というものも教えてくれる待望の一冊でもある。

サッカーって面白い。サッカー本ってめっちゃ面白い。

8月16日(土)孤独の支え

週末実家介護のため施設に母親を迎えにいく。昨夜のうちに作ったピーマンの肉詰めを妻が持たせてくれる。晩御飯クリア。家族の協力あっての介護だ。

メールをチェックすると、スズキナオさんに依頼していた原稿が届いていた。保坂和志の10冊。やっぱりスズキナオさんの文章が好きだ。「本の雑誌」10月号掲載。

昨日、原稿整理を終え、レイアウト用に送ったデザイナーの松本さんから原稿拝受と感想も届いていた。

来年発売を目指し編集中の『眼は行動する』は、坪内さんが毎週展覧会に通って書いた(「週刊ポスト」に連載)美術評論なのだけれど、デザイナーの松本さんの主戦場が美術展の図録のデザインであり、そういう意味ではこの原稿の一番の理解者になり得る人なのだった。

美術にまったくの門外漢の私は、そんな松本さんを頼りに本作りに勤しもうと思っているのだけど、そもそも松本さんは原稿を読んでどう思うのだろうと思っていた。

松本さんからの返事は、自身の師(松本さんは写真家でもある)である展示を坪内さんが観に行っていて、その文章を読み、「一言で確信をついている」と慄いていた。

不思議なものだ。坪内さんのことも、坪内さんが書いていることも、一番理解していない私が、坪内さんの本を作ること、作り続けていること。なんだろう。もしかしたらわかっていないということをわかっているから作っているのかもしれない。

もちろん根底には坪内さんの古びない文章と、それを待っている読者がいるから作れるのだけれど。

そういえば昨日メールのやりとりをした中央公論新社の営業Yさんもこの『行動する眼』の刊行を知り、「書籍にならないかと思っていたので楽しみです!」とおっしゃっていたのだ。さらにそもそもは雑司ヶ谷で行われたみちくさ市で、「『日記から』の次は、ぜひ『行動する眼』を書籍化してください」と背中を押してくれた読者がいた。そうしたひとつひとつの声が、本作り売るという孤独の支えになっている。

夜、送り火を焚いて父を送り出す。また来年。

8月15日(金)電話番

  • xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー
  • 『xGENIUS エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』
    ジェームズ・ティペット,田邊雅之
    イースト・プレス
    2,420円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

神保町の8.15名物である靖国通りをバリケードで塞ぐ警官隊とそこに突入する街宣車のがなり声を聞きながら8時45分に出社。今日から事務の浜田が夏休みのため終日会社にこもって電話番なのだった。

来年発売予定の坪内祐三『眼は行動する』のテキストを整理する。348回分の掲載誌を図書館でコピーし、それをすべて打ち込み、間違いがないか掲載誌と付き合わせ、不足しているデータを調べ、入稿できる原稿をこしらえていく。

昼、オンラインで本屋大賞の会議。昼食はファミマでコロッケパンと野菜ジュースを買い求め、社内で食べる。

午後もひたすら原稿整理をしていると、ノルウェー大使館から本屋大賞に関して問い合わせのメールが届く。本題もそこそこにわれらが浦和レッズの副キャプテン、マリウス・ホイブラーテンと前監督へグモの話を書いて返す。

帰りに丸善お茶の水店によって、ジェームズ・ティペット『エックスジーニアス 確率と統計で観るサッカー』(イースト・プレス)を購入する。

8月14日(木)サンブックス浜田山

午後、今日で41年の歴史に幕を下ろすサンブックス浜田山さんを訪れる。

店内は本を抱えたお客さんでいっぱい。一昨日まで神田村に仕入にいった補充も追いつかず、棚はスカスカになっている。名物の版元フェアは青土社を開催中だったのだが250冊仕入れた本は200冊以上売れ、最も心配されていた返品できない岩波書店の本もほとんど売り切っていた。

そんな売場を眺めながら店長の木村さんが「浜田山のお客さんすごい」と目を丸くしているが、長年そんなすごいお客さんの顔をひとりひとり思い浮かべながら一冊一冊丁寧に仕入れ、本を届けてきたのは木村さんなのだった。

8月13日(水)サイゼリヤ

盆の入りなので会社を休み、父親の墓参り。いつもはほとんど人のいないお墓にお花を携えた人がいっぱいだ。

春日部市役所に行き、母親の介護保険負担限度額認定申請書を提出する。こちらも人がいっぱいでどうやらマイナンバーカードを申請する人のよう。

帰り道、妻と娘の昼飯を食うべく浦和美園のコンパクトなショッピングモール「ウニクス」に立ち寄り、「サイゼリヤ」でランチ。三人でたらふく食べて3800円。人生2度目の「サイゼリヤ」を堪能する。

この施設には、ヤオコー、ダイソー、マツモトキヨシ、タリーズ、そしてくまざわ書店と入っており、これだけあれば十分なのだった。

8月12日(火)お供

意外と電車は混んでおり驚くが、通勤というより夏休みのよう。私服でキャリーカートを引きずる人多し。本の雑誌社は、浜田、松村、近藤と全員出社で通勤運行。

夕方、巣鴨の慈眼寺へ目黒さんのお墓参りいく。『新刊めったくたガイド大大全』と「本の雑誌」9月号をお供えし、諸々ご報告。

8月11日(月・祝)夜勤明け

朝、母親を介護施設の車に乗せて週末実家介護を終える。三連休だが、祝日は自分の休みなのだ。ランニングして帰ろうと思ったら雨が降っており、電車で帰る。

昼にヤオコーに弁当を買いに行き、ビールを飲みながら食べる。気分は夜勤明けの労働者で、ほろ酔いとなってクーラーの下で昼寝。

8月10日(日)プロフェッショナル仕事の流儀

週末介護のため終日母親と実家で過ごす。

朝、NHKで再放送されていた「プロフェッショナル仕事の流儀 津軽半島 餅ばあちゃんの物語」を見て号泣する。丁寧に丁寧に一切妥協せず笹餅を作る93歳のおばあちゃんの言葉の重みは、私のようなペラペラの人間とまったく違うのだった。こういう人間になりたい、と胸に刻む。

8月9日(土)高田晃太郎『ロバのクサツネと歩く日本』

  • ロバのクサツネと歩く日本
  • 『ロバのクサツネと歩く日本』
    高田 晃太郎
    河出書房新社
    1,892円(税込)
  • 商品を購入する
    Amazon
    HMV&BOOKS

週末実家介護のため、朝、母親を介護施設に迎えにいく。相変わらずの暑さのため、終日見守りという名の読書時間。

高田晃太郎『ロバのクサツネと歩く日本』(河出書房新社)読了。これは令和の『深夜特急』だ。

沢木耕太郎はたしか意味もなく酔狂なことをしたいと一円硬貨までかき集め、アジアからヨーロッパまで陸路で旅したけれど、この高田晃太郎氏は愛するロバを相棒に徒歩で日本を旅していく。もちろん何の役にも立たないし意味もなく酔狂なんだけど(他人から見たら)、ロバを連れて歩いている彼(とクサツネ)に接すると、こんなにも人は優しくなれるのかと驚いてしまう。

たくさんの人が寝場所を案内したり、家に泊めてくれたりする。どうやらそれは親切心だけでなく、ロバのクサツネにみんな癒されているようなのだ。

アニマルセラピーというのは知っていたけれど、あれは長時間心を通わせた動物から受け取るものだと思っていた。けれどどうやら違うようだ。クサツネを見た瞬間にまるで恋に落ちるが如く声をかけ、みんなクサツネから何かを受け取っているようなのだ。100歳のおばあちゃんもクサツネが近寄っただけで、長生きするといいことあるねと喜んでいる。

内澤旬子さんの『カヨと私』(本の雑誌社)や河田桟さんの『くらやみに、馬といる』(カディブックス)のように、ヤギや馬やロバなどの動物には何かしらの力があるだろう。

そうして見えてくるのは、日本の姿だ。本来もっていた日本人の優しさ、あるいは共同体はこういうものだったのではないかと教えられる。さらに各地を歩くことによって過疎に悩む村や耕作放棄された田畑なども目にすることになる。

『深夜特急』が二十代の私を旅に向かわせたように、『ロバのクサツネと歩く日本』は54歳の私を無性に旅に誘う。紀行文の名作がここに誕生した。

8月8日(金)2万8千歩

早朝よりオンラインで座談会を収録し、今日はもう十分働いたとのんびり出社すると、あちこちから『マンションポエム東京論』の追加注文が届き、ひとり直納部隊を結成することとなる。

夕方4軒の納品を終えると、なんと2万8千歩歩いていた。

8月7日(木)1キロ超え

  • 新刊めったくたガイド大大全
  • 『新刊めったくたガイド大大全』
    北上次郎
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北上次郎『新刊めったくたガイド大大全』の見本が無事できあがってくる。1182ページ、厚さ42ミリ、重さはなんと1キロ15グラム。

初回注文を締め、ーハンの搬入連絡システム「EN-CONTACT」に書誌情報を入力していたら、「重さが1000グラム超えています。よろしいですか?」と警告が出てびっくりする。そうか、1キロ越えはさすがにタイプミスを疑われる異常値なのか。

8月6日(水)新潮ドキュメント賞

第24回新潮ドキュメント賞候補作の発表。1月に刊行した高野秀行『酒を主食とする人々』が候補作に選ばれたのだった。とってもうれしい。

他の候補作は、『対馬の海に沈む』窪田新之助(集英社) 、『ボーイング 強欲の代償 連続墜落事故の闇を追う』江渕崇(新潮社) 、『僕には鳥の言葉がわかる』鈴木俊貴(小学館) 、『ブラック郵便局』宮崎拓朗(新潮社) 。発表は8月29日。ドキドキの1ヶ月だ。

3時に『マンションポエム東京論』の重版分ができあがってきたので、直納部隊を結成し、丸善丸の内本店さん、丸善日本橋店さん、ブックファースト中野店さんに納品する。

8月5日(火)挿絵

40度近い激暑の中、出社。体温より高い気温というのはのぼせてしまう。

定期購読者分の「本の雑誌」9月号が納品になったので、ツメツメ(封入作業)に勤しむ。4日出来、5日取次搬入というのは曜日とお盆休みの影響なのだが、「本の雑誌」史上いちばん早くできた号になる。早く並べば早く返ってくる。8月号の販売期間が短くなるわけで、あんまり関係ないかもしれないがちょっと気になる。

3時にツメツメを終えて、信濃八太郎さんの個展を見に表参道の山陽堂書店へ。毎日新聞の連載だった東山彰良『三毒狩り』に描いた挿絵のすべてが展示されているのだった。圧巻。

8月4日(月)直納続き

春日部より神保町に出社。

午後、千駄木の往来堂書店さんと竹ノ塚のスーパーブックスさんに『マンションポエム東京論』を直納。直納している間にも、先週直納したばかりの丸善日本橋店さんから再度の追加注文が入る。すごい状況だ。

旭屋書店新越谷店さんを覗くと、心のこもったPOPがさりげなくあちこちの本に立っている。

8月3日(日)お隣さん

本日も猛烈の暑さ。終日、母親の見守り。

午後、隣の山本さんがアイスクリームをもってやってくる。互いに旦那が死ぬまでは挨拶程度の関係だったのに、今ではこうして上がり込んで、2時間も思い出話やら近所の噂話に花を咲かせている。

8月2日(土)そこにある死

週末実家介護のため、朝、妻と介護施設に母親を迎えにいき、実家へ。朝は雨が降っていたものの昼前には止み、そこからはいつも通りの35度超え。今週もお墓参りと散歩をあきらめ、クーラーの下で終日見守りという名の読書に勤しむ。

午後、突然母親がむせ返り呼吸困難に陥る。背中をさすりどうにか落ち着かせるが、老人はすぐそこに死があることを改めて思い知る。半年くらい前も水を飲んでいるときにむせ返り、目の前で母親が死んでいくのかと意外と冷静に見つめていたことがった。平和な午後が、突然死の入り口に変化する。それが介護だ。

8月1日(金)あんみつ

仕事を終え、今週もよくがんばったという自分へのねぎらいの気持ちと明日からはじまる週末の介護の憂鬱を抑えるためにコンビニで缶ビールを一本買い求め、すぐにプルタブを開けて上野駅まで歩きながら飲み始めた。

350ミリのビールは500メートルも歩かないうちに飲み干し、酒に弱い私は空腹と徒歩での鼓動に応じて、すぐに酔い始めた。

あちこちに立ち並ぶマンションを見上げては、もしここに住んでいたらという夢想に思いを馳せる。自分がデザイナーだったら、あるいは一人で暮らしていたら、そんな空想をいくつか思い描いているうちに不忍池が広い空の下に見えてくる。

信号で足止めされた交差点には、甘味処の老舗である「つる瀬」が軒を連ねている。もう売り切れかなと覗いたショーウィンドウは湿気で曇っており中が見えなかった。手を伸ばし、水滴を取っていると、割烹着をきたお店の女性がタオルを持って拭ってくれた。

「見えなくてすみません」

そこには母親の大好物のあんみつが並んでいた。

介護を始めてしばらくし、土曜の朝、介護施設から連れ帰った母親に、コーヒーや紅茶とともに甘いものを供するようにしていた。

先週はコージーコーナーのシュークリームで、その前は横浜くりこ庵のたい焼きだった。介護施設ではそんなに甘いものが出ることはないらしく、こぼれたカスタードクリームやあんこをきれいに掬って舐めていた。

今週はあんみつだなと決めて、買い求める列に並ぶ。私の番になると先ほどショーケースを拭いてくれた女性が注文を訊いてきた。

「あんみつ2つお願いします」
「ありがとうございます」

お会計が済んで、頭を下げる女性に気づけば一声かけていた。

「介護している母親が、ここのあんみつ大好きなんです」

酔っ払ているなと反省したが、女性は「本当ですか! ありがとうございます‼︎」と満面の笑みを浮かべ、腰を折って頭を下げた。

あんみつが入った袋を手に下げ、不忍池に佇む。大きな葉を広げ、いま咲かんとする蓮が池を埋め尽くしている。母親があんみつを食べる姿を思い浮かべたら、介護の憂鬱は消えていた。

7月31日(木)墓前にて

午後、多磨霊園に行く。

坪内祐三さんの墓前に線香をあげ、また坪内さんの本を作らせていただくことを報告する。今度は「週刊ポスト」に長年連載していた「坪内祐三の美術批評 眼は行動する」だ。

坪内さんはいったいなんて言うだろうか。「杉江君、美術のことなんてなんにもわかってないでしょう」と叱られるだろうか。いや、そんなことはないだろう。きっと「ありがとう」と喜んでくれるはずだ。そう思わないと、いや思い込まないと、亡くなった人の本なんて怖くて作れないのだ。

7月30日(水)アドバイス

54歳の誕生日。代休が溜まっているので休みとする。

54歳の私から年下の人にアドバイスできることは以下の三つだ。

1、運動した方がいい
2、スキンケアもした方がいい
3、外出する時は襟付きのシャツを着た方がいい

7月29日(火)直納冥利

本日も直納。午後、丸善日本橋店さんに『マンションポエム東京論』30冊を持っていく。最初の電話では10冊の注文だったのだけれど、改めて電話があり、あちこちに展開したいからということで30冊に増部されたのだった。

本を届けると「ありがたい!」と声をかけていただき、すぐに売り場に並べてくださった。直納冥利につきる。

鹿美社編集部編『ダメ男小説傑作選』(鹿美社)
金原ひとみ『マザーアウトロウ』(U-NEXT)
上田優紀『七大陸を往く 心を震わす風景を探して』(光文社新書)
柳原良平『アンクルトリス交遊録』(中公文庫)
高田晃太郎『ロバのクサツネと歩く日本』(河出書房新社)

を買って帰る。

7月28日(月)熱

週末介護を終え、春日部から出社。

昨日メールで注文いただいた『マンションポエム東京論』50冊を持って、丸善丸の内本店さんへ納品にあがる。『マンションポエム東京論』は一冊450グラムなので合計23キロ。両手に18冊ずつ、肩に14冊を振り分け、歩き、階段を降り、電車に乗り、エスカレーターを上がり、電車を乗り換え、階段を登り、歩き、エレベーターで降りて、仕入まで届けにいく。


営業の仕事は、熱を冷まさないことだと思っている。

書店員さんが最も本を売りたいと思った瞬間は本を注文したときだろう。
売りたいから注文するのだ。
その思い(熱)は、時間が経てば経つほど冷めてしまう。

だから私は熱が冷めないよう、できるかぎり本を持っていく。

またそれは書店員さんだけの話ではない。
そもそもの本は、著者と編集者の熱によってできている。

その熱を冷まさないように営業は書店員さんや読者に届けなければならない。

もちろん時には営業自らも熱を発しなければならない。

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