書店員矢部潤子に訊く/第1回 書店員の仕事(2)その本をなぜそこに置くか考える

第2話 その本をなぜそこに置くか考える

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矢部
 とりあえず仕組みたいなものが頭に入ってないと、それこそ入ってきた本をただ置いているだけの機械になっちゃう。なにもしなくても本が来るんだから、それを並べることが仕事で、並べ終わったら仕事が終わりって、そういう目に見えるだけのことが仕事ってことになっちゃうと困る。だから、その本をなぜそこに置くかを考えないといけないと。ここに挿す理由、ここに積む理由をね。本屋は限られたスペースに、売りたいそして売れるだろう本を並べるしかないわけで、それは棚下やバックヤードのストックに入れていても全く意味がなくて、どれだけ棚に揃えられるかっていうことですよね。入ってきた新刊をただ漫然と置いていると、こちらに置けば売れたかもしれないということがわからなくなっちゃうでしょ。そのときの自分の精一杯の意思をもって挿したり積んだりしないとね。たとえ返品になっても、自分で考えてそうしたってことは、次があるってことでもあるし。

── 本屋という仕事が他の小売りとちょっと違うのは返品があるってことですよね。実は何を売るかと同じくらい何を返すかっていうのが重要な要素になるんですか?

矢部 そう! 毎日入荷する本と同量が売れるわけじゃないんだから、返品は出ます。で、日々、何を返品するか、ですね。それができないととりあえずみんなストックに入れて終わりになっちゃう。怖がって返さなかったり。

── そういうストックはよく見ますね。

矢部 ストックにみっちり入れてた子がいたの。棚にある商品と同じものじゃなく、違う本がみっちり。1冊じゃ間に合わないほどのスピードで売れるから2冊在庫持っていますっていうんじゃないの。理由を聞いたら、棚から1冊売れたとき、次に売ろうと思っていたものをストックから出しますって言うわけ。それならあなた、この棚全部の本のナンバー2を持っているのかって聞きましたよ。そしたらもう一軒本屋が出来ちゃうって話ですよね。毎日、新刊も入ってくるわけで、こんなに何十冊ものナンバー2を棚下にみっちりストックしておく意味なんかない。要するにどの本を返すかジャッジが出来ないから全部持っているんだと思いました。判断するっていう仕事をサボってると。

── 返す判断というのはやっぱり難しいもんですか?

矢部 これも売りたいあれも売りたいって気持ちはわかるんだけど、お店のスペースは限られているわけで、そのスペースはあなたのものではないのよって。ま、これは昔ワタシが先輩に言われたセリフなんだけどね。店長のものだったり、社長のものだったりするんだから、そのなかでいちばん売れる棚を作るのが、あなたの、書店員の仕事でしょって。棚に40冊入るんだったら、41番目に売れる本は不要なの。ストックみっちりの彼女にそれを言ったら不満気でね。説得できなかったのよー。すみません。

── 矢部さんは返すときの根拠というのは何に求めてたんですか?

矢部 昔は売上データを見るハンディターミナルなんてなくてスリップを見るしかなかったんだけど、今にして思えば売上だけじゃなかったかもしれないよね。一概に回転数というわけでもなくて、やっぱり誰々のこれこれはこの棚には欠くべからざるっていう本があって、それは売上データに関わらず残していた。とくに専門書にはわりとありました。ただ、何を返品するかをジャッジできないと仕事が終わらないから、スパスパと判断していかないとね。

── じゃあ文芸書なんかはどうするんですか? 文庫になっているとか見ていくんですか?

矢部 文芸書は基本的に古いのは返していたかも。文芸書の棚は、その著者の発行順に並べていました。奥付を見て、左から右に、デビュー作から順に。例えば村上春樹だったらまず『風の歌を聴け』があってね。本屋はみんなそうだったでしょ? あれ?

── 新刊が出たら一番右端に挿せばいいってことですか。

矢部 そうそう。いつも新刊はその著者の一群の最右端。問題はエッセイ。

── エッセイ?

矢部 刊行順だとエッセイが間に入っちゃうこともある。それがちょっと落ち着きが悪くて、エッセイだけをまとめてみたりね。それはそれぞれ書店員が試行錯誤していると思いますよ。

── 判型とかに関わらず、左から刊行順に並んでいるわけですね。

矢部 そう。

── それ、気づかれたお客さんっていますか? 

矢部 みんな気が付いてくれてると思ってた! 大したことじゃないから言わないだけで。新刊はこのへんかなって。

── 異動されたお店でも、必ずそうやって並べ変えするんですか?

矢部 そうです。そうなっていなければ。

── 棚が50本あったら、50本全部変えるってことですか?

矢部 それはそう。変えれば、翌日からすぐに本を入れられるでしょ。悩まないもの。前任者の棚が売れ続けていて、法則がわかりやすければ自分はそれに倣います。でもそれが理解できなかったら、この本が正しい住所に入ったかどうかが分からなくてその都度考えちゃう。どんどん作業が遅くなって、仕事が進まない。だから異動したり新しい担当になったりしたら、売上とのバランスはもちろん見るけれど、自分の納得する棚に替えるかな。

── 本を置く正しい場所をまず決めるということですか。

矢部 はい、正しい本籍を決めます。専門的なジャンルは、出版社の人に聞いたり、自分で調べたりして入れ替え、調整します。そうするとだんだん棚が自分のものになっていく。ひと段落して顔をあげると、そもそもの棚の構成自体が気になってきて、そこまでいくと、ほとんど気分は改装ですね。そういった見直しは、どのお店に行っても最初にやります。

── 大変ですね。

矢部 あのね、まず何より棚が綺麗になるのよ。カバーが破けてるとか日焼けしているとか、帯が切れちゃってるとか、そういうくだらないことが一掃できます。汚れている本を並べてるなんて、その時点でその本の売上げも、お店の将来も諦めてると思われる。ざっとジャンルを一周すると、ジャンルの偏りや、不自然な位置とか、手を入れるべきポイントがなんとなく見えてきます。例えば実用書を整理している場合だったら、あれ? 卓球の本がないぞとか、単純なことだけど。

── 大々的な棚整理をするんですね。

矢部 そういうことです。でね、棚整理はね、棚の前に立ったときに、本の背が横に揃っているようにします。面を合わせて、奥に引っ込んでる本は前に出して揃えてってやっていくわけだけれど、そのとき、棚から本の背が5ミリ前に揃って出るようにしたい。

── 奥に押さずに少しでるようにするわけですか。

矢部 あんこ棒を棚板の奥に入れて、本を前に押し出します。既成のそれ用あんこ棒もあるし、スチレンボード切ってお手製で作る場合もある。それを本の奥に入れて、引っ込み過ぎないようにするのよ。

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── 何で本を5ミリ出すんですか?

矢部 え? 本が手に取りやすくなるでしょ? ってことは買いやすい。それに照明があたって背表紙が読みやすくなる。

── 些細なことでも人間は手を伸ばすか伸ばさないか無意識に行動が変わりますもんね。そういう棚整理の仕方というのは、下の子に流通の仕組みを教えた後にすぐ教えるんですか?

矢部 棚整理の仕方より、平台整理の仕方を最初に教えるかな。

── え? 本が乱れずに積んであればいいんじゃないですか?

矢部 本屋って、たいがい、棚があってその下に平台があって、その棚の端にエンド台がありますよね。で、そのエンド台の前は、比較的広いメイン通路かな。その場合、棚下の平台を整理するとしたら、エンド台に近いほうから整理し始めます。なぜかというと、平台にきっちり完璧に隙き間なく本が並ぶなんてことはないわけで、必ず少しスペースが余るんですよね。それが一番人通りのある方にあったらみっともないし、もったいない。人通りがあるということは、お店として見てもらいたいところであり、つまり売れる場所なわけだから、そこに中途半端なスペースが空いているのはよろしくないですよね。

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── な、納得です......。

矢部 そうやってエンド台側から順に並べ直します。平台の前後2列に積んである場合、後ろ側の本が低かったら前に出したり、前後左右の並びを確認してより買っていただきやすい配置にしたりしながらね。

── それはもう基本中の基本ですか?

矢部 そうですよね。本の配置を考え直すことはともかく、本を外してホコリを払い、無駄なスペースが空かないように置き直すくらいのことは、入社したてのアルバイトにも教えたと思う。平台で奥側に凹んでいる本なんて、取りづらくて誰も買わないでしょ。それに凹んでるとカルデラ湖みたいで、ゴミが溜まるからやめてって(笑)。自分で本が買いたくなるようにやってみてって。

── その最後の隙間の部分をボードなどで平台拡張して置くっていうのはないんですか?

矢部 はいはい、きましたね。実はよく見ますよね。でもやりません。

── 少しはみ出すけど、これなら並べられるじゃん、みたいな。

矢部 平台の端にベニヤ板やスチレンボードを置いて平台拡張、もう1点置ける!ってことになって嬉しいんだと思うけど、不安定だし、ずれて乱れちゃうし、本が落ちちゃう。

── 重い本だと板が歪んで落ちそうになってたりしますもんね。

矢部 だいたい美しくない。それよりなにより危険でしょ。お客さまがケガしたらたいへんです。

聞き手・杉江由次@本の雑誌社

(第3話に続く) 


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。