書店員矢部潤子に訊く/第1回 書店員の仕事(5)売れる場所を探していく

第5話 売れる場所を探していく

── そうしたら書店員の仕事として一番比重が高いのは新刊を出すことなんですね。

矢部 そう。

── 次が補充品?

矢部 そう、補充品。なかでも大量に入荷したものね。

── あっ、そうか。

矢部 まず新刊と補充品とがあって、なおかつ部数の大小がある。新刊でなおかつ大部数のものが最優先ですね。

── 「大好きな○○の新刊から早く並べなくちゃ。POPも書こうかな」なんてのは......。

矢部 大間違いです(笑)。売り場作りがきちんとできていたらPOPは正直書かなくたっていいんだから。

── まず、並べる。

矢部 新刊で大部数のあとは、補充品で大部数のものですね。

── あ、そっちなんですか。

矢部 そりゃ新刊は出すけれども、だけど例えば村上春樹の追加がやっと200冊入ってきました! っていったら当然そっちを優先に出さないと。

──  お客さんが最も必要としているものを注文しているんですものね。

矢部 売上も読めてるし。で、次が少部数の新刊で、最後に少部数の補充品っていう順に出していきますね。

──  それと同時に抜く作業もするんですよね?

矢部 出すためには必ず今並んでいる何かを外す必要がありますね。外したものを今度はどこに置くかはひとまず保留して、優先順位の高いものから、それぞれのベストな場所にベストな量を並べていくそれにね、新刊って入荷して初めて見るわけでしょ。事前に注文したときのイメージと違っていたりすることも、ままある。こんなに薄い本だったんだとか、こんなに変型なんだとか、逆に装丁みたら売れそうじゃないの! とか。

── 事前の評判はすごかったけど、実はたいした本じゃなかったなみたいなこととか?

矢部 たいした本じゃなかったなんて言ってはいけません(笑)。でも、事前に出版社さんに注文を出したときはこの場所で展開するって言ったけど、現物を見たら「これは...」と思うものも、やはりありますね。あとは、その日いちばんの新刊から順に、どれだけ早く、やり直しすることなく、効果的な陳列をし終わるかってところですね。

── 一番売れるものを?

矢部 どれくらいの規模出すかも判断しないといけない。100冊来たのを100冊出すっていうのなら簡単なんだけど、例えば村上春樹なんか1600冊来たりするからね(笑)。

── どこに出すんだよってなりますよね。

矢部 いや、そうじゃなくてね、とくにそんな大部数の場合は、注文したときにもうどこにどうやって出すか決めてあるわけ。この場合だったら壁全体を春樹にしようってね。面で3冊づつだとして何面で全体になるのか計算して、ここには大きなポスターを用意するとか考えると、一面全部埋めるのに1000冊必要だって考えられる。でも、ここから本を取って買う人は少ないだろうから、こっちに平台を3つ用意して500冊使うから、じゃあ最初から1600冊発注しておこうか? とかね。

── 並べるところまで考えて注文を出すっておっしゃってましたもんね。

矢部 そうなんです。

── 例えばその初回で注文した数というのは、どれくらいの期間で売り切れるという判断をしているんですか?

矢部 うーん、難しい質問だ(笑)。ひとつには、いったんは平台に積んで試せる量かな。いつ売り切れるかって、そんな予想が立つ本なら補充はどうなるのかを先に聞きたい。

── そうやって注文を出されているのかと思っていました......。

矢部 だいたい予想が外れた方が楽しいよ(笑)。ひとつの考え方としては、出版社の刷り部数の1%とか0.5%っていう目安はあったかもしれないけど、お店の規模によっても違いますよね。郊外の店舗だったら、最初は棚下の平台に一カ所積める量があればいいかなって思いますしね。お店にもそれぞれ役割があるでしょうし。

── お店によって注文の仕方が違うわけですね。

矢部 まあ、郊外のお店だったりすると、そもそもそれだけの量は来ないし、世の中で売れ始めてから発注してもまだ間に合ったりする。店舗によって注文の仕方が違うというより、注文するタイミングとか考え方を変えざるを得ないってことかな。そういえば、以前下にいた子で、ヘンなことするなって思ったことがあってね。平台の商品が1冊売れるたびに、1冊補充注文してるのよ。5冊積んであったのが売れて4冊になったら、1冊補充してまた5冊にしてるわけ。それって無駄でしょって言ったの。

── はい。

矢部 でもその子は「そうしないと平台がどんどん低くなります」って言うわけですよ。そら、そうですよ(笑)。そうしたらいつも1冊ずつ注文してるの? って聞いたらそうだって言うわけ。在庫が20冊あって、1日に1冊売れたら1冊、2冊売れたら2冊って注文してるので、じゃあ在庫が20冊から減らないの? だったらそれいつ返すの? って聞いたら「それは返したくなったときにします」って。じゃあその時に20冊返品するの? って聞き返したら、そうですっていうから、ええーっ! て。のけぞって驚きました。

── 出版社も困りますよね。売れてるのかと思ったらどかーんと返品来て。

矢部 ね。5冊積める平台だったら常に5冊あるようにしておくのがお客さまに対する親切だと思いますって言ってました。あれは衝撃的だった。そもそも注文の出しかたって入社して棚担当になったら最初に教わることだったよね。この1冊の注文を出すか出さないかって責任重大だ!ってすごく悩むし、先輩も教える。毎日、注文部数を記入したスリップを持ってこいって言われて点検される。これはもっと出せ、これはあそこにまだ積んであるから出さないでいいとかね。スリップを使っているときは、注文て公なものだったんだけど、今は事務所のパソコン画面で注文するでしょ。あれってすごく個人的な作業になってるんだと思います。まさか後ろに立って見てるわけにいかないし、いちどポチッとされちゃうともう止まらない。点検できない。その子は、画面開いちゃったら、売れた分注文出しちゃった方が楽だったんじゃないかな。考えたら返品率も上げてたよね(笑)。

── あー僕もアルバイトしていたときに注文短冊よく確認されてましたよ。それストックにまだあるでしょ! とか。

矢部 そうそう、あれ見るの好きだった(笑)。

── でもその売れた分必ず補充するやり方だと売行きもよくわからなくなっちゃいませんかね?

矢部 そうなのよ。5冊積んであるのが、日に日に4になり3になりって動いていくのを見て、ああ毎日1冊づつ動く本なんだな、じゃあ次は10冊頼もうかって判断をするわけでしょ。それでその10冊が8冊売れていけば、ああ順調だな、次は50冊かなって考える。いつも5冊積んでたら外す本の判断がとっさにつかないしね。まあその子はしょっちゅうPOSで確認してましたけど。

── でもそれも時間がかかりますよね。

矢部 POSもいいけど、売り場を見てすぐわかったほうが楽ですよね。一目瞭然だもの。過去の売上げデータにすべて委ねてると、意外なことのない売場になっちゃう気がするし、おもしろくないんじゃないだろうか。

── 今日お話を伺っていると、日々、取捨選択していくというのが書店員さんの仕事ですもんね。決断していく。

矢部 その取捨をするのに過去の売行きもそうなんだけど、例えば来週から映画が始まるとか、書評に出るかもしれないとか、いろんな要素もあるわけですよ。雑談してて、どこかの書店が仕掛けてるらしいよって話を小耳に挟むとか。そうしたら今の在庫15冊じゃ心もとないなとかって判断が出てくるじゃない。テレビで取り上げられそうだとか。

── 今だったらネットやSNSを見たり。

矢部 そうやって今、現在の売行きだけじゃない要素も加味しないといけないからアンテナを張るとか、売り場の他のジャンルの子と話すとか。好きな子は知ってたりしますからね、テレビ化や映画化の発表前に。だから単純な雑談、本の話じゃなかったとしても、その中で発見することもいっぱいありますよね。

── その取捨の判断を早くするために、自分の中でルールを作っていくみたいな感じなんですか。

矢部 まあ勘って言えば勘だけどね。POSだって結局、後追いでしかないわけじゃない?

── そうですね。

矢部 今までこうだったというだけであって、それでも置くのか返すのかってその最終的なジャッジは人間がやるわけですし、それを一日100点入ってくるんだったら100回判断しなきゃいけないわけだから、そのときに機械に頼っていられるかと。判断も数をこなしていれば自分の中に蓄積されてくるものがあるし、一からすべてPOSに判断を委ねるっていうのはありませんよね。最後に棚一を抜くかどうか迷ってPOSを確認する事はあるかもしれないけど。

── 売るってことは並べるってことであり、並べるってことは外すってことなんですね。面白いなあ。

矢部 これまで話したことなんて、みんなやってることだと思います。早く片付けたいと思えば、当然大部数から手をつけますよね。それとね、実は単品ってそれほど興味がないんです。この本をこうやって売り伸ばそう! とか、掘り起こしてみんなで1000冊売ろう! とかね。否定するものではないけれど、まぁハプニングって感じでしょうか。

── ベースの売上ではない感じですか。

矢部 そりゃあ、売ったら出版社さんは喜ぶと思うし、書店側も報告書に今月はこれが当たって50万円でしたとか書きやすいですよね。でも、それって次の一発屋を探すだけの話で、平台に次に載せるものとの脈絡はないわけじゃない? 新刊なら新刊って繋がりはありますよ。でも既刊でそれはなんで? って思います。前のも面白かったから次のも面白いのかなってあるかも知れないけど、それは棚下でもいいかなって。単品で1000冊、2000冊とかいうとインパクトがあるし、それだけ売ったってその子が思えば、その後の力になるかもしれないけど。

── でも本屋さんの技術としては......。

矢部 極端なこと言えば、仕掛けて売るって今日入った子でもできると思います。「何年も前から名著だと思っている」とか「困ったときに力づけられた」とか、熱いPOPを書いて大量に積めば、そうかなって思われて、場所さえ良ければ売れたりするわけです。でもそれは正直言ってタイミングと熱と場所の力があればできちゃうんじゃないかしら。マイナスじゃないけど、そんなに面白いことではないんじゃないかなと思いますね。

── じゃあ、矢部さんが思う本屋の面白いことって、やっぱりこの日々の棚出しですか?

矢部 そうです!

── 毎日の取捨選択?

矢部 本の一生みたいなものを見届けたいなって思っててね。この場所ではダメだったけど、棚前だったら実力発揮っていう本もあるわけでしょ。この平台は一日にどれくらい売れないとダメですかって訊いてくれる出版社の営業マンもいるけど、それだけでもない。どれだけ売れるかっていうのは、そりゃあ経営的にも売れたほうがいいんだけど、結局、今のこのお店がここにこの本をこれだけ置くってことで何かを象徴したいわけです。だからそういう力を持ってる本であればいいわけね。それを私が知らなくても、教えてもらえば、じゃあそれやろうかっていう風になりますから。そういう本と出会っていくのは楽しいよね。

── そこで日の目を見て売れていったり。

矢部 実はこういう実力があったのかとか、やってみたらダメだったけど、ロングに育った本だったんだとかね。そういう売れ行きが変わったりっていうのが楽しいですね。やったことないけど子育てみたい(笑)。

── はい。

矢部 新刊をバッと置いて、そこでは全然動かないんだけど棚の売り場に帰ってくると、これ売れてますよねって担当者に言われて、え! 売れてるんだ? ってなったりね。逆にジャンルの棚の方で全然売れなくて、新刊台でしか売れないっていうものもあるしね。

── そういうことはあるんですか。

矢部 あるある。しょっちゅうありました。

── 置かれた場所で咲きなさい、ではなくて、咲く場所に置きなさいってことなんですね。そういう置き場所の見極めというのは、どれくらいのスピードでやってらしたんですか?

矢部 商品が来るごとに悩んでる感じでした。

── そのとき考えるのが面倒くさくて、在庫の少ないものを外しちゃったりして......。

矢部 そうなのよ。5冊を外すより、1冊を外す方が手間が少ないからそうしがちになるけど、それは売れてるから減ってるわけで、本来は追加注文をしないといけない本ですね。

── ああ、最後の1冊になってる、よかったなあ、これを棚に差して、ここに新刊を置こうって。

矢部 それをやっていると売れない本ばかりが並んだ平台になっちゃいます。

聞き手・杉江由次@本の雑誌社

(第1回終了)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応 募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ 池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハ イブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。