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1月25日(日)ホームラン

つい課長のことを思い出してしまう。

前の会社には野球チームがあり、毎年出版健保の野球大会に出場していた。出場していたといっても日頃運動している人は皆無で、怪我をしないのが何よりの目標となり、AからFに分かれていたカテゴリーでは、もちろん最下層のF組だった。

私が入社し、私がストライクゾーンにボールを投げられることが判明すると、会社の経費でアンダーシャツやソックス、そして社名が胸に縫い込まれた本格的なユニフォームが作られた。

そうして臨んだ大会で初勝利をすると、翌年の目標は悲願のEクラス昇格となった。

あれは2年目の大会だっただろうか。それまでまったくいいところのなかった課長が打席に立ち、ぶるんと適当に振ったバットの芯にボールが当たったのだ。

その球は綺麗な放物線を描き、レフトを守る選手の頭上をはるかに超え、なんとテニスコートと区分けされたフェンスの向こうに弾んだ、それはチーム史上初のホームランだった。

先輩は大喜びで、歩いてダイヤモンドを一周し、両手をあげ、両足でジャンプし、ホームベースを踏んだ。

その光景以上に忘れられないのはベンチから立ち上がってその様子を見ていた先輩が、「あーこれで打ち上げは、とっつぁん(課長はそう呼ばれていた)のオンパレードだ」とつぶやいたことだった。

先輩の予想通り、焼肉屋で行われた打ち上げでは、課長がピッチャーが投げたボールの軌跡から自身のスイングを割り箸で再現し、そして弾道を事細かに語り、何度も何度もビールのおかわりを頼んでいた。

課長はあの日のホームランを思い出すことがあっただろうか。

風強く冷たし。終日母親と実家で過ごす。

1月24日(土)課長

本の雑誌社に転職する前に勤めていた出版社は営業だけで5人いた。部長、課長、係長、主任、丁稚という実際に役職があったわけではないけれど、そういう並びで働いており、丁稚というのが専門学校卒で入社した私だった。

部長は学生運動あがりで酒が入っていないとまったくしゃべらず、アイコンタクトで会話する人だった。課長は入社三日目に私を呼び出すとあまり真面目に働かれると周りに迷惑だから少しは手を抜くようにとアドバイスをする人だった。係長はヤンキー上がり風で、主任は大学院生風で、私はその間を得意の顔色伺いで存分に能力を発揮していた。

結局その会社を3年半で退職してしまうことになるのだが、それは会社や仕事に不満があったというわけではなく、最も働きたかった本の雑誌社に採用されてしまったからだった。

今日、その前の会社の先輩から久しぶりに電話があった。その先輩は編集部の所属ながら浦和レッズのサポーターで、履歴書の趣味欄に「浦和レッズの応援」と書いた私を初日からランチに連れ出してくれ、のちに駒場やアウェイのスタジアムにともに駆けつけるようになっていた人だ。

電話は、定年となったので終の住処として埼玉スタジアムの近くに引っ越すことにしたという報告だった。そこは私の家からも近く、次のシーズンから試合後に飲もうといううれしい誘いにはしゃいで受け答えしていたところ、最後になって、「ちょっと残念なお知らせもあるんだけどさ」と声が小さくなった。

それは電話の表示を見たときから予測していたことで、誰が亡くなったのだろうと身構えると営業部の課長の名前を告げられた。

嗚呼。アイパーをかけてダブルのスーツを着こなしていた課長。初日から脅しをかけてきたけれど、その内面はとても繊細で気が弱いのを私は見抜いていた。弱さを隠すために課長は怖さで武装していたのだ。なぜ見抜けたかといえば私も同種の人間だったからだ。

いつか誰かのお葬式で課長に再会することを私は楽しみにしていた。相変わらずの憎まれ口を叩く私を「お前なんにも変わらんな」とぽかりと殴ってもらおうと考えていたのだ。まさか課長がこんなに早く亡くなってしまうとは...。

課長!私はあなたにずいぶんコキを使われましたね。学会販売の出品準備、売上伝票の入力、DMのラベル貼り、さらに花見の場所取りも始発電車に乗ってさせられました。

今日こそは反抗してやろうと何度も思いましたが、あなたもその裏で同じくらい汗をかいているのを見てました。イベント設営ではフォークリフトを乗りこなし、そのイベント会社とは図面を間に細やかな打ち合わせをしてました。また地方から上京された執筆者のドクターの面倒を夜遅くまでしてました。お相撲さんのような身体の大きさからは信じられないほど細やかな仕事ぶりが私は好きでした。そして見習いました。

今、私がいるのはあなたのおかげです。すべてではさすがにありませんが、4%くらいはあなたのおかげです。

電話をかけてきてくれた先輩に、「おれ、引っ越し手伝いますよ」と伝え、泣く前に通話を終えた。

1月23日(金)深呼吸

今週は金曜日になってやっと深呼吸できる日となった。月曜日から昨日の木曜日までは毎日予定や〆切に追われ、過呼吸で過ごしていた。

予定ゼロ。メールを開くと、とある取引先から届いた月次の売上報告に通常30万円くらいの売上が、なんと今月は90万円と記されている。三度見直してガッツポーズ。小躍りしていると別の取引先から注文書が届き、注文冊数欄に「180冊」と記されていた。さわにガッツポーズ。

それらは月曜日から木曜日までにやった仕事とはまったく無関係で、結局、本が売れる時というのはこうして本が勝手に営業してくれるのだ。いい本とはそういう本のことをいう。そういう本を作り続けなければならない。

ノルマなんてないのだが、本日のノルマ終了気分で、本屋さんに向かう。

帰り、埼京線で刃物を振り回した男がいて、大量に線路に人が脱出、同じ経路を走る京浜東北線なども長時間運転見合わせとなる。秋葉原から日比谷線、東武伊勢崎線、武蔵野線と乗り継いで帰宅。

駅前で焼き芋も買う。焼き芋があればだいたい家庭は平和だ。

1月22日(木)ハッシュブラウン

待ち合わせまでにかなり時間があり、目の前にあったバーガーキングに入る。バーガーキングに入るのは新婚旅行以来か。

これからの肉体労働に備え、ハンバーガーを頼もうと思ったのだけれど、レジの上に映されるメニュー画面がどんどん変化していき、何をどう頼んだら良いのかまったくわからない。

私はチーズが食べられないのでチーズの入っていないものを選ばなければならない。動体視力が試されつつ、まっ茶色に見えたハッシュ&BBQバーガーセットというものを頼んでみた。

異国からやってきた店員さんがサイドメニューを聞いてきて、「ハッシュブラウン?」と言われたのでよくわからないまま「はい」と答えた。

番号が呼ばれるのを待って出てきたハンバーガーの包みを開くと、ハッシュ&BBQバーガーというもののハッシュとハッシュブラウンが同じものなのがわかった。

ハッシュ&BBQバーガーを齧りながらハッシュブラウンを食べる。バーガーのハッシュは不要だった。

本日はスッキリ隊の出動で立石書店の岡島さんと都内某所のタワマンへ。まるでホテルのような豪華な作りの中、1時間ほどで600冊の法律書などを運びだす。

会社に戻ると『本屋の人生』の大展開用の注文が入っており、すぐさま恵比寿の有隣堂さんへ直納に向かう。今日は一日中本を運んでいる。

夜は中井のキッチンカブトムシにて、『本屋の人生』の出版記念パーティー。3月で本屋を閉める伊野尾さんだが、伊野尾さんは本屋になってよかったのではとしみじみ感じる夜だった。

1月21日(水)威厳と貫禄

「パパは本当に威厳と貫禄がないよね」と娘からもしょっちゅう指摘おり、自分自身もそう思っていた。ところが本日某所にかなりオフィシャルな話をしに行く際に、一緒に訪問する人がすべて女性だったところ、そのうちのひとりから「杉江さんが来てくれてよかった」と深く感謝されたのだった。

世の中のオフィシャルな場というのはいまだ男性優位らしく、女性だけで赴くと軽んじられるそうで、「スーツを着た男の人がいるだけで全然違うんです」とのこと。貫禄はなくてもいるだけで存在意義があるなら私はいくらでもそこにいる。

打ち合わせ後は、紀伊國屋書店新宿本店さんに追加注文を受けた『本をすすめる』を届け、夜行列車で上京された内澤さんとお茶。

1月20日(火)検査

健康診断の問診票に親族に以下の病気になった人がいるかという問いがあり、その中に「脳梗塞」の文字があった。もしかして脳梗塞も遺伝が関係あるのか?と痛風の薬をもらいに行った際主治医に訊くと、あるという。ならば心配なんだけどと相談すると頸部超音波検査を勧められ、本日に至った。

先日行った胃カメラに比べたら楽勝だろうとたかを括っていたのだが、浦和レッズが天皇杯で下位カテゴリーのクラブと戦うときのように苦戦を強いられる。

苦戦の理由は検査技師が新入社員だったことで、血管を捉えるのに苦労し、えらく強く検査器具を首に押し当ててくるのだった。その圧迫で血管が破裂してしまうのではと冷や汗が出だしたころベテラン検査技師がピッチに現れ、事なき終えた。検査の結果は次回痛風の薬をもらうときに主治医から教えられるらしい。

POP王とPodcastを収録し、伊野尾書店さんに『本屋の人生』のサイン本を作りにいく。

1月19日(月)新しい「本屋」

「ZINE&Book フェス」2日目で、終日神保町の出版クラブにこもる。

本に関わるイベントが平日に開催されるというのははじめての経験で、さすがにお客さんも来ないだろうとゲラを読む気まんまんでいたところ、今日もたくさんの人がやってきて本がどんどこ売れるのだった。昨日に引き続き、ZINEの集客力におののく。

作り手と会話しながら本やZINE買う。内沼晋太郎さんもPodcastで話していたが、本屋→ネット書店と本屋さんの形態は増え、さらにこうしたイベントで本を買うことももはやお客さんから見たら新しい「本屋」なのだろう。

夜、8時に台車を押して会社に戻る。神保町でのイベントはコストがまったくかからず、ありがたい。

1月18日(日)ZINE&Bookフェス

「ZINE&Bookフェス」の出店を誘われて二つ返事で了承したのは、場所が神保町なのと主催者に知人がいたからであって、初の開催だし、小規模だし、会場に入るのに入場料もかかるしで、そんなに人は来ないだろうと考えていた。

だからオリコン一箱しか本も持ち込まず、最小ロットで臨んだわけだが、開場前に受付に行列ができ、オープンと同時にたくさんのお客さんが詰めかけたのには驚いた。おかげで出版クラブと会社を4度往復して本の補充に務めることとなる。

この人気はあきらかにZINEの力だろう。いらっしゃる方および出店者の年齢層がとにかく若く、新しいカルチャーを愛しているのがびんびんと伝わってくる。

この感じ何かに似ていると考えてみたら、私が高校生くらいの時のバンドブームだった。

当時、とにかく表現したい人がバンドを組んで歌い、それを楽しむ人がいっぱいいたのだ。その中心にあったのがホコ天やイカ天で、今のZINEカルチャーのイカ天は、文学フリマ(東京)なのかと思ったりした。

あのバンドブームはなぜ起きたのだろうか。既存のランキングやマスメディアに乗る音楽に満足できない人たちが一気に表出したのだろうか。あるいはホコ天など表現する場が誕生したから一気に膨れ上がったのか。

今のZINEもこうして日本各地でZINEを販売できるイベントが生まれたことと、小部数での印刷製本が可能になったからこその広がりなのだろう。

Zineを作り売っている人たち、そしてそれを買い求めにくる人々、とにかくみんな楽しそうだ。

そこには「ぼくらが定年するまでは持ちますかね」とか「敗戦処理だよね」なんていう出版業界の人が口々に呟く憂いなんて微塵も感じられらない。

夜、錦糸町でデザイナーの松本さんと、とある写真家の著作権継承者の方と飲む。

1月17日(土)ランニング

明日の「ZINE&Book フェス」に備え、週末実家介護はお休み。

朝から走って15キロ。長い距離を走ると心が洗われる。ランニングは風呂と一緒だ。風呂は身体を洗い、ランニングは心を洗う。エネルギーを使い果たせば深く眠れ、生まれ変われる。

1月16日(金)本は雑談と縁から生まれる

  • あやとりの記 (河出文庫 い 31-3)
  • 『あやとりの記 (河出文庫 い 31-3)』
    石牟礼 道子
    河出書房新社
    1,320円(税込)
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出勤しようとすると山手線と京浜東北線が停電で止まっていると妻が教えてくれる。

京浜東北線が動かなければ私は東京に立ち入ることができない。何もなければ突如休暇を得られる千載一遇のチャンスともいえるが、本日は『本屋の人生』の部数確認や直納に打ち合わせがあり、匍匐前進してでも東京に行かねばならず万事休すなのだった。

頭を抱えていると、たまたま休みだった妻が浦和美園駅まで車で送ってくれることとなり、埼玉高速鉄道から南北線経由で後楽園駅までたどり着き、後楽園からは徒歩にて神保町へ。到着時刻は10時32分だった。

すぐに部数確認をし、納品と打ち合わせの準備をし、外に飛び出す。

1月24日に高野秀行さんと関野吉晴さんのトークイベントが行われる吉祥寺の喫茶ヒロミブックスさんに高野さんや内澤さん、そして服部文祥さんの本を届ける。こちらのお店は冒険・探検系の本が並んでおり、まさに私好みの本ばかりなのだった。

続いて三鷹に移動し、約束の時間まで少しあったのでUNITÉさんを訪問。相変わらずきっちりとした品揃えの棚をうっとり眺めつつ、『暮らしの本』(MINOOU BOOKS)と石牟礼道子『あやとりの記』(河出文庫)を購入する。UNITÉさん、神保町に出店してくれないだろうか。

駅に戻る道すがら椎名さんが山形の酒田で通っていた満月の支店にて、塩ワンタンメンを食す。透けるようなひらひらのワンタンが喉をすべっていく。

ゴーカフェにて、デザイナーの松本さんと打ち合わせ。松本さんには現在5点の本のデザインをお願いしており、順々に話を進めていきすべて方向性が確定した後、雑談を交わしていたところ、松本さんがポロッと知人としてだした名前が私が憧れている人で、なんとなんと奇跡のようにして一冊の本の企画が生まれたのだった。

震えるような瞬間。本は雑談と縁から生まれる。

1月15日(木)感情にフタ

  • 虚弱に生きる
  • 『虚弱に生きる』
    絶対に終電を逃さない女
    扶桑社
    1,760円(税込)
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ここ数日、いやもっと前から目の上の瘤のようにあった事務作業をせねばならず、憂鬱な気分で出社する。

こういう事務作業をいつも淡々とこなしている編集の近藤にそのコツを訊くと、「その日はもうそれだけをやると決めて、感情をシャットアウトする」と教えてくれる。

私も感情にフタをし、黙々と取り組み、一日かけて終える。

帰路は上野まで歩きつつ道すがら缶ビールを飲み、ひとり乾杯。

上野の三省堂書店さんにて、石田果穂の未読最後の一冊『冷ややかな悪魔』(U-NEXT)と気になっていた終電を逃さない女『虚弱に生きる』(扶桑社)を買って帰る。

1月14日(水)隠密行動

  • 本の雑誌512号2026年2月号
  • 『本の雑誌512号2026年2月号』
    本の雑誌編集部
    本の雑誌社
    880円(税込)
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 終日、隠密行動。

 夕方、駒込のBOOKS青いカバさんに、「本の雑誌」2月号を納品にあがる。

1月13日(火)恐ろしい視線

  • 文学を探せ (講談社文芸文庫 つ-L 3)
  • 『文学を探せ (講談社文芸文庫 つ-L 3)』
    坪内 祐三
    講談社
    2,750円(税込)
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多摩霊園にて坪内祐三さんの七回忌。

お経ととに墓前で過ごした時間を「いい時間でした」と感想を漏らした人がいたが、まさしく「いい時間」で、人生の中でこういう「いい時間」をいったいいくつ過ごせるだろうかと墓標にある坪内さんの手書きの文字と青い空を眺めながら思う。

帰りの電車の中で、いただいた講談社文芸文庫版の『文学を探せ』を読み始めると、すぐに「恐ろしい視線が消えて人は弛緩する。」という一文に目が吸い寄せられる。

これは小林秀雄や中上健次の死の後、文学者から緊張感が失せたことを指摘しているのだが、まるで今の「本の雑誌」やこの日記を指摘されているように思え、そこからページをめくることができなくなってしまった。

坪内さんや目黒さんの視線がなくなり、私はたしかに弛緩している。

目をつぶると電車は真っ暗闇の中を走っていった。

1月12日(月・祝)送迎

朝、母親を介護施設の車に乗せると、まさしく頭の中に「解放」の文字がくっきりはっきり浮かぶ。しかも今日は祝日で、これ以上の大開放はない。

実家の玄関に鍵をかけ、父親の墓に線香を灯した後、駅に向かう。

電車に揺られていると昨日読んでいた世田谷ビンポンズさんの原稿が思い出され、急遽途中下車して自分が通っていた高校を訪ねてみる。

変わらぬ校舎を見て感傷に浸るつもりが、高校時代に学校の滞在時間があまりに少なかったためまるで思い出も浮かばず。

駅に戻り、仲間の溜まり場としていたかつて喫茶店だった建物を眺め、改めて感慨に耽る。

感傷散歩を終え、自宅に戻ると娘が働きに出るところで、車で送る。

その後息子も仕事に行くというのでまた送る。

帰宅すると妻が息子が働いているところを見てみたいと言い出し、また埼スタに向かう。

夜はちょうど子供ふたりの仕事あがりが同じ時間帯だったので娘と息子を迎えにいく。

日に四度埼スタを往復する。親と書いて「送迎」とルビをふる。

1月11日(日)人付き合い

強風のため散歩をあきらめ退屈していると、母親の親友Iさんが自転車に乗ってやってくる。二人は互いの懐事情から旦那の悪癖までも知っており、思う存分心置きなく語り合っている。

これが昔の人付き合いなのか二人の性格によるものかまったくわからないけれど、私にはここまで裸の付き合い以上にあけっぴろげに語り合える友人知人はさすがに一人もいない。

Iさんが帰ったあとは、5月刊行予定の世田谷ビンポンズさんの新刊のゲラを読み込む。

1月10日(土)月一

  • 黄金比の縁 (集英社文庫)
  • 『黄金比の縁 (集英社文庫)』
    石田 夏穂
    集英社
    473円(税込)
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  • 我が手の太陽
  • 『我が手の太陽』
    石田 夏穂
    講談社
    1,111円(税込)
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週末実家介護のため母親を迎えにいく。

来週末は「ZINE&BOOKフェス IN 神保町」に出店するため介護はお休みで、そのおかげで今週はかなり気が楽となり、大きな心で母親とやりとりができるのだった。やはり週末介護も月一くらい休みを取るのが大事かもしれない。

外は晴れており、ここ数日に比べてると暖かい。母親の車椅子を押して、父親の墓参りと散歩に出かける。

石田夏穂『黄金比の縁』(集英社文庫)と『我が手の太陽』(講談社)を読了。

1月9日(金)千客万来

2026年最初の「本の雑誌」(2月号)が出来上がってくる。

昼食はF社のHさんが神保町にやってきたというので一緒に源ちゃんへ。書店さんの閉店や縮小の話を暗い顔をしながら報告し合う。

昼食を終え、ツメツメ作業をしているとスッキリ隊の一員である立石書店の岡島さんが新年の挨拶にやってくる。スッキリ隊は昨秋、荒俣宏さんの蔵書整理の話題からXの投稿がバズり、毎月2、3軒の出動要請が続いているのだった。1月もすでに2軒の出動が予定されており、諸々打ち合わせもする。

岡島さんにいただいた新潟銘菓万代太鼓をほふほふとかじっていると、とある地方の書店員さんが来社。売り場の話など真剣に話せる間柄なので、新年早々つっこんだ話をする。

千客万来すぎて事務の浜田が「杉江の部屋」ですねと笑っていると、夕刻、三鷹のユニテおよび京都の鴨葱書店の店主大森さんがやってくる。大森さんとは昨秋から本や本屋に関して往復書簡を交わしており、その往復書簡が12通行き交ったのを記念してZINEをこさえているところなので、その打ち合わせなのだった。

ランチョンに席を移し、美味しい生ビールを飲みながら(残念ながら黒ビールは無くなっていた)、ZINEおよび発行元やお金や売上の管理などどう見てもこれから一カ月くらい頭を抱えるであろう難題の数々を語り合う。

しかし語り合っているうちに大森さんがすべてするすると方程式を解くが如く解決してしまい、しまいには刊行元の名前やロゴまで紙ナプキンにするすると書き出している。

きっと目黒さんの前で、創刊する雑誌名をノートに大きく「本の雑誌」と書いた椎名さんはこんな感じだったのだろう。

ランチョンを出、京都で暮らすZINEづくりの仲間たちに今夜決まったことをLINEで報告すると、そこからまた一時間近くブレストのようなものがスマホの中で繰り広げられていく。

人もまばらな京浜東北線に揺られながら、これこそが私の最も愛する瞬間だと気づいた。

1月8日(木)オンライン打ち合わせ

  • ケチる貴方 (講談社文庫 い 163-1)
  • 『ケチる貴方 (講談社文庫 い 163-1)』
    石田 夏穂
    講談社
    649円(税込)
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昼、伊野尾書店の伊野尾さん、石橋毅史さん、そしてジュンク堂書店池袋本店のイベントチームのみなさんとオンラインで打ち合わせ。『本屋の人生』刊行記念のイベントは1月29日開催で、どんな話をするか検討する。

それを終えてすぐ、今度はリアルでジュンク堂書店池袋本店さんを訪問する。1月12日に開催される高野秀行さんと丸山ゴンザレスさんのトークイベントの際に高野さんのZINE『チャットGPT対高野秀行』と『寛永御前試合』を販売していただけることになったので、その納品。番線ではない受領印をいただき、イベント終了後に回収に伺う約束をする。ジュンク堂書店池袋本店さんの仕入の方はいつ行ってもとても丁寧で親切。

納品を終えるとすぐに会社へとんぼ返りし、イラストレーターの信濃八太郎さんと打ち合わせ。6月刊行予定の『ミニシアターを訪ねて(仮)』とは別の書き下ろし用の原稿の書き出しがとても素晴らしく、早く続きが読みたいと懇願する。

夜は都内某所で、遅くまで会議。

石田夏穂『ケチる貴方』(講談社文庫)読了。

1月7日(水)会議

  • 我が友、スミス (集英社文庫)
  • 『我が友、スミス (集英社文庫)』
    石田 夏穂
    集英社
    572円(税込)
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午前中、会議。二日前に特集を伝達していたのですんなり進む。

昼、市ヶ谷の地方小出版流通センターさんに新年の挨拶と『本をすすめる』の見本をもって伺う。そのまま担当のKさんとランチ。

石田夏穂『我が友、スミス』(集英社文庫)読了。

1月6日(火)見本届く

中央精版印刷さんから『本をすすめる』の見本が届く。シンプルな装丁でくっきり目立つ。手に取りたくなる感じ。編集は近藤。

早速、事前注文分の締め作業に勤しむ。日販さんのBookEntyは何やら改良が進んだのだけれど、データ受信後の文字が赤色でバーンと出て、思わず何かミスったのかと焦る。

昼、来社された京都新聞のIさんから年末年始の京都の様子を伺う。目下の私の目標は京都に半移住することで、京都の情報はひとつでも増やしたいのだった。

1月5日(月)初出勤

週末実家介護終え、春日部から2026年初出勤。

午前中、流通倉庫の発送企画さんが新年の挨拶で来社。担当のEさんが介護のため秋田に帰郷すると報告を受ける。みんな介護なのだ。

午後、年始にご注文いただいていた『マンションポエム東京論』と『断捨離血風録』を持って、丸善丸の内本店さんへ。2026年初直納。

その後伺った書店さんですごく売れる本とまったく売れない本という感じになっているという話を伺う。かつてなら5冊くらい売れていた本の層がすごく減っている、とのこと。その理由としてやはり新刊点数が挙げられ、特に11月12月は次から次に出る新刊のおかげで、10日ほどで見切りをつけざる得ないと忸怩たる思いをこぼされていた。

そういえば新年の郵便物を仕分けをしていたときにベテラン作家さんからクリックポストが届いており、なんだろうと開封してみたところ新刊のプルーフだった。

新刊のプルーフが届くことはよくあることだけれど、同封されていた手紙を読むと、なんとそのプルーフは著者自身がお金を出して作ったもので、だから本人が送り主になっていたのだ。

決してプルーフが作れないような小さな出版社から刊行されるものではなく、雑誌も書籍も出している出版社のランクでいえば10本指にはいるような大きな出版社なのだった。

夜、高野秀行さんとコンゴにムベンベを探しに遠征した駒大探検部の野々山さんが屋久島から上京され、高田馬場のノングインレイにて新年会。

1月4日(日)丁寧で豊かな本

晴れ。母親の車椅子を押して父親の墓まりと備後須賀神社に初詣。日陰となる参道は雪が凍りついていた。

実家にて仕事始め。6月刊行予定の信濃八太郎さんの『ミニシアターを訪ねて(仮)』の原稿を読む。

先日とある出版社の方から相談事のメールをいただいたのだが、そこに「『カヨと私』を拝読し、これほど丁寧で豊かな本を世に送り出された編集者」と記されており、ひどく驚いた。

私はたしかに本を作っているけれど、本は著者とデザイナーさんが作ってくれているという認識で、まさか本から私自身が評価されるとは思いもしかなったのだ。

そういえば1月に刊行する伊野尾宏之『本屋の人生』のカバーの色校を伊野尾さんのところに届けた際も、ラフを見たとある出版社の人が、「これは私には作れない装丁だ」と落ち込みつつ私を褒めていたそうだ。

それを聞いてうれしいけれど居心地が悪いというか、カバーを作ったのはデザイナーさんであり、私は素材を預けラフを見て、「これいいっすね」と言ったに過ぎないのだった。

そういえば昨年、京都の下鴨中通ブックフェスにお起こしいただいた読者の方から届いた手紙に、「背中に太陽を背負ったような方」と私のことが記されていた。

これも私は驚き、その後何度も何度も声に出して読んでみた。

私自身は太陽よりも月、いや太陽を覆い隠す翳りあるどす黒い雲のような存在だと思っていたのだが、外から見るとまったく違うらしい。

編集仕事にしてもいつもアップアップで慌てて本を作っている認識だったのだが、それが「丁寧で豊か」に見えるとは自己評価と外部評価が著しく異なるものの、外部評価が高いのならばそれをエベレスト登頂のように目指すべきだろう。

というわけで手紙をいただいたその日から「背中に太陽を背負ったような」人間になろうと努力しているのだが、本作りにおいてはこれから「丁寧で豊かな本」を目標にしようと誓った。

信濃八太郎さんの『ミニシアターを訪ねて(仮)』は、まさしくそういう本になりそうで、うれしく原稿を読む。

1月3日(土)介護はじめ

娘のことが心配で早く目覚めるも、本人を起こすわけにもいかず、まんじりとベッドの上で過ごす。

しばらくすると妻が起き出し、声をかけると昨日の夜、自分がお腹を壊して大変だったとこぼされる。

それも心配だが私の筆頭心配事は娘の耳で、どうしたかなと漏らすと、「あっ、あれ、昨日の夜、耳鳴りがなくなったって言って喜んでたよ」となんでもないことのように報告される。

どうしてそれをいの一番で教えてくれないのか。目が覚めた瞬間に報告するとか私が寝ていたなら叩き起こして報告するとか。親の心子知らずというが、心配症の夫の心妻知らず、なのだった。起き出してきた娘もほっとした様子で朝ごはんを食べている。あの世にいるオヤジがきっと守ってくれたのだろう。

安心して介護施設に母親を迎えにいくが、ところどころ昨夜の雪が凍結しており、のろのろ運転で向かう。

1月2日(金)休日夜間急患センター

昼前、明日から介護が始まるため今日が最後の休日とprime Videoでトワイライトウォーリアーズを観ようとパソコンを立ち上げたところで、仕事に行っている娘から耳の調子がおかしいと連絡が入る。

耳鳴りがして聞こえづらいということで、これは突発性難聴ではなかろうか。突発性難聴といえば早期の対応が大事なはずで、しかし今日は1月2日だから病院はどこもやっていない。妻が慌てて市の広報やらネットで検索すると、大宮の休日夜間急患センターが耳鼻科を受付ているということで、すぐに娘を迎えに行き、病院へ車を走らせる。

昨日、今年一年の目標というか願いは家族がみな健康で過ごせることと祈ったのだけれど、こうして人生というのは突然昨日まで想像もしなかったことが起こるのだった。

カーナビ頼りに向かった病院は思いのほか空いておりすぐに受付を済ませ、2時からの診察を待つ(その後すごく混んでた)。

私と妻は病院の目の前にあるステラタウンというショッピングモールを気もそぞろにうろつき、娘の診察を待つ。

休日診療なので詳しい検査はできなかったそうだが、鼓膜は傷ついておらずビタミン剤が処方され、あとは月曜日にきちんと近所の病院でみてもらうようにとのこと。安心はできないが今日できる限りのことはしたのではなかろうか。

夜、突如雪が降り出しあっという間に積もる。ノーマルタイヤのため車を出せず、息子を迎えに行けず。

子供がピンチのときに何もしてやれないということほど情けないことはない。ピアノは弾けなくていいが、もしも病気が治せたらと切に思う。新年早々無力感に苛まれる。

1月1日(木)餅が好き

  • 京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫 2167)
  • 『京都の平熱――哲学者の都市案内 (講談社学術文庫 2167)』
    鷲田 清一
    講談社
    1,078円(税込)
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    HMV&BOOKS

元日。新年最初の注文は一冊!取引所を通じて盛岡のBOOKNERDさんから坪内祐三さんの本など5冊。

家族で向き合い雑煮とおせち。お餅を食べる度に目黒さんお餅が好きだったよなあと思い出す。年が明けて顔を合わせると餅の食べ過ぎで太っちゃったからダイエットしてるんだという報告を毎年受けていた。

感傷にひたり『笹塚日記 親子丼篇』を本棚から手にとると日記本文の下に目黒さんと当時の編集担当の金子さんと私による対談が掲載されていてびっくり。書籍化の際にこんなおまけを掲載していたことをすっかり忘れていた。読み返してみるとずいぶん生意気なことを言っており恥ずかしくなる。

妻と自転車で角上魚類へ。大晦日に比べるといくぶん空いており、まだカゴを手に持てる。これが大混雑だとカゴを頭に乗せて買い物せねばならぬのだ。寿司と天丼を買って帰宅。

昼、息子と北与野のフタバスポーツに初詣。サッカーのスパイクを見にいく。お店はお年玉をもらった子供達や部活の高校生でいっぱい。息子が語るうんちくに耳を傾ける。

その後、さいたま新都心のコクーンに歩いていき、紀伊國屋書店さんを覗く。こちらも大盛況で、レジにはたくさんの人が本を手に並んでいる。その表情がみなとてもうれしそう。ご来光だ。

浦和に戻り、日高屋で遅い昼メシ。息子はW餃子定食と味噌ラーメン。私はその餃子のお裾分けとレモンサワー。餃子8個に唐揚げ2個、そしてどんぶり飯にたっぷり野菜の乗った味噌ラーメンはさすがに食べきれないだろうと見ていると、息子はあっという間に完食。21歳のエネルギーに感服する。

バスに揺られて帰宅。

鷲田清一『京都の平熱』(講談社学術文庫)を再読しながら就寝。

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