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10月27日(月)寅雄帰還

  • ブラッド・コバルト~コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで
  • 『ブラッド・コバルト~コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』
    シッダルタ・カラ,夏目 大
    大和書房
    2,750円(税込)
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  • 埼玉高校サッカーの復権を担う男たち
  • 『埼玉高校サッカーの復権を担う男たち』
    河野正
    カンゼン
    1,980円(税込)
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朝ラン6キロ。少し前は4時台に走れていたのに、今では6時を過ぎないと明るくならず、通勤を考えるとランニングのペースも上がる。

9時半に出社。すずらん通りで天を見上げ青空を睨む。社内には半分以下に減るはずだった段ボールが山積みで、しばらくすると荷物を預かっていた太田出版のSさんがお礼方々挨拶にやってくる。初参加で二日間完全中止という不幸に懲りず、来年も出店してくれることを願う。

昼食は錦華通りの「立喰いそば 梅市」でゲソかき揚げそば。最近のお気に入り。

3時過ぎに内澤旬子さんから「これ以上帰ってこないと辛くて寅雄の原稿が書けなくなるかもしれない」と中断していた「猫に転んで」の原稿がメールで届いたので、夢中になって読んでいるとその内澤さんから電話が入る。

原稿送付の報告かと思い電話に出ると、内澤さんの背後から猫の声が聞こえてくる。「杉江さん! 今、寅雄が帰ってきたの!! 原稿送ってすぐ目撃情報が届いて」。ううう、そんな奇跡みたいなことがあるのか。二十日間も行方知れずになっていた寅雄が帰ってくるとは。万歳三唱。さすが寅雄だ。

東京堂書店さんから『神保町日記2025』の追加注文をいただいたのですぐに持っていく。ISBNもついていないZINEを取り扱っていただけ、しかもこのように追加注文もいただけるとは大感謝。あっという間にこれまで直接注文で発送してきた数に匹敵する数が東京堂書店さんからお客さまの手に渡ったこととなる。

こうして基本直販のみの本を作ってわかるのだけれど、結局売り場のない本は売れないのだ。売り場があってこそ本は売れるのだ。本を売るには売り場を増やすしかないのだ。

夜、お茶の水の丸善さんに寄って、担当のSさんとお話。

新書売り場で多面展開している水島弘史『プロが大切にしている たった一つの料理のルール』(青春新書プレイブックス)は発売3ヶ月で300冊以上販売しており、さらに文庫売り場で展開を始めた昨年12月刊行の今村暁『朝「10秒そうじ」のすすめ』(王様文庫)は、多面積みを始めて1ヶ月で100冊以上売れているそう。

シッダルタ・カラ『ブラッド・コバルト コンゴ人の血がスマートフォンに変わるまで』(大和書房)と河野正『埼玉高校サッカーの復権を担う男たち』(カンゼン)を購入して帰宅。

10月26日(日)神保町ブックフェスティバル2日目【開催中止】

昨日のうちに中止が決まっていたのだけれど、ミニブックフェスに出店している人たちの在庫の補充もあるだろうと9時に出社して、会社を開ける。

すぐに140Bの青木さんと法蔵館の人たちが来て、段ボールを開けて補充品を用意しだす。その背中から一冊でも多く本を売るぞというオーラが立ち上がっており、かっこいい。

彼らが飛び出していった後は、午後から行われる『本を売る技術』の矢部潤子さんのオンライン講義の準備。神戸市が書店を増やすべく取り組んでいる「みんなの本屋講座」でなんと160人ほどが受講しているらしい。

本屋をやりたい人というのはたくさんいて、開業のハードルもかつてに比べるとずいぶんと低くなった。しかし相変わらず儲けることは難しい。

12時矢部さんが来社。13時から二人並んでZoomにて講義。聴いている人がまだ本屋さんではないということで、90分間掃除と整理整頓をテーマに話す。常に売り場を縦横びっしり綺麗にしていた矢部さんの真骨頂。

2時半に終わり、矢部さんが帰る。

冷蔵庫から酒を取り出し、ちびちび飲みながら過ごしていると、「本の学校」を受講していた書泉のKさんがやってきて、私がある件で怒り狂っていたことを諌めてくれる。ありがたい。しばらく雑談。

6時前に140Bの青木さんと法蔵館の面々が台車を押して帰ってくる。口々にお客さんへの感謝の言葉を並べながら返送する荷物を整えていく。

19時に終了し、会社を閉める。

長い長い神保町ブックフェスティバルが終わった。本を売りたかった。

10月25日(土)神保町ブックフェスティバル1日目【開催中止】

午後から雨のはずが朝起きた時からすでに降っており、ほとんど望みをなくして会社に向かっている中で、事務局から中止の連絡が届く。

明日は終日雨予報で、となると神保町ブックフェスティバル初の2日間中止ということになるのか。(11時に中止の連絡が届く)

8時過ぎに会社に着き、すぐに冷蔵庫からビールを取り出し、やけ酒を飲む。しばらくすると本の雑誌社を荷物の保管場所としている法蔵館の人たちや140Bの青木さんがやってきて、空を眺めながら恨み言を呟き続ける。

急遽専大通りにある皓星社で机を借り神保町ミニブックフェスをするということで、彼らは段ボールを開けて売る本を出し、本を台車に乗せて会場に向かっていった。

関西からやってきた交通費、二泊分の宿泊費等少しでも回収せねばならない。一冊でも本が売れるなら売りにいく、眩しいばかりの営業魂を魅せられる。

本の雑誌社も社内で売ろうかと思ったけれど、140B、法蔵館はもちろんのこと、太田出版やゲンロン、そして酒とつまみ社から預かっている段ボールでとても本を広げられるスペースもなく、12時に浜田と解散する。

10月24日(金)蔵書整理

代休を取って古書現世の向井さんの買取のお手伝い。

旦那さんが遺言として向井さんに蔵書整理を依頼するよう書き残していた本は約1万5千冊。のんびりと足掛け1年半、都合6回目の訪問となり、毎度毎度食事を用意してくださり(本日はおでんだった)すっかり親戚の家に訪問するかのような気持ちになっていたのだが、蔵書整理も本日で終了で、もうお会いする機会もないのだった。

空っぽになった書庫の棚はこれから漬物や梅酒などの食品庫になるらしい。

10月23日(木)中村計『さよなら、天才』

  • さよなら、天才 大谷翔平世代の今
  • 『さよなら、天才 大谷翔平世代の今』
    中村 計
    文藝春秋
    1,980円(税込)
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才能ってなんだろうなあと思うことは多々ある。仕事をしているときも思うし、サッカーをやっていたり見ているときはもっと考える。

元々備えられているものなのか、努力して手に入れるものなのか。あるいはその努力を続けられるのが才能ともよくいわれる。

中村計『さよなら、天才』(文藝春秋)は、いまや世界一の才能の持ち主といってもいい大谷翔平と同期の野球選手、かつてこの世代は「大谷世代」ではなく「藤浪世代」と呼ばれており、その藤浪晋太郎を筆頭に小中高時代に大谷よりすごいと言われていた人たちに話を聞き歩き、「才能」というものの姿を追い求めるルポルタージュだ。

彼らはなぜ大谷になれなかったのか、なぜ大谷に追い抜かれたのか──。

そこには身体的理由もあれば、精神的理由もあり、また指導者との確執もある。なかには大谷どころかずっとベンチに座っていたにも関わらず、カメのように努力を積み重ねプロ野球までたどり着いた人もいた。

ただし、大谷翔平を成功として、その他を失敗とするような本ではない。あるいは世界にひとつだけの花を咲かせましょうのような癒しの本でもない。

やはり残酷なのだ、人生は。しかし、その残酷な人生を歩いていくしかないのだ。

自分のこと、自分の周りにいた才能のあった人たちのことを思い出しながら読んだ。

10月22日(水)撮影

雨降る中、朝9時に中井の伊野尾書店さんに集合し、来年1月に刊行する『本屋の人生』の口絵の撮影をする。

開店5分前にシャッターを開けるとすぐにお客さんが入ってきて、先ほど伊野尾さんが並べたばかりの雑誌を2冊買っていった。その後もお客さんは途切れず、NHKテキストや伊坂幸太郎の文庫を買っていく。

すごいじゃん! まだまだ雑誌も本も売れてるじゃん!と思ったけれど、この量(売上)ではお店は存続できないのだ。なぜなら伊野尾書店は来年3月で閉店するのだから。

10月21日(火)腹式呼吸

年に一度の健康診断。朝8時8分に出版健保に着くと受付番号4番だった。初の一列目をゲット。

超音波エコーで「大きく息を吸ってー、はい止めて」と空気を吸ったり吐いたりしていると、「腹式呼吸が上手ですね」と褒められる。

腹式呼吸を褒められるのは毎年のことで、検査技師の方が変わっても必ず褒められる。腹式呼吸が上手いってなんだろうか。腹式呼吸の才能が活かせる職業というのはあるだろうか。

午後、都内某所にある辺境ドトール跡にできた辺境オシャレカフェにて、高野秀行さんと打ち合わせ。5年前に暗礁に乗り上げていた単行本の企画が、異常気象による海面上昇の影響を受け浮上し、ゆらゆらと動き出す。

また沈没してしまっては困るということで、会社に戻ってテキストを編み直し、再編集したものを高野さんに送る。今度こそ無事に航海できますように。

10月20日(月)宿泊料金

朝、介護施設からの迎えの車に母親を乗せると、「お世話になりました」と頭を下げられたた。

目頭が熱くなるのをグッと堪え、「二泊三日の宿泊料金は28000円になります」と答えると、「高いけど、またよろしくお願いします」と母親は笑った。

昼、西村賢太さんを敬愛する品品さんと鶯谷の信濃路で待ち合わせし一献。赤ウインナー揚げや串カツ、チャーシュー麺を食す。

夜、「おすすめ文庫王国2026」の座談会を10時までかけて収録する。われながらよく働くものだ。

10月19日(日)金木犀

母親の車椅子を押して、父親の墓参りと散歩。

母親の今後のことを考える。平日のショートステイと休日の週末実家介護を続けてまもなく2年となろうとしており、先週のコロナのように母親が体調を崩したときに対応できないことがわかった。そして正直にいえば私もだいぶ飽きてきた。

次なる介護の方法をケアマネジャーさんに相談すると、「サ高住」と呼ばれる「サービス付き高齢者向け住宅」を教えられた。母親が今、世話になっている施設もその受け入れをしており、ひとまずそこに様子を聞いてもらうこととした。

本当にこれでいいのだろうか。そもそもなにがいいのだろうか。誰にとっていいことなのだろうか。

いつかこうして金木犀の香りに包まれる中、車椅子を押した日々を愛おしく思う日が来るのだろうか。

10月18日(土)ケア

先週は下鴨中通ブックフェスで施設に預けっぱなしだった母親を迎えにいき、週末実家介護が始まる。もはや何日施設にいたのかもわかっていない様子なので、罪悪感を覚えずに済む。

午前中、新しいケアマネージャーさんがやってくる。これまでお世話になっていた人が体調を崩されたということでの急遽交代となったのだが、今度の人はケアマネージャーと想像したらこんな人というそのもので、頼りになりそう。

午後は往診のお医者さんが来て、インフルエンザの予防接種をしてもらう。

ケアマネージャーさんにしてもお医者さんや看護師さんにしても、手続きや検診だけをすれば仕事は済むのに、「私もこの間まで母親の介護してたんです」とか「今、96歳の叔母の面倒をみてます」なんて雑談混じりにしてくれ、私の苦労が私だけではないというか、気軽に相談していいんですよという空気を伝えてくれるのが本当にありがたい。

人は、何気ない一言で傷つくこともあるけれど、何気ない言葉で救われることもたくさんある。これが「ケア」というものなのかもしれない。

10月17日(金)早朝出社

仕事の山積み解消のため7時半に出社。着いてコーヒーを淹れていると事務の浜田からスマホにメッセージが届く。

「おはようございます!
神保町ブックフェスティバルの在庫移動、月曜日で間に合うので、代休取って下さい!!」

働きすぎを心配してくれて大変ありがたいのだが、もう会社に着いているのだった。

とにかく今日中に作られねばならぬのは書店さん向けDMなのだった。これがいつもなら新刊のチラシに、本の雑誌通信という月刊情報紙と一覧注文書の3種三枚なんだけれど、今回は一月の新刊が2点あり、特大号になる一月号の定期改正用紙も同封せねばならず、4種7枚を作られなばならないのだった。

InDesignを開き、コーヒーを一口飲んで、手を動かしていく。

出版業というのはつくづく不思議な業界だと思う。たった紙っぺら一枚に書名と著者名とちょっとした内容紹介が書かれたチラシだけで注文が集まるのだ。

もちろんそれまでの信頼の積み重ねというのもあるのだけれど、このチラシ一枚から売れ行きを想像できる書店員さんの能力というのは特殊能力なのではなかろうか。

逆にいえば出版社の売上の最初の一歩は、すべてこのチラシ一枚にかかっているのである。「千里の道も一歩から」というが、「10万部のペストセラーもチラシ一枚から」なのだった。

『おすすめ文庫王国2026』.近藤康太郎『本をすすめる』、伊野尾宏之『本屋の人生』のチラシを黙々と作り、作業開始から4時間が過ぎた11時半にはDM4種7枚が出来上がる。

昼、偕成社の営業・塚田さんがやってくる。その手には定年を記念して作られたZINE『旅する、本屋巡る。』(ツカヌンティウスよしゆき名義)が握られていた。早速、購入。

塚田さんは書店営業で全国1000軒以上の本屋さんを訪問しており、今回のこのZINEはその集大成のようなものだ。

素晴らしいのはこのお店で何冊の注文をとったとか自慢話は皆無で、まるで旅行記のように食や酒やサウナと共に記しているところである。働いているところを見せないのが真の営業なのだ。

その塚田さんとランチ&コーヒーし、午後も集中してデスクワークを処理していき、勤務時間が11時間を過ぎた頃、だいぶ見通しが立つ。

10月16日(木)山積み

昨日に引き続き都内某所にスッキリ隊精鋭部として出動する。午前中から本を縛り、どんどん車に積んでいく。

長期出張明けでいきなりのスッキリ隊出動は、本の整理はできても私の仕事は整理できずでどんどん山積みになっているのたけれど、蔵書整理はお客さんの都合もあって待ったなしなのだった。

10月15日(水)古書会館に着くまでが買取

朝8時に出社。久しぶりの神保町。京都は木の匂いが、しかも時の経った材木の匂いがするけれど、神保町はどこかしら紙の匂いがするのだった。

出張中に溜まっていた郵便物やデスクワークを片付けるのも大変なのだが、本日は午後にスッキリ隊精鋭部として出動せねばならず、その前に10時からオンラインの座談会の収録と、さらに10月の杉江松恋、マライ・メントライン『芥川賞候補作全部読んで予想・分析してみました 第163回~172回』の初回注文締め作業をしなければならないのだった。

年に1日あるかないかの超多忙日なのだが、中学の同級生から麻雀のスケジュール調整を頼まれるわ(しかも二度再調整させられる)、AISAの渡さんからは忙しいと伝えた2時間後に、「オーストラリアからいとこがくるのでいい居酒屋教えてください」なんて能天気なメッセージが飛んでくるはで、キリキリ舞させられる。

そういえば京都で食事した鴨葱書店の大森さんが、ChatGPTを利用して、将来私が独立したときの出版社の理念を作ってくれたのだった。

す すこし変でも、面白ければいい。
ぎ ぎりぎりまで悩んで、笑って、本を出す。
え えらそうな本より、ええ本を。
よ よむ人も、つくる人も、たのしめる場所を。
し しずかに見えて、実は大騒ぎ。
つ つまらない世の中を、ちょっとひっくり返す。
ぐ ぐっとくる一冊を、今日も探している。

声に出して呼んでいるうちに精神が落ち着き、諸々のデスクワークと座談会の収録を無事終える(トーハンのEN-CONTACTは登録する段になって事前注文の取り出しを忘れていたことに気づくといういつものポカをしたけれど)。

昼過ぎに会社を飛び出し、都内某所へ。立石書店の岡島さんの車に乗り込み、住宅地の一軒家にたどり着く。

引っ越し間近で部屋中段ボールで埋め尽くされているのだけれど、そのすべてが本だそうで、その数約180箱。これらとは別に床からにょきにょきと生えている本タワーが本日の整理依頼分であり、こちらは約4000冊。いったいこのお宅にどれだけの本があるのか想像するも、その前に床がべこべこしていて、足元に気を付ける。

まずは二階からということで、岡島さんが本を縛り、私が運ぶを繰り返す。急な階段を二本の本の束を持って降りるのはかなり不安定なのだが、そこは「階段のファンタジスタ」と呼ばれる私である。足元に力を入れ体幹で踏ん張りながら登り降りを繰り返す。

しばらくすると全身から汗が吹き出し、鼓動が強くなり、息も荒くなってくる。いつ終わるのだと思う気持ちを必死に抑え込み、ただ本を運ぶマシーンになりきるのだ。この無心の瞬間こそが買取の楽しさである。

3時間ほどかけてワゴン車一台分約2000冊の本を運び終える。残りは明日の作業とする。

しかしこれでスッキリ隊の任務が終わったわけではなく、この後神保町の古書会館まで車を走らせ、市場への出品用に本を下ろさなければならないのだった。

「家に着くまでが遠足」ならば「古書会館に着くまでが買取」なのだった。いや、この後、出品用に本の組み替えもあるのだから、古本屋さんの仕事というのはつくづく大変な仕事である。

夜、そんな本の雑誌スッキリ隊がバズる。

10月14日(火)玉置標本feat.スズキナオ『大阪の奥深き食文化を巡る旅』

16:01発のぞみ32号に乗車し、インバウンドでごった返す京都駅を出、四泊五日の出張を終える。

たった5日なのに妙に疲れているなと思ったら、出張が5日なだけで仕事自体は8連勤中で、勤務時間を出張でリセットしてしまうのは勘違いにも甚だしい。

さらにいつも悩ましいのが出張から帰る時間なのだった。

本の雑誌社の通常の勤務時間というのは10時から18時で、それにならえば18時まで京都で働いて新幹線に乗るのが正しいような気がするのだが、例えば京都の場合、ここから東京に着くまで2時間14分ほどかかり、神保町で働いているときなら終業時間=東京で、ならば18時に東京に着く時間配分で京都を発のが正しいのだろうか。

とりあえず本日は18時15分東京着でそちらの時短コースを選択したのが、これもまた若干腑に落ちないところがあり、東京駅に着いたときに「あゝ出張」が終わったとほっとするのも束の間、私の家は埼玉にあるため東京駅から約1時間ほどまだかかるのだった。

出張帰りに東京に着いたところで安心感をもつのはまやかしであり、その先にまだ新幹線に乗車した時間の半分ほどもあるということを忘れてはらない。

というかそもそも祝日も含め休日出勤を三日もしており、いまさら勤務時間など気にする必要はないのである。

その帰路の新幹線で読んだ玉置標本feat.スズキナオ『大阪の奥深き食文化を巡る旅』がばつぐんに面白かった。

この本は玉置標本さん自身が刊行したZINEであり、toi booksさんで購入したのだけれど、まず本ではなかなか目にしない「feat.」の文字に惹きつけられたしまった。しかも「feat.」に続くのが「スズキナオ」さんだ。

どういうこっちゃ?と本をめくると「まえがき」のようなところに、「(収録原稿を)一通り読み終えて気付いたのだが、そこには必ずスズキナオが存在していた。ならばと著者名を『玉置標本 feat.スズキナオ』としてナオさんを巻き込み、二人で記事を振り返る対談コーナーを設けて、当時の思い出話や最新情報の補足をしようじゃないか。」とあり、「その結果、この本は大阪および関西の食文化探求レポートであり、書いた本人も今すぐ行きたくなるグルメガイドであり、読むとニヤニヤが止まらない愉快な旅行記であり、スズキナオのファンブックである」とある。

たしかに読み終えた今、まさしくそういう本であり、この本はスズキナオファン必読必携の一冊であることは間違いないと思った。

ただ、それだけの本ではない。いや、それどころの本ではない。

ここで探求され記される「シチューうどん」や「安い店」やじゃりン子チエに代表される「ホルモン」、さらに「冷やしあめ」といった大阪(および関西)の食文化というのは、われわれそのほかの地域に住む人間にとって最も大阪を象徴する文化であり、それこそが知りたかった代表なのである。

そしてそれを作り上げる大阪人の気質というようなものもしっかり描かれており、ひとつの大阪論にもなっているのだ。

だから読み出したら最後、よだれとともに知的好奇心があふれ出し、まさしく今すぐ大阪に行きたくなる一冊なのだった。

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10月13日(月)ブランチ 大津京

朝、9時にホテルを出、本日も140Bの青木さんの車に乗り込み、一路、滋賀大津にあるショッピングモール「ブランチ 大津京」を目指す。本日はこちらにある「SELF BOOKS」という無人貸棚本屋の開放デイとのことで、軒先に机を出し本を並べて販売するのだった。

「ブランチ 大津京」は競輪場跡地にできたたいそう開放的なショッピングモールで、中央に位置する芝生の広場には多くの家族連れがシートを敷き、まるで公園のように楽しんでいるのだった

風吹く中4時まで本を売り(気づけば3日間ずっと外にいる)、本を貸棚に並べ(おかげで手ぶらになる)、京都に戻る。

夜、四条烏丸の「串八」にて、鴨葱書店の大森さん、一冊!取引所の渡辺さんと食事。

9時に終了し、車で送っていくという青木さんの優しさを丁重に遠慮し、歩いてホテルに帰る。

10月12日(日)下鴨中通ブックフェア2025 2日目

8時15分に京都府立京都学・歴彩館に出動し、下鴨中通ブックフェア2日目が始まる。

昨日あれだけの人が来てしまったので、今日は暇だろうと思っていたのが、それは大きな勘違いであった。昨日同様たくさんの人出で、大賑わいとなる。

去年お会いした人との再会などを繰り返し、京都旅行中の元助っ人のめぐちゃんの来訪を受けるなど本日も大変楽しい1日となる。

最後に夕暮れ迫るなか、主催者の人たちと力を合わせてテントを片付けていく。

こんなに素敵なイベントは早々ない。その大元は主催する人たちの本への愛情がたっぷりつまっているからなのだった。

10月11日(土)下鴨中通ブックフェア2025 1日目

朝、8時半に京都府立京都学・歴彩館に到着し、2025年下鴨中通ブックフェアが始まる。

このイベントには今年で3回目の出店となり、毎年たくさんの、それも京都に限らず、大阪、姫路、奈良などからも「本の雑誌」を愛読してくれている人たちが来てくださり、それはそれは大変うれしく心の底から「生きててよかった」と思うのだった。

ただし、実を言えば3年連続3回目の出店となっており、読者の方々の負担になっているのではないかと心配もしていた。

だからこのイベントの出店は今年でひとまず一区切りとし、また3年後とか4年後に改めて参加させていただこうと考えていたのだけど、いざブックフェアが始まると、そんな遠慮はすべて杞憂なことだったと思い知らされる。

去年も一昨年もお会いした方々がみな、「また来年!」と声をかけてくださるのだ。

毎年来てくれるだけでもありがたいのに、それがまた次の約束をしてくれるというのはもはや奇跡である。

なにせここに立っているのは、私なのだ。椎名さんでもなければ目黒さんでもないのだ。たいして本のことも知らず、それどころか人間的な魅力にも欠ける私なのだ。

そんな人間が「本の雑誌」の看板を背負っているだけで、こうして読者のみなさんにありがたがられるというのは、それはまさに椎名さんや目黒さんが作ってきた看板(歴史)のおかげである。

店番をしながら、今朝、読んで最後の一文で声をあげて号泣してしまった「波」10月号(新潮社)の椎名さん連載「こんな友だちがいた」を改めて読む。

私の人生は明らかに椎名さんと目黒さんのおかげで成り立っているのだ。

10月10日(金)大阪の新しい本屋さん

東京駅10:09発のぞみ329号に乗車し、12:21分インバウンドでごった返す京都駅で下車。本の雑誌の関西プロモーターでもある140Bの青木さんの車に乗り込み、一路大阪を目指す。

まず訪れたのはあべのに今年の3月にオープンした「本屋 亜笠不文律」さんであった。そのお店はいわゆる昨今オープンしている独立書店とはことなり、まさしく町の本屋さんだ。雑誌、コミック、文庫、そしてもちろん単行本もあり、さらに二階にはカフェや古本もあって、ここに来たら半日くらい過ごせるのではなかろうかという楽しさがつまった本屋さんであった。

続いて訪問したのは、本町から駒川へ10月に移転したばかりの「toi books」さんだ。この場所にはかつて本のお店スタントンさんがあったのだが、その後に引っ越してきたわけだ。

本町のお店はぎゅっと凝縮された売り場だったけれど、駒川のお店は大変広々としており、店主の磯上さん曰く「お客さんがすれ違えるようになりました」と話すとおり、ゆったり本が選べる大変居心地のよい売り場になっている。

そしてそして最後に訪れたのが、大阪阿倍野・河堀口の「BOOK'N BOOTH」さんである。

こちらのお店は元ジュンク堂書店の方々が今年の8月にオープンしたお店で、そのオーナーでもあるNさんとは去年のちょうど今頃食事をし、社労士になった今も毎日のように本屋で働き棚差している夢を見るという話を伺っていたのだった。

そんな本屋を想っているのだったら絶対始めた方がいいと、『本屋、ひらく』を送ったりしていたのだけれど、まさかそれからたった10ヶ月で本屋をオープンさせるとは......。すごい行動力であり、それだけ本屋と本屋という仕事を愛しているということだろう。

夕方の店内には次々と小学生がやってくる。絵本や児童書を小さな椅子に座って読み耽る子もいれば、手を繋いだ姉妹がおばあちゃんに幼年誌を買ってもらっていたりする。

その本や雑誌は、日中は社労士として忙しく働くNさんが、朝出社してすぐに棚差したものだ。

10月9日(木)戌井昭人『おにたろかっぱ』

  • おにたろかっぱ
  • 『おにたろかっぱ』
    戌井 昭人
    中央公論新社
    2,860円(税込)
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戌井昭人『おにたろかっぱ』(中央公論新社)は、崖っぷちミュージシャンの父ちゃんが、3歳の息子タロと過ごす日々を描いた物語で、まるでその様子は令和の『岳物語』なのだった。

子供を子供として扱わず、ひとりの人間として対等に付き合う。その源にあるのは確固たる教育や思想なんてものではなく、単に父ちゃんがそれほど立派ではないからだ。立派ではないことを父ちゃんはしっかり自覚しているのだ。

それは父ちゃんだけではない。元漁師で日がな一日せんべいを食べタバコを吸う竹蔵さんも、自動車工場をクビになり筋肉をつけようと町中をタイヤを引っ張て歩くのぼるくんも、賭けごとが大好きなアコーディオン弾きの田部井さんも、登場人物のほとんどがいわゆる「社会」からこぼれている人たちであり、それはまるで『岳物語』の野田知佑さんのようでもあり、そのすべての人が愛おしくなる素晴らしい小説だった。この小説があれば、これからどんなつらいことがあっても生き延びていけると思った。

かつて坪内祐三さんが戌井昭人さんの『ひっ』を現代の「教養小説」と評し、教養小説を「つまり一人の若者の人格の形成や発展を描いて行く小説だ。」と定義していた。(新潮社「波」2012年9月号掲載『テキトーに生きろ/現代の「教養小説」』より

その評の中で坪内さんは

「二十一世紀の現代、そのような乱痴気に巻き込まれても、それは、大人になるためのイニシェーションたり得ない。
 ならばどうすれば良いのだろう。
 そのことを、大人に成り得ないことを、正確に書いて行けば良いのだ。」

と記しているのだけれど、『おにたろかっぱ』はまさしく大人に成り得ないことを育児を通して正確に書かれた小説であり、育児というイニシエーションにより大人になっていく教養小説であろう。

3歳のタロは、父ちゃんの大好きな古今亭志ん朝を聞いているので言葉の発達がとても早く、さらに身体も大きく、どんどん成長していく。

ひるがえって父ちゃんは少し前にドラマの主題歌としてヒットしたものの、その後はコロナもあって尻すぼみになっている。

自分はまだ飲んだくれたりして遊びたいものの、目の前に手のかかる息子がおり、生活費を稼ぐデザイナーの妻は忙しく、気づけば息子の世話をしている。

心の中はまだ子供と変わりない父ちゃんと目の前でどんどん成長していく息子。父ちゃんはその息子の姿を見て成長していく。

坪内さんは書評の結びとして、

「私は『ひっ』に続く戌井昭人の「教養小説」、すなわち三十歳になった時の「おれ」の姿を読んでみたい。つまり『ひっ』の続篇を切望する。」

と書いているが、『おにたろかっぱ』はまさしく五十四歳になった「おれ」の教養小説なのではなかろうか。

坪内さんに読んでほしかった。そしてその書評を読みたかった。

10月8日(水)バス旅

日の出前に家を出、始発2本目の電車に乗って、南船橋を経由し蘇我駅にたどり着く。いつか来た駅と思ったらジェフのスタジアムがあるところで、駅の改札は真っ黄色だった。

しかし本日はサッカー観戦ではなく、移動はまだ半分にも達していない。

ここから高速バスに乗車するのだが、そのバス停が見つからない。事前にYahoo!の路線情報で調べたところ蘇我駅というバス停から南総里見号という高速バスに乗れるはずなのだが、駅ロータリーに立つバス停にはその文字がない。発車時刻は刻一刻と迫っており、気分はまさにバス旅のリーダー太川陽介である。

藁をもすがる想いで、ちょうどロータリーに入ってきた同じ会社のバスを運転するドライバーに尋ねるも、「僕もイレギュラーで今日初めて蘇我駅に来たのでわかりません」と謝られ万事休す。

本来はここからバスで2時間ほど先にある千倉という外房の町までいき、イラストレーターの信濃八太郎さんと落ち合い、とある旅館の社長さんにインタビューする予定なのだ。

もしここでバスに乗れず別の方法をとったら一時間も二時間も遅刻ということになるだろう。そうなればインタビューは録り終えている頃だ。

嗚呼、まさかバス停が見つからないなんて落とし穴があるだなんて。信濃さんすみません。初めての取材だというのに申し訳ございません。

と電話帳から信濃さんのアドレスを探しつつ、最後の頼みの綱であるGoogle先生で「蘇我駅 高速バス 乗り場」と検索し、さらに画像検索してみると、南総里見号のバス停が写しだされた。

あるのだ! 実在するのだ! どこかにあるのだ!

その画像が載っているプログに移動するとこんな文章が記されているではないか。

「バス停には蘇我駅となっていますが・・・駅からは離れています。歩いて約4~5分位でしょうか。どちらかと言えば、"蘇我駅前"とか"蘇我駅前大通り"の方がいいんじゃないかと思いました・・・。」

そしてさらに地図のようなもを見つけると、確かに駅前からまっすぐ伸びる道にバス停が表示されていた。

ここか!?

慌てて走ること数分で、南総里見号のバス停を発見する。そしてすぐにバスがやってきて無事乗車できたのだった。

朝9時、千倉駅に到着し、信濃八太郎さんと無事落ち合え、取材も滞りなく進んだ。安西水丸さんの愛する「SAND CAFE」にて、さざえカレーを食す。帰りは東京駅行きのバスに乗る。

10月7日(火)ハレとケ

午前中は月に一度の会議。「本の雑誌」と単行本の進捗状況や特集の内容などを確認していく。

今週末より怒涛の如くはじまる週末のイベント出店のスケジュールを見て、進行の松村が、「杉江さん、ちゃんと代休取って休んでくださいね」と心配してくれる。

しかし営業なんてものは本が売れるなら疲労をまったく感じず、本が売れないと立ち上がれないくらいくたびれるのだ。だから少なからず本が売れるイベントはまったく疲れず、それどころかいろんな人に出会えてハッピーなので、イベントはいくら続いてかまわない。去年は9月からの一年間で27日休日にイベント物販していたほどだ。

それにしても15年くらい前は、出版社が軒を並べて本を売るイベントなんて神保町ブックフェスティバルとブックマーケットくらいしかなかったものが(かつては大掛かりな東京国際ブックフェアというのがあったが)、いまや市町村が主催したり、よもや書店店頭に出版社の人間がずらりと並んで本を売ったりとで、毎週のようにどこかで本を売るイベントが開かれているのだった。

本のお祭りが増えるのはうれしいことではあるのだけれど、本が、あるいは本を買うことがハレとケでいえばハレのものになってしまっているということでもあり、それは少し心配なのだった。

本なんてものはいつもすぐそこにあってほしい。
どちらかというとケの中で手に取られてほしい。

10月6日(月)カレーのまんてん

  • 本の雑誌509号2025年11月号
  • 『本の雑誌509号2025年11月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    880円(税込)
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昼前に「本の雑誌」11月号ができあがってきたので、助っ人の鈴木くんや編集の近藤と早速ツメツメ作業に勤しむも、今月は『神保町日記』のチラシを投げ込んだりとひと工程増えたおかげで、3時近くまでかかってしまう。

あまりにお腹が減ったので、「カレーのまんてん」でカツカレー(ご飯少なめ)を食していると、なんとインバウンドの旅行者がぞくぞくと店にやってきてびっくりする。しかも「チキン」と頼んで「ポークオンリー」と言われ、結局退店したりという顛末。いったい誰がインバウンド向けのガイドに「カレーのまんてん」を紹介したのだろうか。

夕方、駒込のBOOKS青いカバさんに「本の雑誌」の納品に伺い、夜、上京していたスズキナオさんと青山ブックセンターで待ち合わせし、近くの酒場で連載の打ち合わせ。わくわくしてくる。

10月5日(日)遠田潤子『天上の火焔』

  • 天上の火焰
  • 『天上の火焰』
    遠田 潤子
    集英社
    1,980円(税込)
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週末実家介護三日目。さすがに三日いると飽きるというか母親の何気ない一言にイラついてしまう。

満を持して遠田潤子『天上の火焔』(集英社)を読み出す。

遠田潤子の小説であるからさまざまな人間の業の中で、人生がジェットコースターのようにうねっていくのだけれど、「親と子という関係は逃げられない天命のようなものです。たとえ、それがどのような関係であってもです。/自分の意思では選べず、避けることもできない。ならば、天命とはある意味、天災のようなものだ。」という文章があり、わが胸を撃ち抜かれる。

小説は備前焼の窯元に生まれ育った主人公が、人間国宝でありながらも好好爺の祖父とそれとまったく対照的に冷酷無比で息子に愛情を注がない父親の間でもがき苦しみ、ふにゃふにゃの人間からひとりの人間に成長していく様を描く家族小説であるのだけれど、その一端は恋愛小説にもなっており、また青春小説でもある。

さらにそういったジャンルを超えた「遠田潤子の小説」ということになるのだけれど、遠田潤子はやはり強烈だ。読み終えた頃にはすっかり小説に呑み込まれてしまい、母親へのイラつきなどすっかり雲散霧消してしまった。

10月4日(土)1ヶ月ぶりの勝利

午前中、曇り空の中、車椅子を押して父親のお墓参りと母親の友人の家に退院の報告に伺う。

午後、妻がやってきて、見守りを代わる。私は自転車に乗って埼玉スタジアムへ。

首位を争うヴィッセルに大敗をするのではと恐れていたのだけれど、試合が始まってみればわれらが浦和レッズが押し込む展開に。イサーク・キーセ・テリンが居るだけでビルドアップが解決してしまい、Jリーグ初先発の新人根本も目を見張パスを繰り出す。これがシーズン初めならばと思わずにはいられない。

西川がPKを止め、そのPKを献上した荻原が抱きついたシーンで思わず涙があふれる。試合はイサーク・キーセ・テリンがヘディングでゴールを決め、1ヶ月ぶりの勝利。

このような素晴らしい勝利を目撃できたのは、留守番をしてくれた妻のおかげだ。

10月3日(金)入院の功名

会社を休んで母親の退院手続をし、そのまま週末実家介護に突入する。

一週間ぶりに会った母親はすっかり元気で、入院による寝たりきりの生活で体力の落ち込みを心配していたのだけれど、杖をついて歩くこともできたので、ほっと胸を撫で下ろす。

病院の精算時になぜか差額ベッド代が請求されないというウルトラスーパーラッキー事案が発生し、そそくさと車のエンジンをかけ、病院から一目散に逃げ去る。

帰路、今日が平日であることに気づき、病み上がりの母親を連れてそのまま銀行へ向かう。ずっと気になっていた母親の定期預金を全額普通口座に移すことに成功する。こればかりは本人が居ないとできなかったもので、怪我の功名というか入院の功名。

午後、かかりつけの医師が往診に来る。先週のお礼と今後の方針について相談する。

すると「どこのお家も介護は綱渡りですよね」とおっしゃっるのだった。

その綱をできるだけ太くするため、続いてやってきたケアマネジャーに病気でもいられる施設について相談する。

本日から三日間、実家で母親の世話をすることになるのだが、三日世話をするのは一昨年の一月に退院して以来。NHKの「ドキュメント72時間」好きな番組だけれど、「介護72時間」は考えただけで鬱々としてくる。

10月2日(木)第一級の資料

朝、会社に着くと、事務の浜田が「杉江さん、10年前の今日何があったか覚えてますか?」と聞いてくる。

昨日の晩飯すら覚えていないのに10年前のことなんて頭の片隅にもなく首を振ると、「杉江さんと神宮球場へ応援に行って、ヤクルトスワローズが優勝した日です! 炎の営業日誌にそう書いてありました」と教えてくれた。

そういえば浜田夫妻と神宮に行き、バックネット裏で観戦したことがあった。すぐ近くに野村監督とサッチーが観戦にきていて、松井さんがマネージャーのようにお世話をしていたのだ。今思えば、あの時、大好きな野村監督にサインをもらったおけばよかったのだ。

浜田はそう報告すると、「炎の営業日誌って便利ですよね。会社で何が起きたかすぐわかる。後に本の雑誌の研究をする人が現れたら第一級の資料ですよ」と言って、事務仕事に戻っていった。

いったい浜田はなぜに突然10年まえの日記を読み返していたのだろうか。最下位がつらくて「ヤクルトスワローズ 優勝」と検索したら私の日記がでてきたのだろうか。

それにしてもかつては社内で起きていたことをもっと日記に書いていたのだが、最近は少し内省的になりすぎていたかもしれない。これでは第一級の資料にならないので、これからは社内の様子を書き残していこう。

というわけで、本の雑誌社の本日は、事務の浜田、進行の松村、単行本編集の近藤、そして私の安定の4人が出社。

経理の小林は7月に遅すぎる定年退職をし、編集発行人の浜本はコロナ以降ひきこもりになってしまったのかほとんど会社に来ず、定期的に会社に遊びにきてくれる西上心太さんから「レアキャラ」と呼ばれている。おそらくトップシークレットなスポンサーを回っているか、国とのパイプ作りで首相官邸に出入りし、読者と社員のため日々汗水流してくれているのだろう。

小林から経理を引き継いだ浜田は、元小林の机と自身の机を行ったり来たりし、本の雑誌社の大谷翔平と呼ばれている。

書籍の校了間近な近藤は口数少なくゲラと格闘している。

進行の松村は来月号や「おすすめ文庫王国2026」の原稿依頼に勤しんでいる。

そして私も「おすすめ文庫王国2026」の「刊行予告」の原稿依頼のメールを各出版社の編集者の方々、約40人にメールを送っていた。

そのすべての作業を終え、ほっと一息ついたところに進行の松村が青い顔してやってきて、「杉江さんが送っている依頼メール、〆切が一カ月間違ってます。11月じゃもう校了してます!」と叫んだ。

本日は上記以外特に事件もなく、本の雑誌社の一日が終わった。

10月1日(水)退院

雨で走れず不本意な気持ちを抱えて出社。

通勤途中、病院から電話があり、母親の退院日が決まる。

たった一週間で退院できたと喜ぶ気持ちはあまりなく、わが週末実家介護が母親の体調次第で崩壊するとわかった気の重さに包まれる。まあ、世の中すべての事項が健康前提にできているのだが......。

それにしてもすでに母親より妻といる年月の方が長く、実家で暮らすより長い日々を今の町で暮らしていても、病院に行けば医師や看護師から「息子さん」と呼ばれ、介護施設に電話する際には「息子です」と名乗っているのだった。

子供が産まれたとき親になるという責任に押しつぶされそうになったが、今は息子であることの責任に押しつぶされそうだ。

午前中はゲラを読み込み、気になる点をチェックしていく。

午後、伊野尾書店の伊野尾さんにそのゲラを届けにいく。店頭に貼られている閉店の告知を見て、散々話を聞いていたにも関わらず現実なんだと思い知る。

しばし店内をうろつきながらおつかいに出ている伊野尾さんを待つ。そこは小さいながら宇宙のように広く、各ジャンルともこんなのがあったのかと驚く本が棚にささっている。

それでも本屋さんは閉店する。閉店せざる得ない、のだ。

戻ってきた伊野尾さんにゲラを渡し、しばし打ち合わせ。

その後、神保町に戻り、ブックフェスティバルと同日に開催されるBOOKCAMPのキックオフミーティングという名の打ち合わせに向かうと、なぜか16時半スタートのはずが5分前に到着したのにも関わらず、すでに始まっていて焦る。

隣に座るS出版社のKさんが、小声で「はじめのメールに書かれていた開催時間が間違えていたらしいです」と教えてくれる。

長年サッカーを見ているけれど、キックオフ時間が変更になるなんて雷雨以外経験がなく、30分ほど説明を拝聴し帰社。

18時半までデスクワークに勤しんで仕事を終える。

9月30日(火)神保町日記2025

9時半に出社。喉元過ぎれば熱さを忘れるというけれど、今年の暑さは彼岸を過ぎて涼しくなっても絶対忘れられない。あれは人が暮らせる暑さではなかった。よくぞ無事乗り越えられたものだ。

神保町ブックフェスティバルで盛り上がるものを作りたいと言われ企画した、本の雑誌社初のZINE『神保町日記2025』が無事出来上がってきたので撫でまわす。本の雑誌社全社員(といっても5名)の7月15日から8月14日までの1ヶ月間を綴った日記なのだが、最終日の8月14日を終え、「みんな毎日日記を書きたくなったでしょう? いつもでホームページで連載スタートできるよ」と提案すると、全員ぶるぶると首を震わせたのだった。ならばもう20年以上日記を書き、公開している私を、もう少し褒め称えてもいいのではなかろうか。

昼、先日本の雑誌スッキリ隊で蔵書整理をさせていただいたSさんが来社され、立石書店岡島さんがもってきた買取代金をお支払いする。まだずいぶんと本を残っているそうで、それは10月になってからスッキリ隊出動となるそう。

午後は10月11日、12日に京都府立京都学・歴彩館で開催される下鴨中通ブックフェアの荷物の準備。大変分厚い北上次郎『新刊めったくたガイド大大全』を何冊持っていくかで頭を悩ませる。

夕方、デザイナーの松本さんから伊野尾宏之『本屋の人生(仮)』の本文レイアウトが届く。すっきり清潔感と気品があり、それでいて偉そうではなく、素晴らしい組版。この瞬間こそ本作りで一番うれしい瞬間だ。

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