書店員矢部潤子に訊く/第2回 注文について(3)発注する数字に意思をもつ

第3話 発注する数字に意思をもつ

── 売上ってやっぱり作っていくものなんですね。

矢部 そうです。作れるものなんですよ。あとね、新刊でせっかく大量に入ってきたときに、まわりの本の高さに合わせて積んで、残りをストック入れたりする人がいるんですよね。せっかく100冊売れると思って100冊取ってるんだから100冊全部を売り場に出しなさいというのはよくいいましたね。

── でも積む場所が......とか言ってきたりしませんか?

矢部 そう。ここ50冊しか積めませんってなると、残りの50冊をしまっちゃうんだよね。ストックっていうのも大変なもので、面倒なものはみんなここに入れちゃう(笑)。出しきれないものはここに入れる、みたいなことになっちゃって。

── えーっと僕も書店員だったらそうしちゃいそうなんですが、その場合は50冊しか積めないんですって言ったら、あそことあそこに20冊と30冊で積んで来いって話なんですか?

矢部 そうなんだけど、入荷冊数にもよるわけですよ。お店それぞれの力もルールもあるとは思うけど、例えば20冊だとして、発注するときにだいたい見当はつけてますよね。新刊台に15冊、棚下に4冊、棚差しに1冊くらいのところで、まあ20冊あればいいかなみたいに思って注文してる。あるいは棚下だけでいいとなれば10冊くらいかなって。もっと売れそうだし売るぞ!となって、平台に多面で積もうとすれば、この間の平台の性格付けの話でもあるんだけど、4点を4面ずつ展開する平台があったとして4面が必要なわけじゃない。それと棚下。これは50冊くらいとか60冊くらいとかっていう数字になるわけですね。

── 本来は発注時点で数があるわけで、100冊注文するなら100冊積む場所を考えたうえで発注しないといけないってことですか?

矢部 そうそう。発注する数字に意思はある。それだけ入れるからには自分の、こう置こうって意図はないといけないでしょ。ま、そもそも全点に意図はないといけないけど。

── それって例えば店頭ワゴンに東野圭吾の新刊を積もうと思って60冊注文して、でもすっかり忘れて同じ頃に出る本でまたワゴン用に本を注文しそうだから、重複しないようにとメモでも取っておくんですか?

矢部 私は注文出したものは全部控えをとっておきました。必ず営業マンからもう1枚注文書をもらって、注文した数字を書いておいて、実際に本が入ると消し込んでた。さすがに、大部数の注文をダブらせるってことはないし、仮にそんなことがあっても入ってこないんじゃないだろうか。出版社さんもチェックしてるだろうし。ワゴンに積みたい本が同時に何点も入荷するなんてことも実はそんなにない。あったら嬉しいなぁ、お祭りだ(笑)。実際にはある程度時間差はあるものよ。1日とか2日とか、午前とか午後とか。そうすると売れる売れない判断っていうのは多少もうちょっと確実にできてきますよね。

── えっ、それくらいのスパンでも判断していけるんですか?

矢部 それはまあお店の立地や規模にもよるからそれぞれのお店の感覚があると思うけど。何よりも、ストックする、仕舞っちゃうってことが嫌いだった。全部お店に出して欲しい。

── 新刊の初回注文っていうのは、やっぱり自分の展開場所、売れる本だからあそことあそこでやるのに何冊いるかっていう感覚で発注するわけですよね。例えばですよ、東野圭吾の新刊が出る。前回の新刊が100冊。その100冊っていうのが2ヶ月かけて売ってる100冊だとするじゃないですか。そういう場合って、初回のオーダーをもし指定注文でつけるとしたら、どこまでつけるものなんですか?

矢部 まずなによりその新刊の商品力で判断が必要ですよね。前のより面白いのかどうかとか。

── 人気シリーズであるとか?

矢部 あと出版社の販促の計画がここまで決まってますとか。映像化されるとかも。それから、100冊注文して並べるにしても、10冊は棚と棚下、20冊は新刊台1面、70冊を平台にまとめて7面出そうとか決めるでしょ。もしかしたらその7面が文芸書売場の中のよいところにあればいいだけであって、店舗全体の一等地になくてもいいって場合もある。シリーズ10作目なんて目立つ必要はあるけど、ここでいいんじゃない? もう探しに来るからとか。

── 注文時点でそこまで考えないといけないわけですね。ただその著者の前作をデータで見るだけでなく。もし書き下ろしで新しい何かだったら?

矢部 やっぱり目立つところに置かないと、とかそういう判断をしますよね。で、その前に売れた100冊のスピードね。1ヶ月で100冊なのか2週間で100冊なのかっていうのもありますよね。あるいは出版社から「在庫は持ってますから」みたいに言われたら、ストックしないで済む冊数だけお願いするとか。売れれば出版社もすぐに重版を決めたりすることもあるから、初日の販売報告しがてら、「あと30冊ください」とか注文することもありました。あるいはそこまで売れないかもしれないけど、目立つところに並べることで、売上を乗せようとお願いする注文もありますよね。普通は20冊くらいでいいんだけど営業マンが来て、話を聞いて、彼の熱とかが伝わると「じゃあこっちでやる?」みたいなことはよくありました。

── 20冊しか売れないものが、それで50冊になるかもしれないと?

矢部 新評論から出た『食べる? 食品セシウム測定データ745』という本があったのね。造りがポップで、A4変型の正方形みたいな判型で、ちょっと束を出している本だったんだけど、よく知っている営業の人が来て、「矢部さんやってみる?」って言われて、でも本当に専門書だし、中身はきちんと硬い内容でどうかなと思いつつ、でもみんなが気になってるころだったから、いいよーってお店のいちばん前に4面で積んでみたら、すっごい売れたのね。だから、そんなこともあるわけじゃん。本自体もよかっただろうけれど、場所が売り上げを作るっていうか。

── それもそのときそのときで判断していくわけですね。

矢部 出版社の人からよくよく話を聞いて、初めていろんなことに気付く。いろいろなルールを作って本を置くんだけど、予定外も必要と。ルールがあるからこそ予定外が響いて、予想外の売れ行きに育つこともあると思います。

── 売り場に意外性が生まれるんですね。

矢部 そうやって売り場を育てながら本を売るのが、そして予想を上回って本が売れていくことが楽しみね。

── まさに棚や平台を耕してる感じですね。

聞き手・杉江由次@本の雑誌社

(第2回第4話に続く)


矢部潤子(やべ じゅんこ)
1980年芳林堂書店入社、池袋本店の理工書担当として書店員をスタート。3年後、新所沢店新規開店の求人に応募してパルコブックセンターに転職、新所沢店、吉祥寺店を経て、93年渋谷店に開店から勤務。2000年、渋谷店店長のときにリブロと統合があり、リブロ池袋本店に異動。人文書・理工書、商品部、仕入など担当しながら2015年閉店まで勤務。その後、いろいろあって退社。現在は㈱トゥ・ディファクトで、ハイブリッド書店hontoのコンテンツ作成に携わる。