【今週はこれを読め! エンタメ編】いじめる側の心理を描く額賀澪『ヒトリコ』

文=松井ゆかり

 どんな言い訳をしようといじめは許されることではない。これは揺るぎない事実だ。でも、(特に理由もなくやっている加害者もたくさんいるだろうけど)もしいじめる側の心理を知ることができたとしたらどうだろう?

 主人公の深作日都子はいつもひとりぼっちだ。小学5年生のとき、クラスで飼っていた金魚をわざと死なせたと疑われて以来ずっと。親友だと思っていた子が、公平であるはずの先生が、日都子を糾弾した。その日以来、彼女は「ヒトリコ」となった...。

 日都子が孤独に押しつぶされずに育ったのは、親の理解と「キュー婆ちゃん」の支えがあったからだ。キュー婆ちゃんとは近所でピアノを教えるおばあさん。中学には"部活は強制加入だが、学校外で習い事をしていれば免除される"という決まりがあり、どうしても同級生たちと関わりたくない日都子は、無愛想で他人からあまり好かれているとは言い難いキュー婆ちゃんを頼ったのだ。キュー婆ちゃんのキャラクターが魅力的。私自身も、子どもを子ども扱いして甘やかすより、厳しい中にも愛情の感じられるような年配の人が好きだ。

 そしてもうひとつ日都子を救ったのは、彼女自身の気持ちの強さだった。彼女が置かれている状況は客観的にみても相当キツい。小学校の学級会で、クラスの全員から否定される日都子の姿など、想像するだけでも泣きそうになる。だが日都子は、「もし金魚が死ななかったら、私は多分、すごく嫌な奴になったと思う」と考えることができるのだ。自分がいじめる側にならずにすんだ、だからあれでよかったのだと。

 いじめられたとき、どのように対処するのが正解なのか。身の危険を感じるほどの暴力が介在するようであれば、すぐにも逃げてその後一切関わりを持たずにすむような方法を考えるべきだろう。世の中には残念なことに、意味のない暴力をふるうろくでもない人間が存在するから。そして、精神的ないじめの場合ももちろん距離をおく必要がある。たいていの場合、いじめる側は相手の気持ちなどろくに考えもせず、学校を卒業したらいじめをしたことなんて忘れてしまうものだろう。だが、中には本書の明仁や嘉穂のように、自分たちの行いを忘れられず後悔し続けている人間がいると信じたい。さまざまな要因が重なったことで起こってしまったいじめ、それによって苦悩することになった彼らの心情が丁寧に描かれる。繰り返しになるが、いじめは許容しがたい行為であり、事情があれば他人をいじめてもいいというものではない。それでも、自分をいじめた相手がずっとそれを反省していたとしたら、多少気持ちが軽くなりはしないだろうか。

 もちろん、現実は甘くない。今まさにいじめによって深く傷ついていたり、家族にすら助けてもらえずに苦しんでいたりする多くの人々にとっては、本書のような希望を予感させるエンディングは絵空事にしか思えないかもしれない。でも、心の持ちようひとつでずいぶん楽になれることもある。日都子が考えたように"もっと悪い状態にならずにすんだ"とか、"今は休んで、次のステップに進むために力を蓄えよう"とか、"どんなことがあっても簡単にくじけないように、もっと自分を高めたい"とか。いつ終わるのかわからない暗い道を進むのはつらい。でもそうやってつらさを力に替えようとする心持ちそのものに価値があると思う。前を向こうとする姿勢は、いつの日かきっと自らを救うに違いない。

 日都子がどのように再生の道を進んで行ったか。自身が成長したからでもあるし、いじめの発端となった金魚を置いて転校していった冬希が戻ってきたことも理由のひとつだけれど、彼女を取り巻く世界が広がっていったことも不可欠の要因だったと思う。小学校から中学校、中学校から高校へ。遠くまで出かけるようになり、今まで知らなかった人に出会う(私が本書でいちばん好きなのが、高校の瀬尾先輩だ。文化祭の実行委員を務める女子で、誰とでも話せるさばさばとした性格。登場シーンは多くないけれど、彼女のオープンさは日都子たちをずいぶん助けたと思う)。そして、明仁や嘉穂も昔の彼らではない。いじめの過去は消えはしないけれども、どんどん大人になっていく日都子たちは小学生の頃とは違う言葉で語れるようになったのだ。だから、いじめられてつらかった人も、どうか勇気を出して外に出てほしい。そのクラスには自分の味方がいなかったとしても、他のクラスか他の学年か、別に学校の外だっていい、この世界にはきっと理解してくれる人がいるはずだから。

 著者の額賀氏は注目の大型新人。本書で第16回小学館文庫小説賞を、さらに同時期に「屋上のウインドノーツ」で第22回松本清張賞を受賞。インタビュー映像で拝見する限り、自分の言葉でしっかりと話をされていてすでに中堅作家くらいの貫禄が備わっている。それでいて新人のフレッシュさもお持ちで、将来が楽しみな作家がまたひとり増えた。

(松井ゆかり)

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