【今週はこれを読め! エンタメ編】日本小説の海外進出奮闘記〜近江泉美『雨ときどき、編集者』

文=松井ゆかり

  • 雨ときどき、編集者 (メディアワークス文庫)
  • 『雨ときどき、編集者 (メディアワークス文庫)』
    近江泉美
    KADOKAWA/アスキー・メディアワークス
    649円(税込)
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 本を好まない人の言い分を要約するとだいたいこんな感じかと思う→「本とかオワコン(笑)じゃないですか? 他にこんなにたくさんの娯楽がある時代に」。ある意味真理ではある。アンケートの類いによれば読書にかける時間の平均は年々下がる一方だし、電車内ではスマホや携帯ゲーム機の画面に見入る乗客が圧倒的に多数派だ。しかし読書好きな人間にとって、本は決して終わっていないし、他の娯楽では代わりのきかないものだ。本書の登場人物たちは、自分たちがいかに本に魅了され支えられてきたかをド直球に表現する。だから私たち読者も改めて強く思い知らされるのだ、自分にとって本がいかに大切なものであるかということを。

 主人公は老舗大手出版社・仙葉書房に勤める編集者・真壁。自分が初めて担当した若きエンターテインメント作家・樫木重昂の死を1年たっても引きずっている。そんなとき、亡くなった樫木から手紙が届く。そこに書かれていたのは彼の遺言。会話すら成立しなかったドイツ人の父親に、自分が書いた本を届けてくれというものだった...。

 編集者を主人公に据えた小説は他にもいろいろあるが、本書は日本の文芸作品の海外進出という切り口を盛り込んだのが新機軸。村上春樹やよしもとばななの作品が海外で人気だといっても、日本で出版される書籍全体のごくごく一部だということがよくわかる。日本は比較的多くの国々の作品を翻訳で読める国だと聞いたことがあるが、その日本でさえ翻訳書の売れ行きは芳しいとはいえない。まして、日本の文芸作品は逆に海外でどれだけ紹介されているか。本書で明らかにされている対ドイツのデータは驚きを禁じ得ないものだった。ドイツで1年間に出版される日本の文芸書の数はたったの18点。しかもその数には太宰治や森鴎外といった古典中の古典も含まれている。つまり、現在日本で読まれているコンテンポラリーな純文学やエンタメ作品はほぼ紹介されていないということだ(マンガについてはまた事情が異なるのだろうが)。自分が心から愛した樫木の作品を彼の父親へ届けるには、ドイツで広く読まれる必要がある。彼の作品には国の枠を超えたおもしろさがあるのに、現状ではそれを他の国に知らしめる術がない。樫木の最後の願いを叶えるため、また世界へ向けて日本文学の素晴らしさを伝えるため、真壁はあまりにも困難な道を歩き出した...。

 樫木はものすごく変わり者で気難しく、小説を書くことにしか関心のないような天才肌。『DEATH NOTE』のLや『バクマン。』の新妻エイジをこよなく愛する私は孤高の天才キャラに目がないのだが、樫木も相当な逸材と言っていいだろう。対する真壁は、言うなれば熱血漢。入社十年目になる今でも、いい本を作りたいという思いが少しも目減りしていない。思い立ったら即実行、目の前に立ちはだかる障壁にも全力でぶつかっていく愚直さはこれまた好もしい。さらにはひょんなことから真壁と知り合いになるドイツ人留学生のクラウス、真壁とは中学からの腐れ縁になる日本語教師の涼(本名は涼香だが、姉御肌で容赦なく言いたいことを言う性格のため男前なあだ名がついている)、美人で有能だが仕事に対する厳しさでは他に類を見ない仙葉書房ライツ部(=作品の映像化や商品化などのライセンス業務を預かる部署)のルイルイ(←あだ名の由来は「死屍累々」)など、各々が本に対する熱い思いを胸に秘めている。彼らが意見を戦わせ、それぞれの信じるところに従って行動した先に見えてきた出版界の未来とは?

 著者の近江氏は、就活に苦戦中の女子大生(途中から喫茶店バイト)・美久と異様に頭の切れるドS男子高校生・悠貴を主役に据えた探偵小説&淡いラブストーリーである『オーダーは探偵に』(メディアワークス文庫)シリーズで人気上昇中。悠貴といい、樫木といい、彼らのツンデレぶりは私の好みにたいへんマッチしており、引き続き注目の作家となりそうな予感。

(松井ゆかり)

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