第1回 70歳をすぎた寿司屋の大将と、とんかつ屋のカウンターに並んで座った日の話

品川区の西小山に引っ越して15年が経った。目黒から私鉄で5分だが、下町の猥雑な雰囲気が残った町を私はとても気に入っている。
引っ越したばかりの頃はいろいろ回ったが、なじみの居酒屋もなんとなく決まり、今では定期的に巡回するのは5軒ほどになった。どこの店もいつも誰かが酔っ払っているから、酒飲みにやさしい町なのだろう。

「喜久寿司」はいわゆる「町寿司」と言われる地元密着型の店で、常連の大半は60歳を超えているから、21時を超えるとがらっと客がいなくなる。仕事帰りに暖簾をくぐるといつも空いていて、椅子に座ってくつろいだ様子の大将が「おう」と声をかけてくれる。ちなみに喜久寿司はかんぴょうがうまくて、私は神の河のボトルを入れていて、いつもソーダ割りを頼む。

ある日のこと、寿司屋の大将がスポーツ新聞の競艇欄を熱心に見ていた。酔っ払った勢いを借りて、「私もボートが好きなんです」と話しかけたら、「最近は全然行ってないんだよ」と寂しそうに笑う。「アウトコースの鬼・阿波勝哉」の話に花が咲き、気がつけば翌月の平和島競艇に行くことが決まっていた。
70歳過ぎの大将は口数が多いが、カウンター越しにしか接したことがない。店の外で会うのはもちろん初めてだから、翌朝には「何を話せばいいのだろう」と不安を覚えたりした。

約束の日が近づいてきた。いつものように寿司屋に寄ると、大将がニヤッと笑う。

「そろそろだな」

約束は来週だが、そういえば大将は携帯電話を持っていない。店は定休日だしどこで待ち合わせするのかと思えば、私に顔を近づけ、奥のおかみさんに聞こえないくらいの声で囁いた。

「12時に豚豚で待ち合わせしよう」

「豚豚」は西小山にある古いとんかつ屋だ。昼時の豚豚はいつも混んでいるが、妙に空いている日もある。西小山にオフィスは少ないから、店の混雑は客の気まぐれに大きく左右される。金曜だから混んでいるだろうと思ってドアを開けると、誰も客がおらず怯んだこともあった。

実を言うと、あまり得意な店ではなかった。その理由は店全体にただよう緊張感だ。
高倉健を彷彿とさせる70代の店主はいつも無口で、常連らしき客とも軽口を叩かない。こちらが話しかければ最低限の返事はあるが、世辞にも愛想がいいとは言えない。主にサービスは奥さんらしき女性が担当し、こちらは非常に陽気だから不便はないが、カウンターに座って店主と対峙すると妙な緊張感がある。だが、
とんかつの味は抜群にいい。

待ち合わせの月曜日、少し早く店に着いた私は一番端のカウンターに座り、瓶ビールを頼んだ。ほぼ同じタイミングで寿司屋の大将が入ってくる。

「俺はヒレカツ、お前はどうすんだ」

メニューの一番上に書いてあるロースを頼むとヒレカツより少し安かった。
ランチのロース定食は1000円だ。良心的な値段だと思うが、西小山という下町で1000円以上のランチはほどんどないことも知っている。つまりこの町で最高クラスのランチだし、それにふさわしい味だと思う。

今日も豚豚の店主は無口だ。いつもは向かい合う喜久寿司の大将が隣に座っている。新鮮ではあるが、話すこともないので、泡を立てないようにビールをそっと注ぐ。べらんめえ口調の大将は見かけによらず下戸だからお茶をうまそうに飲んでいる。
大将はスポーツ新聞の予想印を熱心に読み耽っていた。

「今日もつまらないレースばかりだよ」

ボートレースの話題に活路を見出し、レースの展望や狙いを話し合っていると、カウンターの向こうからすっと味噌汁が出てきた。間もなくとんかつが参りますよ、という合図のようなもので、やがて油から取り出された茶色のとんかつが厨房のまな板に置かれる。

「サクッ、サクッ」

包丁の一定のリズムは、新雪をふみしめる足音のようだ。とんかつが一歩ずつ近づいてくる。
私の手元に届いたロース定食を見渡し、塩を手に取って何度か振ったがどうにも出が悪いのは、おそらく塩で食べる人が圧倒的に少ないのだろう。次に使う人のために念入りに容器を振って戻す。
塩で食べるとんかつは、衣がふやけない。だから最後までサクッとした衣が堪能できる。
ソース気分の日も、私は全体的にひと回しといった感じで控えめにかける。味が薄いと思ったらソースを足す。そのスタイルを固持するのは、衣をべちゃっとさせたら「ツウ」に見えないと思っているからだ。

だが、隣に座った大将を見ると、ヒレカツ全体をソースに水没させる勢いで何度もソースをかけている。ソースを思う存分かけたあとは、口に勢いよく放り込み、続けてごはんを口に運ぶ。その間に箸は次のとんかつへと向かっているから、口は絶え間なく動いている。とにかく食べるスピードが早くて、本当に噛んでいるのか怪しい。口の中がいっぱいになったら味噌汁で流し込む。
あまりにせっかちな性格だから江戸っ子かと思ったら、山梨県出身だと聞いて意外に思ったことを思い出した。修行時代に早食いの癖がついたらしい。

しかしうまそうに食うものだ。大将の食べ方には「力強さ」がある。ソースの海に沈めたヒレカツたちもこのスピードで食べ続けるなら、衣がしっとりする前に食べ終わるのだろう。漁師飯のような合理性と豪快さがあって、塩でちまちま食べていた私はなんだか恥ずかしくなった。
あっという間にヒレカツを平らげた大将は、つまらなそうな顔で新聞を読み直している。私が食べ終わると同時に「お会計」と伝えて、3000円をカウンターに置いた。

「おつりはいらないから」

席を立った大将のあとを慌てて追う。「頑張ってね」と豚豚の店主の小さな声が聞こえたのは、私たちのやりとりをずっと聞いていたのだろう。目をやると店主は下を向いたままキャベツを切っていた。引き戸を開けた喜久寿司の大将が「今日も暑いな」とつぶやく。

その日の勝負に勝ったかどうかはまるで覚えていない。ただ、大負けしたら記憶に残るし、大勝ちしたら忘れるはずはないから、少し負けたくらいで気持ちよく帰ったのだろう。
その日から喜久寿司の店主とは2ヶ月に一度はボートレースに行くようになった。そのたび「豚豚で待ち合わせよう」と言う。
平和島へ向かう大将の背中に、豚豚の店主はいつも声をかけてくれる。「勝負にカツ」というなんとも古典的な験担ぎであることに気が付いたのはそれはしばらく後のことだった。だが、私たちが平和島からふところを温めて帰った日は一度もないのだ。

豚豚外観.jpg

豚豚看板.jpg

とんかつ豚豚
東京都品川区小山6-10-18
UPビル1F